折りたたんだマイバッグを取り出し、縁を探り、ぱっと開いた。
紙パック飲料、プラスチック容器の夕飯、スナック菓子の小袋、揚げ物をはさんだパンを詰めて、バッグの持ち手のすきまに指を通す。
アパートまでの夜道はあまり人の通りのない小路だ。
昼間に降った雨が乾いていない路面に外灯の光が反射し、足音は響かず、一歩一歩落ちるように消える。
硬いコンクリの無愛想な三階建てのアパートの入り口の手前にさしかかったところで、壁に並ぶ郵便受けの前に、人が立っていた。
上は暗い色のパーカー姿で、手にコンビニの小さい袋をさげて郵便受けを正面から眺めるように顔を向けて、その男は突っ立っていた。
「
……」
見ない顔だ、と距離が縮まるなかで少しそっちをうかがい、横を通り過ぎようとした。だが、歩調をゆるめて自分の郵便受けにいちど目をやった。何枚かチラシが押しこまれている。
隣に立つ距離で立ち止まると、その男は銀色の郵便受けたちに興味を無くしたようにふいと身体をそむけ、スタスタと階段に向かって歩いていく。
自分の部屋番号の郵便受けを確認しながら、男が太い手すりと薄い金属板の階段をやや乱暴に足音を立てて上がっていくのを、ちら、と見やった。
男が振り返った。
階段の途中から「二〇五の人?」と言った。
下りてくる。ガンガンと金属の軋む足音とともにコンビニの袋が揺れてガサガサという。
「二〇六に越してきた
者だけど」
近づいてきた男はこちらが、いま二〇五の郵便受けから引き抜いたチラシに目を落とし、続けて言った。
「俺、
……夜中には弾かねえつもりだけど、ギター弾くから
……うるさかったら言って」
かすかに笑ったような顔でこちらを見つめる。
それから何かに気づいたように自身の手のコンビニの袋に目を動かし、持ち上げた。
手を入れ、コンビニの袋をごそごそとかき回す。
「引っ越し挨拶」
と言うと、男は二百ミリリットルのパック飲料を差し出した。
困惑して、どう挨拶し返したものかと考えながら「
……どうも」と受け取る。
童顔にふわっとした髪の男は、今度はあきらかに、にんまりと笑って、
「それじゃ」
と背を向け、またやや乱暴な足音を立てて階段を上がっていった。
その姿を見送って、立ち尽くして、手のなかの二百ミリリットルのパック飲料を見下ろした。
お返しに何も渡さなかった。
マイバッグの持ち手を握り直す。
まあ、今後きっと渡す機会はあるだろうと思った。
息を吐いて、考えを巡らす頭を振って歩き出し、階段を踏んだ。
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