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のま
2023-02-23 15:45:46
4160文字
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冬駿
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You are my beginning ; you will be my end
冬駿/冬居の誕生日にグダグダ飲酒してる話
※成人後〜山田引退後の未来捏造話
※飲酒表現あり
「あんまし一気に飲み過ぎんなよ?」
缶を傾けてひとくち中身を啜ったところで、心配げに顔を覗かれる。舌の上をじわじわと広がっていくのは、はじめての味。
「これ、苦くないですか?」
喉元で弾けるビールをごくりと飲みくだして、顔のまんなかにぎゅっと皺を寄せた。大人はみんなこんなものを美味しそうに飲んでるのか、と思うと不思議でならない。
「それがいいんだろ」
山田さんはどこか自慢げにそう言って、「ほい、二十歳の誕生日おめでと。乾杯」と同じデザインの缶を持ち上げた。促されるままに、銀色のふちとふちがかちりと音を立てる。正直もう飲みたくないな、と思ったけれども、もう一度口をつけた。
「
……
やっぱりおいしくないです」
「はは、そーかよ」山田さんは笑ってうんうんと頷く。「それが大人への第一歩ってやつよ」
なんだかわかったような口を聞いてきてイラッとしたから、かわりに缶を思いっきり傾けた。できるだけ舌の上に苦みをのせないように、いそいで。喉の奥で思いっきり受け止めた炭酸がぱちぱちと弾けて、目の奥がつんとした。
「おいおい、そんな一気に飲むなよ。冬居、酒強いの?」
「わかるわけないですよ、はじめてなんだから」
──はじめて。
その言葉を発してから、またこの人にはじめてを奪われたんだなあとぼんやり思った。
僕のはじめてにはいつも山田さんが、駿君がそばにいた。隣町への小さな冒険とか、一緒に始めたカバディとか、人を好きになることとか、それより先のこととか。知らなかったことを教えてくれたのは、ぜんぶ山田さんだった。
そうやって、僕からはじめてを全部奪っていったこの人は、ついにこの春からプロ入りを目指してインドに渡ることが決まっている。
対して僕はカバディを辞めて、もう一年と少しが経つ。将来のことを考えてカバディをやめる、と告げた時から、いつかこの日が来るんだろうなとわかっていたし、それは僕の願いでもあった。
それなのに──"その日"が近くに見えてくると途端に言いようもない不安に襲われる。横に並んだ、数ヶ月先にはここにいない人をちらりと見やる。なんでもないようにちびちびと缶を口に運ぶその人のことを、ひどく遠いと感じたから、せめてもの思いで一緒のペースでちびちびとビールを啜った。
途中で「無理すんなよ、冬居クンにはこっちもあるからな」とからかいまじりにオレンジジュースを勧められたが、断った。
意地を張って飲み干したはじめてのお酒は、ちっとも美味しくはなかった。
ふたつの空き缶を隣に並べて、すっかりぬるくなった二本目に差し掛かった頃、アパートの古い窓枠は結露でびしょびしょに濡れていた。効きすぎた暖房が部屋の中の空気をむんわりとさせる。慣れないアルコールのせいもあるのか、顔もぽかぽかといやに熱い。
隣の山田さんも、黒のシンプルなVネックのニットの裾をぱたぱたと仰ぐ。
「あっちは暑いだろうから、この服もいらねぇな」
あっち──インドの話だ。さっきまでひっそりと自分の胸に重たくのしかかっていた話を突然持ち出されて、どきりとした。
「でも捨てんのはもったいねえからさ、冬居にやるよ」
ちょうどいいじゃん、プレゼントってことで、と勝手に話を進められたから、
「
…………
いらない」
つっけんどんに言い返した。
「え?」
「
……
第一サイズ合わないじゃないですか」ぷいと顔を背けて爪をいじる。
別にサイズなんかひとつも問題じゃなかったけど、この先の話をしないで欲しかった。嘘、してほしいんだけど、今だけは聞いていられない、と思った。
「そうだけどさあ、ゆったりめだから着られるって。もったいねーじゃん。これ結構高かったんだぞ?」
説得も何も聞きたくはない。何もかもをあやふやにしてしまいたくて、
「ねえ、駿君」
話を遮るようにわざとらしいくらいの甘い声で呼んでみた。そのままころんと頭を肩に乗っける。「酔っちゃったみたい」
「なんだ、冬居そんなに酒弱いのかよ」
少し慌てたように山田さんが言う。水、水、と立ち上がりかけたから、「やだ、いかないで」と腕を掴んで押し留めた。じっと目を見つめる。
「行かないでって
……
すぐ戻るだろ?」
文脈通りに読み解かれた言葉に安心して、それからほんの少し胸が痛む。ほんとうの意味を知られてしまうわけにはいかないけれど、僕からはじめてをぜんぶを奪ったままで行ってしまうなんて、そんなずるいこと、やっぱり許せなかった。でもカバディで追いかけないことを選んだのは紛れもなく自分なのだから、そんなことを言う資格はどこにもない。
どうしようもなくなって、そのままスリスリと頭を肩口になすりつけた。ドラマとかで見たことがあるしぐさ。これくらい、酔った時には許されるはずだ。打算混じりで掴んだままの腕を下へ辿り、そのまま自分の指と一本、また一本と順に絡めていく。戸惑いを浮かべたままの目をじっと見つめて、もう一度、願いを込めてゆっくり繰り返した。
「駿君、行かないでよ」
「
……
お前酒癖悪いの? 行かないわけにはいかないだろ?」
手を振り払われそうになったから、そのまま唇に噛みついて、こじあけた口内の粘膜をぐちゃぐちゃに犯す。喉奥から漏れ出てきたかすかな抵抗の音を、こぼれ落ちそうな唾液とともに飲み込んだ。
この人がせめてひとつも忘れてくれなければいいのにな、と思った。
◇
──とかそんなことを思ってた時があったんですよ、はたちのとき
今日またひとつ歳を重ねた男が、ワイングラスをちいさく傾けて昔話をする。薄い色をした目をきゅ、と細めて、遠くを懐かしそうに見つめた。
「あの時は、酔っ払ったふりをしないと言えなかったんですよね」
そう言ったくちびるの間に、こっくりした赤紫色の液体がすうと吸い込まれていった。
「なんだよ、フリだったのかよ。困って損したな」
かすかな記憶を辿ってくつくつと笑って、自分もグラスに口をつけた。すっかり中年と呼ばれる年になった今なら、こいつが酔ったフリをしてもすぐわかるだろうし、分かってたとしてもそのフリに思いっきり乗ってやるだろう。ついでにぐしゃぐしゃとその頭をかき回して、「で、何したいんだよ?」くらいは聞いてやることも、多分できる。
「あの頃は駿君もずっと若かったし、僕も若くてかわいかったなぁ」
冬居は小さく笑って、それから「昔の写真あるかな」と手元のスマホを触り出す。
「んだよ、自分のことかわいいって思ってたのかよ」
さらっと繰り出された随分大胆な発言を聞き逃せなくて、こつんとかたちの良い額を叩いた。
「そりゃあかわいかったでしょ」
ほら、と証拠のように見せてきた写真は、ヴィハーンと冬居とそれから自分が写っているスリーショット。ヴィハーンはI LOVE JAPANと書かれたTシャツを着て、ニコニコと嬉しそうにしている。冬居も、自分も、今よりもなんというかだいぶ瑞々しい。
「ああこれか。ヴィハーンが引退したあとに日本に来た時のやつかぁ?」
「たぶん。三十くらいのときですかね? 駿君、もしかしてそこまで変わらない
……
?」
「いや、さすがに変わんないことはねぇだろ」
ついこの前まで現役を続けてたんだから、そこらの同年代と比べてもらっちゃあ困る。だからといって、写真の中よりは確実に歳を重ねているわけで。
「あーあ、駿君若いからさあ、悔しいな。僕も気をつけないとなあ」
冬居はため息をついて、シャツの腹あたりの部分をむにむにと掴んで真剣に首を傾げている。その白めの肌はたしかにつややかさが喪われて、髪の毛のハリだって年齢相応になくなってはいるけど、どこか少年っぽさを残した仕草がアンバランスで笑った。「いいよ、別にお前なら。なんでも」
懐かしい写真を見返しながら、ボトルワインをふたりで三分の二ほど空けた頃には、随分頭がくらくらしてきた。ぼうっと狭くなった視界の中で、ひょい、と目の前のワイングラスが奪われる。
「駿君、もう飲み過ぎですよ。久しぶりなんでしょ」
忠告と共に水の注がれたグラスを差し出される。相変わらず準備がいい。
「いいだろぉ、ちょっとくらい。お前の誕生日なんだからさ」
「
……
お祝いしてくれるのは嬉しいですよ。ただ僕は駿君のことを心配してるだけで」
「んだよ。だいたいお前はさあ、いつまで駿君って呼ぶんだ? 俺もうオッサンだぞ」
酔っ払いの勢いで、ほら、と画面の中の写真と比べてだいぶ年取ったはずの自分を指さす。幼い頃に呼ばれていた名前は、響きもだいぶかわいらしくて、今の自分にはだいぶ不釣り合いに思えた。
「別にいいじゃないですか」冬居は耳まで染めた顔で笑った。「だって僕しか呼んでないでしょ、駿君って」
とくべつって感じがするし、と赤ワインでとろとろに煮詰めたような声でそう言うから、思いがけずにどくりと心臓が跳ねた。
こんなに長く一緒にいるのに、お互い若くもなくなったというのに。この後に及んでまだ、こいつは俺の中の特別でありたいと思ってくれているんだ。そう思うとどうしようもなく愛おしい気持ちに溢れてくる。
目の前の男は、そんな気持ちもつゆ知らず「さ、片付けしましょうか」と立ち上がった。
──なあ冬居。
心の中で呼びかける。
──たぶん、俺の中ではもうとっくに特別だ。今もそうだし、お前は知らなかったみたいだけど、それこそ二十歳の時もそうだった。思い返してみれば、うんと小さい時からずっと、ずっと、お前は俺の特別だったよ。
そう思いはするけれども、このことは一生教えてやらない。しょうもないことを特別だと思ってくれたり、特別でありたいとずっと望んでくれるのは、それはそれでいいもんだから。
「あーあ、酔ったなあ」
大げさに伸びをして、それからちらりと視線を上に向けた。
「あのさあ
……
特別ならしてくれるよなあ」
キス。そう呟いてみれば、冬居は目を見開いて、ちょっとしてから「ほんとに酔ってるからなんの洒落にもなってないよ」と笑って顔を寄せてきた。
ふんわり触れただけのそれは、ひどく甘かった。
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