【ミスルチ】霧の糖液

首なし騎士の討伐を命じられたミスルチシノだったがミスラが熱出しちゃってシノは勝手に動くしもー!!!というミスルチ話です。チレッタの思い出を語ります。

 魔法舎への依頼で訪れた村で、珍しくミスラさんが熱を出した。それはそれは高い熱で、村のお医者様も匙を投げたくらいだ。
 今、村と言ったけれど、今回私たちが訪ねているのは『霧の村』と呼ばれる、中央の国の小さな集落だ。実は、そこを管理する老領主の紳士から、賢者様宛てに救助依頼が届いたのである。救助依頼といっても、災害で誰かが死にかかってるとかそういうのではなく――というより、もっと血なまぐさい依頼が、私たちのもとにやって来たのだった。
 私たちが霧の立ち込めるこの村にやってきたのは、今から二日ほど前のことだ。今回選ばれたのはミスラさんとシノ、そして私だった。攻撃力は高いけれどコミュニケーション能力に難のある二人と、それを補う私が選ばれたわけだけれど、まさか村を訪れてすぐミスラさんが熱を出すとは思わなかった。シノはどうせ食あたりだと言って聞かず、依頼主である領主が化け物が出るといった村の各地を訪ねて今も帰って来ない。気配がするからまだ大丈夫だと思うけれど、でも、やっぱり心配だった。
 ちょっと脇道に逸れてしまったな。私たちに来た依頼について、まだ一言も喋っていなかったから。
 私たちに任された今回の依頼は、首なし騎士、つまりスリーピー・ホロウを捕まえろ、というものだった。しかしこの霧の村では、何百年も前から広く伝播されている伝説とは違い、スリーピー・ホロウ、無念にも首を切られた騎士は今も血なまぐさく敵と一騎討ちをして戦っているのだという。この種の伝説は各地にあるが、村のそれは結構珍しいものだった。というのも、このスリーピー・ホロウは大いなる厄災の後ある日突然村に姿を現し、若い青年を狙って決闘を申し込み、殺しまわっているのだという。
「首なし騎士ですか? だったら心臓を狙えばいいんじゃないですか?」
「ミスラさん、首を切られたら普通心臓は動いてませんよ」
 私たちは賢者様に依頼の内容を聞かされながら、そんな会話をして、シノは物騒にも「切り刻めばいい」と言い、ミスラさんも「燃やせばいいんですよ」と、やっぱり物騒なことを言った。
「騎士って言うんですから、正々堂々と戦って勝てばいいんじゃないでしょうか?」
 私がそう言うと、ミスラさんは「そうですね」と言い、シノは「話がはやい」と喜んだ。賢者様は心配そうだったけれど、でも、それでも強い二人なのだ、大丈夫だろう。今回も無事に依頼は終わる。そう思っていた、そう思っていたのだけれど、話は違ったのだった。そう、ミスラさんが村に着いて早々に、どういうわけか高熱を出して倒れてしまったのである。
 
 
「ミスラさん、大丈夫ですか? お水、飲めますか?」
「飲めますが、飲みたくないです」
「そんなこと言ってないで、ちょっとでも飲まなきゃ……。こんなに汗をかいてるんですから」
 私がミスラさんにコップを差し出すと、ミスラさんは渋々それに口をつけ、喉を鳴らした。熱で大変なミスラさんだけれど、彼は寝て体力を回復させることも出来なくて、とてもつらそうだった。私が変わってあげられたらいいんだけれど(だって私はこの村に来て特に何もしていない。領主のお爺さんと話したくらいだ)、そうもいかないのが現実だった。
「ルチル、手を握ってください」
「はいはい。……熱い手のひらですね。手まで汗をかいてる」
 私は濡らした布でミスラさんの手のひらや額や、頬や、あごをぬぐってあげて、最後に氷嚢を額に乗せた。ミスラさんはこんなのは放っておけば治ると言っていたけれど、お医者様にもらった薬を飲んでも体温が一向に下がらないから、私は心配だった。村で一番ふかふかのベッドで寝ても(言い忘れていたけれど、私たちは領主のお爺さんのお屋敷にいた)、回復しそうにはない。だって眠れないんだから。一番の回復方法を奪われてしまったミスラさんは、今もたいそうつらいことだろう。熱い手のひら、浅い息、紅潮した頬には汗が流れ、くまはいつもよりずっと濃い。
「あなたが初めて熱を出した時、チレッタは俺を呼びつけたんですよ」
 目を閉じたまま、ミスラさんが言った。私はそれにびっくりして、母様の混乱ぶりを知って、北の大魔女も一人の母親なのだと思わされた。でもどうしてだろう、父様だっていたのだし、父様は博識で、フィガロ先生もいたのに。
「どうして?」
「北楓の糖液が欲しいって、それは熱にきくって信じられてましたから。俺も昔熱を出した時、原液をチレッタに飲まされたものですよ」
「それで、私の熱は下がりましたか?」
「えぇもちろん。俺が持って行った北楓の糖液でしたからね、当然ですよ」
 ちょっと誇らしげにミスラさんが言った。北楓の糖液か。それがここにもあったならな。でもここは北の国じゃなく、中央の国だから冬の今も温暖で、雪も降らない。北楓は雪が降る場所に生えるから、それを手に入れるには、魔法使いでも難しい山越えをしなければならないのだった。
「こうやって、母様のことをおしゃべりするのも久しぶりですね。水、飲みますか?」
「あなた、すぐに寝ちゃいますからね」
 ミスラさんが目を細めて笑う。それはピロートークの暗喩で、私はちょっと恥ずかしくなってしまった。ここは出先で、プライバシーなんてないっていうのに。
「ミスラさんが寝られたらいいのにな」
「疲れることをしますか?」
「馬鹿を言わないで静かにしててください」
 今度はセックスを誘うみたいなことを言ったミスラさんの手の甲に爪を立てて、私は氷嚢を変えに部屋を出た。ミチルくらい薬草学に詳しかったら良かったのだけれど、私は中途半端だ。いつも守られてばかり、いつもミスラさんの後ろにいる。でも首なし騎士が現れたら、戦う気概はある。ミスラさんには止められてしまうかもしれないけれど、私だって賢者の魔法使いなのだから。
 この日、ミスラさんは最後まで寝なかった。寝入ってしまったのは、彼の手を掴んでいた私の方だった。
 
 
 夢の中で、私は北楓の糖液を凍らせたものを舐めていた。まだ幼いが、赤子というほどでもない。そこには母様もいて、父様もいて、ミスラさんもいる。それはミチルはいないけれど、幸せな光景だった。北楓の糖液は凍らせるとキャンディみたいになって、北の国の子どもたちはよく食べるのだそうだ。母様もミスラさんにおやつとしてあげていたらしく、母様はその思い出話をしていた。
 夢だから、私はその一言一言を克明に聞き取れた。母様の声なんて忘れてしまったというのに、あの人の声だとわかるのが不思議だった。父様の声も忘れてしまったけれど、やっぱり分かった。でもミスラさんの声が一番はっきりとしていて、私はこの声を忘れたくないと思った。自分より先にあの人が死ぬわけがないっていうのに、私はそんな馬鹿なことを思ったのだった。
 
 
「おい、首なし騎士を倒したぞ」
 翌朝目を覚ますと、ミスラさんはすっかり熱が下がってお腹を鳴らしていて、そこに遠慮なくシノが現れた。シノによれば、首なし騎士は異界とされる森から出て来るものらしく、正々堂々真っ向から、けれど待ち伏せをして倒したのだという。この話は瞬く間に広まったらしく、窓の外を覗いてみれば、ここに来た時は見られなかった、通りにぎゅうぎゅうづめの人が見える。みんな賢者の魔法使い様、領主様ありがとうございますとこの邸宅に押し寄せて来ていて、シノはその中をもみくちゃにされながら「また一つ手柄を立ててやったぜ」と嬉しそうだった。そして彼は英雄として、お前らも朝から始まる宴に招待されたぞと、依頼の完了と宴の報告もそこそこに去っていった。
「依頼、終わっちゃいましたね」
「俺の方が強いんですけど、仕方ないですね」
「そうですね、それよりミスラさん風邪が治ったみたいで良かった。私たちも、宴に行って美味しいものを食べませんか? お腹空いたでしょう」
 私がそう言うと、ミスラさんは真剣な、でもいつも通りのだるそうな顔をして、「せっかくんなんですから、もっと色っぽいお誘いがあるかと思うんですが」と、少し意地悪な顔をした。だから私もベッドの上のミスラさんの額に口付けて、「宴で出されないデザートについては、まだ話していませんよ」って、ちょっとくさい台詞を口にしたのだった。
「面白い人だな」
 ミスラさんが笑う。
「知らなかったんですか?」
 私も笑う。
 そうして、私たちはキスをする。北楓の糖液のような、甘い甘いキスをする。