ひさね
2024-02-10 00:39:12
1635文字
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異文化に触れる、ということ

デタラメの誕生日を決める話。グノの誕生日ss。グノレイ。

「グノの生まれた日って何時?」
 あ、またつまらないことを聞いてきたと思った。強い日差し。それを遮る暗い路地。砂埃がわずかに上がる午後。珍しくなくなりそうで、いまだ珍しさに引っかかる何もないつまらない日。だからそういうことを彼女は言ったのだと思った。
「知らん。そんなの知ったところで使いどころあんのか」
 純粋な疑問をそのまま口にすればレイはぱちりと瞬きして重たそうに口を開いた。これを無視できるほど鈍くはなかったので、しくじったと分かった。
……実用的な手続きでもよく使う。個人の識別のために。戸籍とか出生届とか。他の小さいことでも」
「あー、成る程」
 そんなのもあったな、と飲み込む。国にいる者は一つの存在として在るのだと国は逐一認識しなければならないらしい。だから個人の識別だの戸籍だの云々と煩いのだと言う。スラムの外、一般社会のそれにはてんで馴染みがない。ただそういうものがあるらしいと本の中で知った。
「グノは出されてないの。出生届」
「さあ、多分そうなんだろ」
 要は異文化だった。手にすることがないものだった。
 彼女は「そう」と呟いて何も聞かなかった。間近で見ているから、答えは何となく分かったのだろう。
 それでも原因を明確に突き止めない所が一般社会から来た異邦人にしては珍しい、と思う。福祉だなんだと宣う富裕層の人間は、そういう仕事なのだろうが、何でも知りたがる。ここは人が死ぬのが珍しくない環境だと分かり切っているだろうに、そんな所にいる自覚がない。自覚がないから聞くべきでないことを聞く。出した所ですぐ死ぬから意味がないと答えさせて、初めて気まずそうな顔をする。
 異文化に触れるのは疲れる。こちらだけではなく、恐らく向こうも。互いの環境に自覚がないから仕方がない。既に諦めている。
 そういう意味で彼女は変わっていた。踏み越えるべきではない線引きが上手かった。異邦人であることをすっかり忘れかける。
 故に、彼女の口から彼女の一般常識がまろびでる時、元々隔たりがあったのだと思い起こされる。元はどっかの令嬢だ。その度、まあそんなものかと頭の中で呟いて飲み下す。習慣と化していた。
「土台、それ聞いてどうするつもりだったんだよ」
 実用的な話だけではないだろ、と付け加える。レイは瞼を微かに上げて、数秒押し黙った。それから小さい口で簡潔に答えた。
「祝いたかったから、誕生日」
 何を言っているのか、分からなかった。全くの異文化だった。うっかり浮かんだ失言をどうすべきか分からなかった。
 代替の言葉も喉で絡まる。出てきそうもない。絶句、としか言い様がない。
……死ぬかもしれないのに何の価値が?」
「言ってからそう思った」
 最終的にするしかなかった自覚的な失言をさらりと流していく彼女に、少し助けられた。
「でも死なないときもある」
 じっと目を見つめられる。黒い目に、吸い込まれる錯覚を覚える。
 そんなものか、と思う。脈打つものを陽の元に晒される、錯覚を覚える。
「ないものはどうするんだ」
「じゃあ今日ってことにする?」
「いや、いや。急すぎるだろ。そもそもそんな雑に決めるもんじゃ……
 突拍子もない展開に頭が追いつかない。慌てる俺を見て、レイはくすり、くすりと笑う。
「でも今日気が付いたなら良いでしょ」
「や、偽造とかそこらへんの種々の問題が」
「堂々としていればバレない。全部細かく気にしている暇は皆ないから」
 そう言ったかと思えば俺の手を引っ張って、日差しの下に引っ張り出す。視界のコントラストの差が眩しくて、強く瞼に力が入る。
「生きていて良かったと思う」
 目を開く。頭も開かれる。そんな気がした。
 何時死ぬかも分からない過酷な中で、その生きることばかりに気を取られて、そう言った経験も言われた経験もなかった。
 全くの異文化に触れた。
 だからこの妙に浮き立つ感覚も、まあそんなものか、と飲み干した。