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らい
2015-09-12 21:10:48
5279文字
Public
りついず
男の子になった日
りついず♀→まこ①/瀬名女体化
女の子の世界で女の子として生きるのは、さぞかし大変なことだろうと思っている。わたしたち友達だよね、と永遠の友情を誓い合っている女子ほど、うさん臭いものはないんじゃないのって感じるね。不滅の絆を謡ったくせに、その翌日にはかつての友人を教室の隅っこに追いやっている女の子。そういう光景を腐るほど見てきたんだよねえ。ひとりぼっちのソイツを教室の中心からケラケラと笑って、まぁ~た別の友達候補と仲良しこよしの約束を契るサイクルもね。そういう繰り返しを幾度となく見てきたせいかもしれない。女の子という存在はどうにもめんどくさいなあ、と思うようになってしまった。それじゃあ、女の子が絶対的に嫌いなのかと問われると、答えはノーなんだけど。厳密にいえば、好きとか嫌いとかいう評価基準を設けるほどの領域に達していないというか。イエスと断言できるほど、女の子に性別以上の意味合いを感じたことはあんまりない。前述の通り、めんどくさい生き物以外の何物でもないからだ。アイドルなんて恋愛御法度だし、かえって良いことなのかもしれないけど。
まぁ、そういう考えを持っていたのが、これまでの人生における俺のこと。
ま~くんが生徒会の用事を片づけなければならないというので、俺は一人きりで昼休みに放り出される羽目になった。お腹も空いてないから保健室で寝てこようかな、と欠伸をすると、心配性のま~くんに焼きそばパンを握らされた。それが、つい先ほどの話。お前はもっと食ったほうがいいぞ、と世話を焼いてくるま~くんの気持ちを裏切れなくて(俺って本当に最高の幼なじみだよねえ)、焼きそばパンをありがたく貰うことにしたわけ。
教室はゴチャゴチャと騒がしいうえに「朔間くん、ぼっち飯なの?」と無用な心配をされるので、ひとまず廊下に出ることにした。今日の天気はポカポカに晴れてるし、外で過ごすのが一番、気持ち良さそうだよねえ。焼きそばパンの完食後にその辺の日蔭で熟睡コースまっしぐら、という理想のプランも思い浮かんだことだし、どっかの空いてる場所で適当に食べよ~っと。もはや何回目になるかも分からない欠伸を漏らすと、一階の渡り廊下で腕を組んでいる女の子三人と、その女の子たちに詰め寄られている女の子が見えた。そのうちの一人、”詰め寄られている”側の子には激しく見覚えがある。セッちゃんである。わぁお、修羅場中ってやつ?
「数人で群れてないでさぁ、一人ずつで掛かってきなよ」
いつもの調子で「チョ~うざぁい」と低い声で威嚇するセッちゃんに、女の子集団はさらに目を吊り上がらせる。親でも殺されたの?と質問したくなるくらいの殺気が渦巻いている。セッちゃんは怯まないどころか、リーダーとおぼしき女の子の肩を、両手で跳ねのけた。
アンタ、覚えてなさいよ。ホント、ありえないんだから。瀬名のヤツ、調子に乗りすぎ!
―――
女の子集団は文句を連ねながら、俺の横をさっさと退散していく。その姿を見送りながら、俺はセッちゃんに歩み寄った。セッちゃんの足元には巾着袋がポツリと落ちていた。多分セッちゃんも昼ご飯を食べるタイミングだったんだろう。女の子集団に詰め寄られたときに落としたのか、それとも無理やりに落とされたのか俺には分からないけれど。中に入ってる弁当箱がグチャグチャになってないといいね、なんて考えながらそれを拾う。
「セッちゃん、やっほ~」
「
…
ああ、くまくん」
セッちゃんの目の前にそれを差し出すと、セッちゃんはありがと、とぶっきらぼうに返事した。切れ長の二重から伸びるまつ毛が、繊細な影を作っている。こうやって見れば従順なお人形さんみたいな顔してるけど、実際問題、気性は荒いし自己中心的だし片思い中の相手のストーカーを重ねる問題児なんだから驚きだよねえ。すっぴんの時と化粧してる時とで顔面が激変する女の子ぐらい信じらんない。女の子っていうのはやっぱりめんどうで、不可解な生き物だ。
「セッちゃん、大丈夫?まぁ~た、仁義なき戦いに明け暮れてたの?」
「仁義も何もないでしょ、あんなの。女のヤッカミって、チョ~うざぁい」
「ウザイってレベルじゃなかったでしょ、今のは。
…
3対1って、あんまりフェアじゃないよね」
「むしろ”3”側が不利なんじゃないの?弱虫軍団がどれだけ束になって掛かってきたとしたって、全然こわくなぁ~い」
セッちゃんはアイドル候補生にしてはめずらしく、けっして媚を売らない強気な性格をしている。そのうえ、誰もがうらやむ圧倒的美貌も兼ね備えているので、つまるところ女子生徒から嫉妬されることが多かった。特に“ゆうくん”のファンからは、先ほどのように定期的に呼び出しをくらう程度には敵視されている。別にセッちゃんがゆうくんとやらを好きだろうが何だろうがどうだっていいけど、よくもまぁ修羅場というリスクを背負ってまで果敢にアプローチするよねえ。俺だったら、ひたすらめんどくさくて嫌になっちゃうけど。みずから困難に突っ込んでいくなんて考えられない。どこからどう見たってあり得なさすぎでしょ。「くまくんには、ゆうくんの素晴らしさがわからないんだねえ。まぁ、わかってたまるかって感じだけど」なんて言い出すもんだから、これ以上は追及しないけど。
「ところで、セッちゃんはこれからご飯?」
「そうだけど」
「どこで食べるの」
「くまくんにそれを教えてどうなるの」
「穴場があったら教えてほしいなって」
「くまくんみたいにサボらないから、そういう穴場はいっさい知らない。ガーデンテラスにでも行けば?」
「昼のあそこはうるさいから無理」
「
……
はい、邪魔
―
。くまくん、邪魔
―
」
「え~。セッちゃん、つれない」
「はあ?」
「どこに行くかだけ教えてよ」
「噴水前だけど?」
「それじゃあさ」
とりあえず、一緒にご飯たべようよ。片手に持った焼きそばパンを見せると、セッちゃんは馬鹿じゃないの、と呆れた顔を浮かべた。ダメとは、否定しなかった。
キラキラとさんざめく太陽の下、水しぶきが宙を飛んでいる。俺とセッちゃんは噴水前のベンチに腰を下ろした。セッちゃんはスカートからはみ出た太腿の上にクロスを広げ、弁当箱を置く。中身はどうやら無事だったようで、手作りのメニューが色鮮やかに顔を出した。塩鮭とキノコが乗った雑穀ご飯に、ウインナーのベーコン巻き。プラス、卵焼きとブロッコリーが乗っている。いかにもヘルシーな具を揃えましたって感じだけど、こんなので胃が膨れる気がしない。俺もそんなに食べるほうじゃないけど、女の子の食生活ってほんとうに控えめだよねえ。制服のブレザーに隠されてはいるけれどその身体は華奢で、この小さな身体に大層な自信が宿っているのだから驚きだった。
「
…
そーゆーのってさあ、毎朝、早起きして作ってるんでしょ。セッちゃんってば、本当にすごい」
「くまくんは、大体パンだよねえ。手作り弁当なんて、永遠に作れなさそうだよねえ」
「セッちゃんってさあ、いっつも一言多いよね」
「事実でしょ」
「まぁ確かに作れないけど。早起きする暇があったら1秒でも長く寝てたいし」
「パンばっかりっていうのもどうかと思うけど。誰かに作ってもらえば?」
「そんじゃあ、セッちゃんが作って」
「馬鹿じゃないの。
……
彼氏でもあるまいし」
セッちゃんが箸でご飯をつつく。確かにその通りであるように思う。だいたい、昼休みに噴水ベンチで男女が肩を並べてランチとかいうシチュエーション自体がおかしい。それこそ彼氏彼女みたいなものだった。まぁ残念ながら、俺たちの間柄はKnights繋がり以外の何物でもないんだけど。
セッちゃんもいつか、自分以外の誰かのために弁当を作るんだろうなあ。例えば、そうだ、あの子にも。
「ゆうくんには作ってあげないの」
「何度も作ってるんだよねえ。でも、あちこち逃げるからさぁ」
うわあ。既に実行済みなんだあ。とドン引きする俺に、セッちゃんは悩ましげに溜め息をつく。普段は女らしい表情なんて一つも見せないくせに、ゆうくんのことになると途端にこれなんだから笑えるよね。もっと言うならば、学院中の女を敵に回すほど一途に恋しているのに、ゆうくんはちっとも振り向いてくれない。さすがに不憫に思えてくる。そのあたりは、あんまり笑えなかった。
「セッちゃんさあ。めんどくさいとか、思ったことないの」
「はあ?なんで」
「ゆうくん、ぜんぜん振り向いてくれないじゃない」
「そりゃあ。ゆうくんは、奥手だから」
「そういう次元で考える問題じゃなくない?」
焼きそばパンをかじって、セッちゃんに顔を近づける。セッちゃんは箸を口に運んだまま、動きを止めた。
「あれだけ想いを寄せられてるんだったら、普通は心が揺らぐけどねえ。まぁ付き合ってあげてもいいかな~って」
「ゆうくんは、くまくんみたいに軽薄じゃないし」
「え~。セッちゃんのことを思って言ってあげたのに」
「はあ?」
「セッちゃんみたいに可愛くて細くて料理もできる女の子を放っておくなんてねえ。まぁ性格には多少難アリだけど」
「馬鹿じゃないの」
パンだけだと、足りないでしょ。セッちゃんは卵焼きをつまんで、俺の口の中に突っ込んだ。ふわふわの感触と、とろける甘みが広がっていく。その高飛車な性格さえ矯正すれば、ソッコーでお嫁さんになれるのにねえ。神様って不平等なんじゃないの。
セッちゃんは、肩先まで伸びている髪を指で絡めながら、つぶやいた。
「
…
昔は、私にベッタリだったのに。『おにいちゃん』、『おにいちゃん』って」
セッちゃんは今でこそ女の子らしい風貌をしているけれど、キッズモデル時代はボーイッシュな路線で売っていたらしい。幼い頃の遊木真は、セッちゃんのことを男だと思い込んで接していたそうだ。でもまぁ、キッズと呼ばれる無垢な時代はそうそう長くは続かない。子どもという肩書にはいつか少女という名の性別が付けられるし、少女だっていつまでも妖精みたいな存在でいられるわけじゃない。時間とともに身体つきが徐々に変わって、女になるのはあっという間のことだ。いつも慕っていたはずの『おにいちゃん』がふとした瞬間から『おねえちゃん』になってしまったのだから、遊木真がセッちゃんに距離を置いてしまうのも無理はない。セッちゃんは時折、「ゆうくんに、ちゃんと女として見てもらえるように努力しなきゃ」なんてお花畑みたいなことを言ってるけど、遊木真はきっと、とっくの昔に瀬名泉のことを女として見ている。
「ゆうくんが女の子らしいタイプがすきって言ったから、肩まで髪を伸ばしたのに。料理だって作れるようになった。スタイルにも気を付けてる。それなのに、どうして
―――
」
セッちゃんは、そこで続きを切った。音として出るはずだった言葉を呑み込むように、ブロッコリーを口元に運んだ。
俺は女の子をめんどくさいと思ってるし、女の子を決して好きになったこともない。それだけにセッちゃんの生き方にはまるで共感できなかった。
そんなふうに辛い思いをするなら、いっそ好きになるのをやめたらいいのに。そうすれば、ゆうくんに振り回されることなんてない。いやな女たちに囲まれることもない。
「セッちゃんさあ、俺にしとけば」
「はあ?」
「俺は、ゆうくんみたいに逃げないし。セッちゃんが来てくれたら、いくらでも迎えてあげる。セッちゃんが作ってくれたお弁当だって、ぜんぶ食べてあげるよ。髪が短くても長くても、セッちゃんだからかわいいよ」
反射的によしよし、と手が出たのは初めてのことだった。セッちゃんの頭は想像以上にフワフワで、髪の下に続いている細っこい身体をふと抱き寄せたくなったことも。
ところが、セッちゃんは途端に身をよじって、俺の手をパシッと跳ねのけた。
「
…
そういうの、やめてよ」
「セッちゃん?」
「やめて」
「セッちゃん」
「ただの弱い女になったみたいな気がするから」
私は、絶対に弱くない。セッちゃんはそう言うと、弁当箱を片づけて、早々に立ち上がってしまった。遠ざかっていくセッちゃんの背中は、遠目から見てもやっぱり細い。
未だに舌に残ってる卵焼きの甘さをかき消すように、胸いっぱいに酸っぱい血が流れているような気になった。
女の子はめんどくさい生き物で、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。それなのに、そのめんどくさい女の子に心をとらわれているのは、なぜなんだろう。ご飯を食べたら昼寝でもしようと思っていたのに、眠気はどこかにすっ飛んでしまった。私は弱くない、といって立ち去った、どこか頼りない女の子の手首。あれを掴んであげられたら、と柄にもないことを切望してしまった。
女の子なんて、めんどくさい。そう思っていたはずの、俺の話。
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