のま
2023-10-04 18:03:18
8959文字
Public 冬駿
 

まどろみの温度に溺れる(R-18ver.)

過去の同棲話に、R-18シーンを加筆したもの。(同人誌収録)
R-18なしのラブラブ同棲ver.はこちら→https://privatter.net/p/9496603
※誰も死にませんが死に関する言及はあります。
※丁寧な攻めフェあります。

 今日の昼はラーメンにしましょう、と告げると駿君は「お、いいなそれ」と露骨に嬉しそうな顔を見せた。
 男はみんなラーメンが好きだ──なんて、ひどく大雑把な決めつけをしてしまうけど、たぶん大きくは外れていない。作るのも簡単だし、余り物の具材を入れれば偏りがちな栄養バランスも解決するし、家でのお昼は麺ものに限る。ありがたいメニューだ。
 鍋に水を注いでガラス蓋をして火にかける。深い青色でコーティングされたそれは実家から出る時に母親から贈られたもので、二人暮らしにはぴったりのサイズだ。
「なぁ、冬居、何味のラーメン残ってたっけ」
「塩と味噌二つあると思いますよ、どっちがいい?」
「味噌の気分だな」
 すぐに返事をよこした彼は、ローテーブルの前にどっかりと腰を下ろした。ぱちりとテレビがつけられて、日曜特有のどこかテンポが悪いバラエティが流れ出す。画面に早速釘付けになっている様子で、こちらを手伝う気はさらさらないらしい。
 食器棚から黒塗りの器を二つ取り出す。コンロの奥に立てかけたまな板に手を伸ばし、水道でかるく表面を洗い流して冷蔵庫から取り出した野菜を置いた。ねぎ、にんじん、キャベツ。これにもやしとかを入れておけば大体いい感じになるだろう。それから冷蔵庫に眠っている挽き肉を炒めて、卵を最後に落としておけばバランスも悪くないはずだ。
「テーブル拭いて、飲み物用意しといてくださいよ」
 声を掛けると、おー、わかった、なんて生返事が飛んでくる。すぐに動く気はなさそうで、僕だけがせこせこと動いていて、損しているみたいでちょっと腹が立つ。あとでお返しに食器洗いは絶対してもらおう、と思い立ち、所帯じみた考え方だなと自分で笑ってしまった。
 コンロにかけた鍋が沸騰を知らせるようにコトコトと揺れる。同棲を始めてだいたい半年とちょっと。出会ってからは、もう四半世紀以上。正反対みたいな僕たちも、案外うまく暮らせている。

 おおかたの予想通り、直前に雑に拭かれたローテーブルの上にことりと二人分の味噌ラーメンを並べた。
「おー、うまそ! 冬居、料理上手くなってんじゃん、やるな」
……これくらい駿君もできるでしょ」
 褒められるほどのものじゃないけど、ストレートに褒められて悪い気がする人はいない。ほんの少し自尊心がくすぐられて、それからいただきますの声が重なった。
 慎重に持ち上げた麺にふうと息を吹きかけ口に運ぶ。薄茶色のスープはまだまだ熱をもっていて、湯気がゆらりとほそく天井へと立ち上った。れんげでスープを掬って、一口啜ってみる。少し味が薄い気がする。野菜を入れすぎたせいだろうか。それでも「んまいな」と言ってもらえると、途端に上出来な気がしてくるものだから不思議だ。
 するすると麺を啜って、箸を口に運んだ。あっという間にたくさんあった具材も無くなる。もやしのしっぽがひとつふたつ浮かんだ少しのスープを残して、二つの空の食器が机に残された。
「あーうまかった、ありがとな、冬居」
「どういたしまして……洗い物は駿君がやってくださいよ」
「え、ああ、そうだな、まあ別にいいけど」
 よっこいせと隣の塊が立ち上がり、のそのそとキッチンに向かう。僕はその黒いフード付きパーカーの背中が、シンクの前に立つのをうしろから眺めた。
 面倒くさがりを自称するこの人が、僕のために面倒をこなしてくれる姿を見るのが昔から好きだ。自分が何か特別なものになったような気持ちがするから──もっとも今ではその行動が自分だけに向けられるものではない、とじゅうぶんなくらい知っている。それでも、しょうがねえなあ俺がやってやるよ、と言わんばかりの背中を見ると何度でも嬉しくなってしまうのだから、僕も大概どうかしてる。
 水切りかごに洗い終わったフライパンと鍋と食器を並べて、駿君がこちらを振り返る。
「ありがとう、助かりました」と礼を告げると、彼はさも当然と言わんばかりの顔で言った。「まーこんくらいは一緒に住んでんだからやらないとだよな」
 お手本みたいなやり取りに安心した。
 昔からよく知った幼馴染との生活は、何を自分が言えば何が返ってくるかなんて大体予想がついてくる。何事も予測して安心してから臨みたい僕にとって、駿君との共同生活はとても快適で心地よかった。案外うまくやれてる、なんていうのは遠慮した言い方だったかもしれない。(どこへの遠慮かはわからないけれど)
 二人だけの穏やかな生活は脳みそを甘やかにゆっくりゆっくり溶かしていくみたいで、そんな毎日を僕はひそかに愛してさえいた。

 片付けも済んで、ソファに並んで腰掛けた。相変わらずテレビの中では、誰かが何か面白いようなことを言って、増幅された笑い声が流れている。内容は全然頭に入ってこなくて、どこか遠くの世界でお祭りでもしてるみたいだなと思った。
「ねえ、このテレビ、面白いですか?」
「いや、別にそんな好んで見てるわけでもねーよ。消すか?」
 お互いの肩が少しふれあう。もどかしい距離の体温を求めて、そのままもたれかかった。「うん、そうしようかな」
 隣で腕が伸びて、親指がリモコンを押す。
 喧騒が部屋から消えて、ふっと静かになる。
 すこし傾いた午後の日差しが、窓から惜しみなく降り注いでいる。光がフローリングを容赦なく照らして、じり、と室温を上げる音まで聞こえるようだ。湯気のあたたかさをまだ残した空気が煮詰まって、じわじわと思考をゆるやかにしていった。
……メシ食ってボーッとしてるとなんか馬鹿になりそうだな。走りにでもいくか」
 駿君がぽつりと呟いた。
「うん、そうしましょうか……でも気持ちいいからもうちょっとこのまま」
 そうかよ、と言われたからいちど座り直して、そこから上体を倒して駿君の腿に頭をあずけた。両足のあいだの窪みが後頭部にぴたりとはまって重みを受け止めてくれる。
「なんだよ」あきれたような笑い声が上から降ってきた。「それ好きだよなーお前。男の膝枕なんて別に気持ち良くも何ともないだろ」
 たまにやるこの仕草を、駿君はあまり理解できないようだ。それでも文句を言われることはない。
「ん、意外といいんですよ。僕のは気持ちよくないと思うけど」
 頭をやわらかく包むスウェット越しのあたたかさが心地よくて、ゆっくりと瞼を閉じた。
 耳をすますと窓の外からは、つっかえつっかえのピアノの音が聴こえてくる。音の主はたぶん、向かいの一軒家の小さな女の子だ。いつも髪をふたつにくくった、スカートをひるがえす女の子。
 まどろみの中であまりに満たされたちいさな午後は、停滞に気付かせないまま僕たちをここに留める。昨日も今日も明日も、こうして二人だけの場所で眠って、起きて、生きていく。僕たちの幸せにこれ以上はない。
 いつまで経ってもここから進まないことを、この上なく幸せだなと思った。
 ──ぼく、このまましんでもいいかもしれない。
 浮かんだ言葉をそのまま口に出す。深く考えてはいなかったけど、口に出してみればなんだかそれは素晴らしいアイディアのように思われた。
 何言ってんだよ、こんなところで死なれても困るっつの。現実に引き戻す声がそう言うから、だからいいんじゃないですかと半ば本気で返す。
「趣味わりーぞお前」
 呆れたように呟かれた。まぶたを閉じているから表情は見えないけれど、その眉はたぶんしかめられている。別にちょっと本気だってことを、分かってくれなくたっていい。そんなものは六歳の時にとっくに諦めていて、今はただ、僕の言葉を言葉どおりに受け取ってくれるこのひとの率直さがなにより嬉しかった。
 明るい日差しを受けて煮詰まった空気に、体の温度も上昇していく。後頭部をやわく受け止める腿の感触も、たまに頭を撫ぜる手も、全部がぜんぶあたたかかった。もし天国があるならばこんな感じだといいな、とぼんやり思った。
「駿君」
 目を開けてみれば見慣れた顔はゆるくほどけていて、僕の顔を覗き込んでいる。
「なんだよ」
……好きだよ」
 返事はないけど、くしゃりと前髪を崩された。ふっと唇の端があがって目が細められる。それが答えなんだとわかるくらい、この関係はあまりに長すぎた。
 いつのまにか部屋の空気はあたたかいを通り越して暑いに変わっていた。じんわりと季節外れの汗を背中に感じる。
 行き止まりみたいな幸せの中で、知らない間に周りの空気は温度を上げてだんだん息もできなくなる。そうやって気づかないまま、たぶん僕たちは窒息していく。
 でもそれはきっと何より幸せで、心地よい死なんだと思う。

 ◇

 しゅんくん、と耳元で呼ぶ声はあまりにとろけていて、それでいてこの世のものではないような響きをすこし含んでいた。正直だいぶ眠くて、今にでもこのマットレスに沈んで寝たい。そう思っていたけど、ひとさじの不安を覚えて、どーした、と曖昧に答える。返事のかわりにもぞもぞとうごめく体はいやに暖かくて、背中にべったりと張り付いた。
……冬居、あちーんだけど」
「ん……駿君の背中安心する」
「答えになってねえよ」
 ツッコミも虚しく、後ろから二本の腕が回されて、きゅっと抱きしめられる。頭がすりすりと背中に擦り付けられて、ヤリてえのかな、と思ったけど、とりあえず黙っておくことにした。
 今日の冬居はなんだかずっと、心ここにあらずという感じだった。昼から死んでもいいかも、とか縁起でもないことを言ってたし、夕飯を食べてる時もどこかうすらぼんやりしてた。
なんとはなしに大丈夫かよ、と聞いてみれば、なんでもないよと要領を得ない答えが返ってきた。それ以上俺は何も言わなかったけど、隙間なくみっちりと体温を押し付けるような切実な抱擁に、たぶん、なんでもなくはなかったんだなと知らされた。
 大人しく頭を擦り付けながらも、だんだん抱きしめる腕の力が強くなって、「ねえ……あの、しちゃだめ?」と耳元で熱い息が吐かれた。
 予想できた展開に、ため息を一つつく。
「あのなぁ……だめ? ってなんだよ。かわいこぶんなよ」低い声を絞り出す。
 ぐっと背中に頭が押し付けられて、湿った息がTシャツ越しに伝わってきた。
「へえ、僕のことかわいいと思ってくれてるんだ?」
 吐息はからかいが込められていて、背中の皮膚を溶かして胸の奥を直接くすぐるようだった。
……まあそりゃ、多少はな」
 仕方なく素直に答えてやると、「嬉しい」とぎゅうと強く抱きしめられた。そもそも多少なりともかわいいというか、なんかしらの情みたいなもんがなければ、こんなことするわけもない。だから問いも答えもぜんぶ戯れみたいなもんだ。お前も俺も、ぜんぶわかった上での遊び。
 そのままぼうっと横たわっていると、するりとTシャツの中に手が差し込まれる。体温よりも少し冷えた硬い手のひらが、ゆっくりとかたちを確かめるみたいに腹や胸を撫で上げた。
 ねえ、こっち向いて。
息だけで伝えられた静かなささやきに従って、寝返りを打つみたいして向かい合った。
 ようやく見えた冬居の表情はひどくやさしかった。
「ん、顔見えるのうれしい」
 ゆるりと眉も目尻も下がっていて、かわいいものとかを見つけた時みたいな顔をしていた。少し首が傾げられて、深爪にした指先がすっと頬に伸びる。「いい?」と最後に同意を確認された。
 軽く頷いて、ヤるなら電気消せよ、と言いかけて、途中でくちびるを塞がれたからもういいやと諦めた。上体を包む頼りない布がめくり上げられて、生身のからだが真っ白い光と熱い視線のもとに晒される。
 すこしいたたまれなくなるけれど、まあ別にいまさら見られて困るものもないか、と思い直した。されるがまま、ゆるいスウェットと履き古した下着を順々に脱がされた。
むき出しになった全身の肌に、夜の空気がひやりとつめたかった。
 冷えちゃいますね。
 そういう男の声は、とろりとはちみつのように甘い。肉づきのうすい手のひらが体を温めるようにしっとりと這って、やがて胸と胸が重なってゆっくりとシーツの白い海に沈みこんだ。
 しゅんくん、かわいい、だいすき。全部、ぜんぶ見せて。焦点のぼけた距離で熱く囁かれる。
 体のどこかしこも明るい光のもとに晒されているのに、いまさら全部見せても何もない。見せてないとこも、見えないとこも、多分ない。
 だけど「全部」がそういう意味じゃないなんてことくらいは、とうにわかっている。
……お前も全部見せてくれんだろ?」
 一歩先の答えを与えてやれば、ややあってから「それって僕も脱げってことですか?」と間の抜けた台詞が返ってくる。
「ばか、そうじゃねえだろ」
 すこし笑ってぽすんと頭を軽く叩くと、痛いよ、とくちびるが尖って文句を紡ぐ。あやすように髪を撫でて、それから男のパジャマのボタンを上から順にぷちぷちと外していく。
 日に焼けていない平らな胸板があらわになって、それがなぜだか目に痛いほど白く見えた。

 じゃれるみたいにいろんなところをまさぐり合う。つめたい肌が触れ合うのは気持ちよかったし、だんだんと二人分の体温であたたまっていくことに心が満たされた。
 ひとしきり、全身を触り合ったあと、「ねえ」と冬居が切り出す。
していい、と小首を傾げたあとに、濡れたくちびるがゆっくり開いて、舌が、べえ、と伸ばされる。肉色をした唾液に塗れたそれが、蛍光灯の光に照らされてぬらりと光る。
 生々しさに思わず気圧されて頷くと、股間に黒い頭が近づいていく。
 ざらりとした薄い舌が先端の粘膜を嬲って、そのままずぷずぷと深く咥えこまれる。あたたかくぬかるんだ粘膜に包まれて、「んっ……」とちいさく吐息が漏れた。
「ひもひいい……?」
 ――気持ちいい?
 上目遣いで伺われたから、黙ってうなずく。しんと静まった部屋に、ぬちゃぬちゃと粘ついた作業音だけが響き渡った。真っ直ぐな髪の毛がさらさらと音を立てながら股の間で上下している。何度してもらっても尻のあたりがそわそわして居心地が悪い行為だよなあとぼんやり思う。それでも快楽のぬるま湯にじんわりと沈めていくみたいな丁寧なフェラは、抗いようもなく気持ちよくて、吐き出す息がどんどん熱を帯びていく。
 ぬるついた舌がいきものみたいに幹に絡みついて、それから先端を器用につつく。
「あ、それ、やばい」
どろり、と先走りが溢れると同時に、冬居が間髪入れずにすべてをぢゅうと啜り取る。
「さきっぽ、しょっぱい」眉をしかめた。
「いいよ、舐めなくて」
 別に強制したわけでもなんでもない。頭を押し返してみたが、冬居はいやいやするようにかぶりを振った。
「駿君にきもちよくなってほしいから」
 それからかぱりと大きく口を開けて咥えなおされる。さっきよりも遠慮のない水音が鳴って、ときおり喉奥まで使ってふかく丹念に奉仕された。昼間みたいに明るい中、あ、ああ、あ、と俺ひとりの喘ぎ声だけが響き渡った。
「とうい、も、いいから……
もう一度額をかるく押すと、
「ん……こっちもしたい」
 そう言って冬居は、ベッドサイドに置いたジェルを手のひらに出して、それを指にまとわせる。今度は閉じた場所をくちくちと弄る。すこしの抵抗があったあと指が押し込められた。
「う、あ」
 確かめるようにぬかるみを押し広げて、それから腹側の気持ちいい部分をゆっくりと撫でさする。ぴりぴりと背骨に電流が走って、うっかり漏れそうな喘ぎを抑えるべくくちびるを噛みしめた
「ねえ、声、聞きたい」
 骨の目立つ指先が口の中に侵入する。ぐちぐちと口内をまさぐって、舌をつまみだした。その間に後ろにもう一本指がおさまって、熱くなった中をとろかすように抜き差しする。
 舌を捉えられたまま、堪えられない喘ぎと一緒にだらだら唾液が伝っていくのを感じた。
その姿は発情した動物みたいでひどくみっともないんだろうなと頭の隅で思うけれど、不思議と今日だけは見せてもいいような気がした。それはあまりに明るいせいなのか、今日の冬居がどこかおかしくて切実だからなのか、分からない。
 ひたすらに甘くてどろどろに溶かすみたいなセックスは、自分でも見られない内臓とかそより奥のやわらかいひどく不確かなものを強引に全部引き出してくる。そうやって汚いとこも、見せたくないとこも、 全部をぶちまけているはずなのに、もっと、もっとと貪欲に求めたくなる。
「ん、も、早く」
 焦れったくなって、冬居の手首をぱしりと掴んだ。
 いいの、と揺れた瞳が熱く見つめてきて、「ん……」とE頷いた。
「じゃあ……顔見てしたい」と肩甲骨のあたりに腕を差し入れられて、上体を抱き起こされる。
 そのまま向かいあって、見つめ合う。
視線を合わせたまま、支える手に合わせて腰をじりじり落としていくと、熱くて硬い肉が中をゆっくりと割り広げていく。
「あ、あ……
 ずぶずぶと深くまで飲み込んでいくと、やがて陰毛が尻にあたって行き止まりを知った。
……ぜんぶはいった」
……ん」
 隙間なくみっちりと詰められた肉は重たく苦しくて、腹の奥をしびれさせた。たまらなくなってすこし腰を揺らめかすと、冬居がふ、と息だけで笑った。
 ぎゅうと二本の腕が背中に回って、抱きしめられる。
 はあ、と熱い吐息が皮膚の薄いところをくすぐって、それから始まったのは、こんな時にふさわしくない話だった。
「僕ね……ちいさい頃、死ぬのがすごくこわかった」
 そっとひみつの話をするみたいな柔らかな声。何の話だよ、と聞いてみれば、答えはないけど、頬を両手が包んで顔がぐっと近寄った。
「でも今はね、このまま死んでいいなって思うよ」
 覗き込んだ瞳の底は、ぞっとするほど静かで深かった。背筋が得体の知れない感情にぞくりと震える。
 どこかに行ってしまいそうな男を引き止めるために、腰に足を絡めて深く繋がりなおす。
……こういうときは、好きとかきもちいいとかしか言っちゃいけないって習わなかったか」
 冗談めかして頬をかるく弾いてやると、どこか現実離れしたようなその目に生気が宿った。
……どこで習うんですかそんなこと」
「童貞でもわかるだろ、嘘でもいいからそれぐらい言え」
 冬居は嘘じゃないよ、とくすくす笑って、それからきちんと焦点を取り戻した目と目が合った。
「ね、好きだよ」
 落ち着いた、大人の声だった。それからゆっくりと身体をシーツに倒される。大きな手が腰骨から大臀筋にかけてを掴んで、中にみっしりと詰めた肉を揺さぶった。
 そこからは思考なんてものはもうなかった。マットレスの軋む音と、濁った水音と、絶え間なく漏れる互いの荒い息の音だけが部屋をゆっくりと満たしていく。
 ひとつ揺さぶられるごとに、この体もひとつずつ、またひとつずつと意味を失っていく。もはや俺の体は、なめらかなシーツに縫いとめられて、冬居に揺さぶられていろんな液まみれになって意味もない音を発するだけの肉の塊になっていく。みっちりと肉を詰められた腹の奥がぐぐぐぐと勝手に痙攣を始めた。
「あ、あ……あ、とうい、イク。イク」
「あ、ぼくも……
 そのまま白く粘ついた液を吐き出した。少し遅れて、どくどくと中で冬居のものがうごめくの感じる。
 胸を大きく上下させてはあ、はあ、と息をつく。ほんの少しずつ熱が引いて、腹の奥を押し広げていたものも少しずつ圧迫感を弱めていく。意識は相変わらずふわふわと宙に浮いてるうようで、ときおりひくつく体も自分のものではないようだった。
 ぼやけた頭で、セックスは、小さな死に通じてる。だったか、そんなような言葉を思い出す。ああ、じゃあ俺いま死んでんのか、とぼんやり思ってそれから、いや冗談じゃねえなと目を開ける。
 折よく、しゅんくん、生きてる、と頬を軽くつっつかれたから、じろりと睨みつけた。
「おまえのせいで死にそうだ、って言ったらどうする?」
「うーん、それはそれでいいけど……でもやっぱり困るかな」
 悩んだ後に、口角がやわらかくあがって、遠慮がちなほほえみが浮かんだ。
 ちょっと待ってね。冬居はそう言ってずるりと役目を終えた性器を引き抜くと、机の上に積んだ清潔なやわらかい布を一枚手に取った。
 あちこちの体液をひとつ残らず拭い去ると、冬居は掌を体の上に乗せたまま、祈るかのようにそっと目を閉じた。
 ぽつりとおかしなつぶやきが落ちてきた。
 ――僕が死んでも、しゅんくんはずっといきててね。
 ずっと俺だけ死なねえなんてそんなん地獄じゃん、と頬をひっぱたきたくなるのに、なぜだかすごく満たされて、それからどうしようもなく泣きたくなった。
 かつて死ぬのがこわかった少年の祈りは、何よりも澄んでいて、それでいて水を含んだ綿が長い時間をかけてじわじわと首を絞めるみたいな、そんな重さもあった。
 でもたぶん、それこそが自分をずっと生かしてきたものなんだな、となんとなく思った。自分の人生の中核になっているカバディも、それ以外の時間も、全部、ぜんぶこの男の祈りにどこかで支えられてきたのだろう。根拠もなくそんなことを考える。
 目の奥がじんわり重たくなって、まぶたをゆっくりとおろす。ごろりと寝返りを打って祈る男に背を向けた。
 背後の男の気配が消える。とんとん、と軽い足音が聞こえたあと、ぱち、と電気が消される音がした。まぶたの裏までどっぷりと黒に浸される。
 暗闇は絶望にすこし似ていて、ひどくしずかで、重たい。まるで世界でひとりきりのような気持ちになる。
 だけどこうやって世界でひとりになったとしても、明日も明後日も、その先も、ずっと自分は生きていく。冬居がそう願う限り、ずっと。
 隣で掛け布団にもぐる気配がして、マットレスがもう一度ぐっと沈みこんだ。
 夜の底に、正確な呼吸音と平熱がふたつ揃う。
「おやすみ、駿君」
……おやすみ」