のま
2023-07-02 11:13:40
3812文字
Public 冬駿
 

アフロとぼくとちいさなうそ

7/1冬駿の日おめでとう!梅雨×うそつきアフロ×幼少期捏造話。

 しとしとと雨の降りしきる午後だった。
 僕は部屋にひとり。雨粒がそこらじゅうを叩いている音を聞きながら、ごろりとカーペットに寝そべる。そのまま手に取ったのは、最近気に入ってる絵本。表紙をめくるだけで、こんな天気だって吹き飛ばしてしまいそうなわくわくした気持ちがあふれてくる好きな本だった。
 今日も同じはずだった。タイトルをゆっくり頭の中で読み上げて、さあ、物語をはじめよう。
 そう思った時、部屋の外から声が聞こえた。
「冬居! しゅんくん、来てるよー」
 お母さんが下の階から呼ぶ声だ。とっさに「はあい」と返事をする。
 しゅんくん。
 久しぶりに聞くその名前。その響きに、なんだか胸がどきどきしてきてぱたりと絵本を閉じる。いまさっき始めようとした物語のことなんかは、あっという間に頭から抜けていってしまった。
 おとなりに住むひとつ年上のしゅんくんは、少し前、桜の咲く頃に小学校に上がっていった。
「知ってるか、とーい。小学生はさ、勉強っていうのをしなきゃいけないんだぜ」
 幼稚園とは違うんだ、と入学式が終わったその足で僕の家の庭先をたずねてきたしゅんくんは、自慢げに言っていた。背中のぴかぴかのランドセルのことをとてもよく覚えている。しゅんくんが僕の家をたずねてきたのは、たぶんそれが最後だった。
 ──しゅんくん、久しぶりだけどなんの用なんだろう。
 あの自慢げな顔もなんだかなつかしい気がして、急いで階段をかけおりていく。
 開いた玄関のむこう、久しぶりに見たしゅんくんは全身をびしょぬれにしていた。ポタポタと水を落とす前髪の奥からは、にらむような視線。
「ん」
 口をむっと引き結んだ顔は、僕が想像していた表情とはかけ離れていた。黒いランドセルからも、髪の毛からも、Tシャツの裾からも、水が滴り落ちている。
「しゅんくん、どうしたの? かさは?」
 僕がこわごわたずねると、
「知らねえ、落とした」
 と、しゅんくんはぶっきらぼうに言って、ランドセルを肩から下ろし、靴を脱ぎ始める。
「かさなんて落としたら、気づくんじゃないの?」
 重ねて聞いてみれば、
「どっちでもいいだろそんなの」
 しゅんくんの声はするどく尖っていた。怒ってるのかな、と思って、僕はとりあえず口をつぐむ。
 濡れて色の濃くなった靴下でしゅんくんがうちに上がろうとする。その頭は水分を含んでいるにもかかわらず、毛先がくるりと丸まっていた。
「おじゃまします」
 変わらず不機嫌だけれども、いちおう、あいさつは欠かさない。廊下の奥からお母さんがタオルを持って飛んできた。

 リビングに引っ込んでも雨の音は止むことがなかった。二人で机を囲み、お皿に開けてもらったお菓子たちを思い思いに口に運ぶ。
 聞けば今日は、しゅんくんのお母さんは仕事に出ているらしい。それで僕の家に来た、とさっきお母さんに説明していた。
 しゅんくんはしお味のポテチを口に放り込んでもごもごしたあと、ふいに唇を尖らせた。それから僕の頭のてっぺんあたりをじっと見つめる。
……冬居はいいよな」
「いいよなって……なんのこと?」
 よくわからないまま返すと、
「これだよ、これ」
 しゅんくんは腕を伸ばして、僕の頭をわしゃわしゃっとかき乱す。それからうらめしげに僕を見る。
「ほら、冬居の髪の毛はさ、こうやってちょっとぐしゃぐしゃにしてもすぐにまっすぐ戻るじゃん」
「それっていいことなの?」
 かき乱された頭を自分でも少しさわってみる。僕の髪の毛はまっすぐだけど、そのことについてとくべつに考えてみるということは今までなかった。
「ずりーだろ」
 苦いものでも食べたみたいな顔をしたしゅんくんの髪の毛は、確かにいつでもふわふわしていて、見るたびに違う形をしている。
「でも、しゅんくんの髪も……なんていうのかな、おもしろくて僕は好きだよ」
「おい、おもしろいってなんだよ、お前までそんなこと言うのかよ」
 褒めたつもりなのに、目を三角にしたのを見てあわてて言い直す。
「おもしろいって……変だってことじゃなくて、見てて飽きないってことだよ」
 しゅんくんは僕のおでこを突いた。「冬居のバカ」
 せっかく言い直したのに、あんまり意味はなかったようだ。
 目の前の腕がお皿の上に伸びて、ポテチの残りをすべてかっさらっていった。
……あ、ひどい、全部食べちゃうの」
「別にいいじゃん、お前が食べなかったんだから」
「しゅんくんの欲張り」
「お前が遅いのが悪いんだって」
 口をもごもごさせてそう言う。僕もなんとなく、競うみたいにお皿に手を伸ばして、残ったお菓子を口に運ぶ。
 さくさく、さくさく。お菓子をほおばる二人分の音だけがしばらくリビングに響き渡る。開けたばかりのはずのお菓子は、ほんのすこしだけ、外の湿っけを吸ったみたいな食感がした。
 コップの麦茶をごくりと飲み下し、しゅんくんがぽつりとつぶやいた。
「今日帰り道でさ、同じクラスのヤツとケンカした」
「けんか、って?」
「今日みたいな雨の日だとさ、俺の頭がばくはつしててアフロみたいだーって言われて。それでむかついて色々言い合いになって――
 それからしゅんくんは、今日あったことを順々に説明する、雨の日になるとしゅんくんの髪の毛がおさまらなくてアフロみたいだって言われて怒ったこと。そのまま言い逃げする友達を追いかけようとしたら、傘をどこかに置いてきてしまったこと、なんだかむしゃくしゃしてそのまま僕の家に来たこと。
「そっか……
 相槌をうつけれども、僕には「アフロ」という一言が別に悪口には思えない。だけどしゅんくんは、自分の髪の毛がくるくるとしていることを密かに気にしていたのかもしれない。さっき僕の髪の毛を触っていたときのうらめしげな目線をふと思い出す。
 しゅんくんは「はーあ」と一段と大きなため息をついた。
「明日もガッコ行ったらアフロって言われんだぜ、雨だからさ」
 なんだか元気のない、らしくもない姿を前にして、思わず口が動く。
 「あのね、明日は晴れるよ。だから大丈夫、もうアフロって言われないと思う」
 考えるより、先に言ってしまった。
 言葉のあとに、今日の朝、ニュースで見た天気予報を思い出す。雨、雨、雨、雨、雨──今週はずっと雨でしょう、と言っていたことを。
「ほんとかよぉ。ここんとこずっと雨ばっかじゃん」
 しゅんくんは窓の外、降りしきる雨をうんざりと見上げていて、全然信じていないみたいだった。
「うん、ほんと、ほんと」
 お皿に残ったいちご味のチョコをあわてて口に放り込む。ちょっとすっぱい味が僕のとっさについた小さな嘘を責めてるみたいで、心臓が嫌な音を立てている。どうしよう、もっと何か言わないと。そう思って僕は必死になって言葉を探そうとしたけれど、何も浮かんでは来なくて、ただ焦りと後悔だけが僕の中でぐるぐるしていた。
 そのときふっとある考えが浮かんだ。ぐっと身を乗り出す。
「ね、てるてる坊主作っておこう! そしたら絶対大丈夫だよ」
 え、と戸惑ったあと、「てるてる坊主」としゅんくんは繰り返し、それから笑った。
「なんだ、ばかだなー、とーい。まだそんなめーしん、信じてるのかよ」
……だってこの間、幼稚園で作ったらほんとに晴れたよ」
 そーかよ、とちょっと馬鹿にしたみたいにしゅんくんが笑う。だから「ほんとだよ」ってちょっと悔しくなってきた。

 テーブルの上に置いてあるティッシュを何枚か取り出して、てるてる坊主の頭を作るための輪ゴムを食器棚から探し出した。やわらかなティッシュを丸めながら、習った通りのてるてる坊主を作っていく。
「しゅんくん、できたよ」
 無事完成したそれをどこに吊るしておこうか迷っていると、僕の願いをぎゅうぎゅうに詰め込んだ塊はいつの間にかしゅんくんに奪われていた。
「顔くらいは描いてやんねーと」
「だめだよ、顔はかかないって習ったし……
 てるてる坊主は顔を描くと願いが叶わない、と幼稚園の先生が言っていたことを思い出して、しゅんくんの手の中に奪われたそれを取り返そうとするが届かない。
「誰が決めたんだよそんなこと。てるてる坊主ものっぺらぼうのほうがよっぽどこわいし、空も泣くぜ」
 しゅんくんはそうまくしたてると「よーし、おれさまが上手にかいてやるよ」と、どこから見つけ出したのかわからない黒い太いペンでふたつの点を書く。
 目がふたつできた。それから横に線を勢いよく引っ張る。──たぶん、口。その線は少しにじんでしまって、てるてる坊主は泣いてるみたいな悲しそうな顔になってしまった。
 これじゃあ、雨降っちゃうよ!
 そう言おうとしたところで、しゅんくんは立ち上がった。
「けっこー上手に描けたぜ。これで晴れるんだろ? とーい」         
 部屋のカーテンフックの部分に泣きそうな顔をしたてるてる坊主を吊るしていく。お世辞にもかわいいとは言えないし、おまじないにもならなさそうだ。
 それなのに振り返ったしゅんくんの顔は「どうだ」とでも言いたそうに得意げで、アフロのことで不機嫌になっていた影もない。そのくもりのない笑顔を見ていると、ふしぎと心の底から信じてしまう。
 ──明日はぜったい晴れるだろう。