らい
2015-09-13 23:02:08
2919文字
Public りついず
 

無駄な抵抗は止めて出てきなさい

瀬名受けワンドロ・ワンライ企画様/テーマ「手錠」/りついず


 ドリフェス、学園祭、体育祭―――夢ノ咲学院には、あらゆる行事が用意されている。転校生による新企画が発表されたのは、つい先日の出来事だった。演劇部とKnightsのコラボレーションによる舞台公演を企画しているのだという。

 死体の役だったらいいのにな。寝てるだけで楽だもの。―――朔間凛月は今回のイベントにさほど乗り気ではない。なぜなら将来的な進路として、俳優路線を希望しているわけではないからだ。しかしながら、アイドル活動を行っている以上、守備範囲外のジャンルにも挑戦しなければならない。それがアイドルとしての宿命である。
 企画立案者である転校生には、「企画概要を簡単に説明したいので、演劇部に来てください」と指示を受けた。凛月はふぁぁ、と欠伸をしながら、演劇部部室に向かう。一気に話されると寝ちゃうから、簡潔に終わらせてくれるといいんだけど。三度の飯より二度寝が命の凛月にとって、この手のミーティングは鬼門である。なるべく短時間で終わることを願いながら、部室のドアを開けた。

 部室に足を進めると、両目を覆いたくなるような配色が飛び込んできた。濃赤の絨毯と、アクの強い衣装が並んだハンガーラック。その中心にある奇抜な色調のソファーの上に、先客が座っていた。瀬名泉である。


「セッちゃん、やっほー。一番乗りじゃん」


 片手を振ると、泉は両手を掲げて悪態をついた。どうやら今日の機嫌は最悪らしい。


「この俺が待たされるとか、一体どういう了見なわけぇ。普通、真っ先に転校生が出迎えるべきなんじゃないのぉ」
「あいつも色々忙しいみたいだからねえ」


 多少は未熟な部分があるが、プロデューサーの資質があることは凛月も認めている。転校生をかばってやると、泉は「まぁ、評価はしてあげるけど」と誇らしげに腕を組んだ。うわあ、ほんと、めんどくさい。泉をジト目で見つめたあとで、凛月は部室をぐるりと見回す。兄(とは思いたくないけれど。とりあえず便宜上はこう呼ぶことにしている)と親交のある日々樹渉はひときわ風変わりな趣味で知られているが、それにしたって奇抜な趣味をしていると凛月は思う。マジック用の大型セット、数匹のハト、謎のきぐるみ―――部室に置かれているのは、演劇部という範疇を超えた備品ばかりだ。


「セッちゃん。愉快なおもちゃがいっぱいあるね」
「ゴチャゴチャしてるから、俺はきらい」
「セッちゃんは、シンプルにまとまってるほうが好きだもんねえ」


 知ったようなクチを聞かないでよね。泉は顎を上げて、視線を逸らす。今日のセッちゃんはちょっとめんどくさい。凛月ははあ、と息を吐いて、近くのテーブルに目をやった。そこで”おもしろそうなもの”があることに気が付いた。ふたつに束ねられた銀色の輪っか―――学園生活とは似ても似つかない手錠が置いてあったのだ。その横にはご丁寧に鍵も置いてある。凛月は鍵をポケットに突っ込んで、手錠を持ち上げた。


「セッちゃん、見て」


 てじょう~。それを目の前に差し出すと、泉はあからさまに顔をしかめた。



何それ。どうして、そんなものがあるわけ?」
「脱出マジックとかで使うんじゃない?」
「ふぅん。俺は興味ないけど!」


 語気を強めながら、泉が立ち上がる。凛月の真横を通り過ぎると、スマートフォンをいじり始めた。「あっ、ゆうたくんからのメッセージじゃん!」と顔を明るくしたかと思えば、「なずにゃんの部活催促、チョ~ウザすぎ!」と眉を顰める。今日のセッちゃんは、本当にめんどくさい。


えらく機嫌がわるいけど。ゆうくんにでも冷たくされたの?」
「くまくんには関係ないでしょ」
「図星?」


 泉はフン、と息を吐いて、スマートフォンをポケットにしまい込む。自己中心的に突っぱねられると、さすがの凛月も苛立ちを禁じ得ない。
 これは仕返しだ。―――凛月はニヤリと笑いながら、あさっての方向に指を差した。


「あっ、遊木真じゃん」
「は!?ゆうくん!?」


 泉が俊敏な動作で振り返る。古典的な方法に引っ掛かるとか面白すぎでしょ。凛月はガラ空きの背後から両手をまとめて縛り上げ、持っていた手錠を泉の両手首にカチャリとはめた。泉がぎょっとした表情で凛月を見る。


「セッちゃん、逮捕~」
「ちょっと、何ふざけてんの!」


 泉は拘束された手首を外そうと、背を見ながら身じろぎする。安物のおもちゃにしては出来がよいらしく、ちょっとやそっとの抵抗では外れない。存分に動けば動くほど、胸を突き出すだけの滑稽な恰好になっている。遊木真をお人形扱いしているくせに、今この瞬間に弄ばれているのは他でもない瀬名泉であった。
 やがて自力の開錠が不可能と知った泉は、切れ長の瞳を更に吊り上がらせて凛月を見やった。


「くまくん、こんなことしていいと思ってんの!」
「思ってないよ。倫理に反することはあんまし好きじゃないし」


 ただ、今日のセッちゃんはめんどくさいなって思ったから、お仕置きをしたかっただけ。淡々とつぶやくと、泉は唇を噛みしめて凛月を見上げた。
 なにか思うところがあるのだろうか。反省してくれるといいんだけど。――そんなことを考えながら凛月は首を傾げる。


外してほしい?」
「当たり前でしょ!」
「それじゃあ、おねだりして」


 泉の顎に手を掛けながら、低い声でささやく。泉の冷えた眼差しが、僅かに揺らいだ。


馬鹿じゃないの」
「言うだけじゃん。"おれのからだをかいほうしてください"って」
「そんなセリフ、死んだって言わない」


 プライドを滲ませる泉の視線に、凛月は思わず口角を上げた。遊ばれていることに気が付かない、けれども決して屈しない。その顔が、好きだった。

 泉の両肩に手を掛けて、凛月はぐいと顔を近づける。泉が反射的に一歩下がった。更に二歩、三歩、四歩、五歩。ふたりの身体がゆっくりと壁に近づいていく。


「セッちゃんのそういうところ嫌いじゃないよ」
「ちょっと」
「すぐにご機嫌斜めになるところとか」
「ねえ」
「自尊心が強すぎるところとか」
「聞いてるの」
「一筋縄でいかないところとか」
「手ぇどけて」
「遊びがいがあって」
「くまくん」


 すき。―――泉を壁際に追い詰めて、はっきりと言い放った。


「...セッちゃん」


 何を喋るでもなく、泉の顔をまじまじと見つめる。凛月の視線に耐えかねた泉が顔を逸らし、その隙だらけの首筋に凛月が顔を埋める。泉は「ん」とちいさく呻いた。


「誰が来るかもわからないのに、そういう声だしちゃダメでしょ」


 何かを言い返そうとして開かれた泉の唇を、自身のそれで塞ぐ。とっさに伏せられた瞼が、ほんの一瞬だけとろけるのが見えた。

 そろそろ誰かが来るころかなあ。鍵はいつ外してあげようかなあ。まぁどうでもいいか。凛月の中でもはや手錠の存在はどうでもよくなっていた。泉の身体を解放したところで、ふたりを繋ぐ鎖はそうそう外れない。