勇利は覚えていないだろう。すっかり出来上がって、とろんとした目でヴィクトルをひたむきに見つめ、頬に手を添えて、彼は確かに言ったのだけれど。
僕のかみさま、と。
自慢ではないが、ヴィクトルは多くのスケーターから目標や憧れとして名前を出される。もっとずっと若い頃からそうだったので、今更めったに感動したりしない。意識もしない。初めからそういうものだと思っている。そうでなければ、逆に期待や好意で押しつぶされてしまいかねなかったかもしれない。
そして結果として、その飄々とした自由な様子が彼をさらにリビングレジェンドとして完成させることになった。ヴィクトルは極めて客観的にそう理解している。所詮虚像だという意識もある。だが、仮面をかぶりそれらしく振る舞う、というのはある意味楽だった。どのみち、ヴィクトルの内面にそこまで本心からの興味を持つ人は多くないだろうと達観していたのは否定できない。
…だから、神様、という呼びかけに、普段ならそれほど心を揺らすことはなかったはずなのだ。なのに。
「………ゆ、うり」
口がうまく動かない。目がそらせない。ヴィクトルは大して飲んでいないのに。
勇利の唇は紅を刷いたように赤かった。それは粘膜を思わせ、あまりにも淫美だった。普段の彼の清潔さと全く対極にあるものだ。ヴィクトルはクラクラするものを感じた。こんなのは初めてだった。
「…………、………」
勇利が何かを言う。だがヴィクトルには聞き取れなかった。
「勇利?」
恐る恐る目の前の肩を抱く。どうやらアルコールが火照らせているのは青年の頬だけなのか、二の腕はひんやりとしていた。
「………、」
もう一度開かれた唇にヴィクトルが耳を寄せたところで、ガクッと勇利の体が崩れ落ちた。それを慌てて支え、勇利?と声をかける。だが返ってくるのは健やかな寝息だけ。
「…………、なん…だったんだ…?」
勇利の体を支えながら、ヴィクトルはひとりごちた。背中に汗をかいている。手のひらにもだ。
周りの音も戻ってきた。思えば、一瞬、本当に周囲の音が耳に入らなくなっていた。それだけ勇利に集中していたのだ。
「………」
かみさま、というまろい響きが耳の奥にこだまする。心臓はフリースケーティングを滑りきった後のようだ。
ヴィクトルは空おろしいような、狂おしいような気持ちで腕の中を見た。すうすうと寝息を立てる黒い髪の青年の、まるい後頭部と、クリームで立てた角のような可愛い鼻の頭を。
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