数人で覗き込むには小さすぎるタブレット端末の画面を、港は首を伸ばして覗き込んだ。端末を慌ただしく操作する男に、おい、と声をかける。
「橋本、試合は日本時間で十六時からって言ってたよな? もう過ぎてるんじゃないか?」
「分かってるよ! もうちょっとで用意できるはずだからちょっと待てって」
苛立った声を上げ、端末の持ち主、かつ、この部屋の主の橋本はいくつかのログイン画面にパスワードを次々打ち込んでいく。現れる画面の言語はずっと英語で、港はそれがなんのサイトなのだか正直、よくわからない。けれども言葉の通りに少し待つと「お、ついた」と、ついにタブレットの画面が明るくなって映像が流れ出した。
画面いっぱいに、カラフルなロゴ──「Pro Kabaddi Final」の文字がタイミング良く現れる。続いて、懐かしい形のコートと、その中にひしめきあう屈強な選手たちが映った。初めて生放送で観戦するな、と画面を食い入るように見つめると、視界はたちまち前の黒い頭に遮られた。
「すげえ数の観客! 本場じゃやっぱ人気スポーツなんだな!」と矢島が興奮のあまり、画面に顔を近づけている。
「おい、ちょっと邪魔なんだが……落ち着いて見てくれよ」
矢島の後ろに陣取った船井が、その頭を抑えてくれたおかげでまた画面が見られるようになった。映像はカットが変わり、白熱した満員の観客席を映す。話には聞いていたけれど、改めて本国での競技人気を実感する。画面が伝えてくるスコアは5対7。まだ序盤のようだ。
映像の音量を上げた橋本は、「見られて良かっただろ」と早くも得意げに鼻を鳴らす。インドのプロリーグは、今の日本では放映されていない。そんな中で、配信サイトをVPN接続すれば見られるんじゃね? 一緒に見ようぜ、と名案を出してきたのは橋本だった。仕組みはよくわからないが、海外で放送されてるインドのプロリーグを見る方法がどうやらあるらしい。
「それで、ヴィハーンはどこだ」
本日お目当ての選手を探す。小さな画面には、同じような肌色と髪色をした逞しい男たちがひしめき合っている。まいった、全員似て見えるな、と記憶を頼りにかつての同級生の姿を探すが見つからない。うーん、と唸りながら船井が画面の一点を指す。
「これがヴィハーンじゃないか? 髪結んでるやつ」
その指先を辿ると、太い眉が特徴的で周りよりも少し背の低いその男は、髪型は変わっているものの確かにヴィハーンだった。おお、髪型変わってんのな、でもよく見たら顔は変わんねえな、とおのおの感想を述べていると、画面の中のヴィハーンがズームアップされ、敵陣に足を進め始める。レイドがはじまる。二年ぶりに見るそれに、港はごくりと息を呑んだ。さっきまで口煩くしていた野郎たちも、途端に水を打ったかのようにしんと静まり返り、その様子を見守る。
ヴィハーンは人数の多い守備をものともしない様子で、ゆっくりと足を進める。敵陣中央あたりまで進むと、打って変わって素早く間合いを詰める。目にも止まらぬ速さでローキックを繰り出し、と見せかけて背後の選手を二人タッチした。ストラグル、戦闘開始だ。そこから襲いかかる守備のチェーンを軽々と飛び越え、帰陣を阻む壁のような男を躱し、自陣に飛び込む。
あっという間に、5対7というスコア表示が9対7に変わる。ヴィハーンのチームが逆転した。観客はそれに湧き、応援グッズを打ち鳴らす。チームメイトとハイタッチして守備に戻るコートの中の英雄は、いるべき場所に戻ったからだろうか、昔よりしっくり馴染んで見えた。
「……やっぱりすごいんだな」と噛み締めるように船井が言った。声も出せないまま頷く。
「プロなんて目指そうとも思わないよな、これ見ちゃうとさ」
「その点すげえよな〜、駿は」
画面の向こう、スーパープレイに未だ沸く観客たちを尻目に、今日この場にいない男へと話題が移っていく。おい霞、と橋本が彼をよく知る男に声をかけた。
「山田、今日なんで来ねーんだよ」
展開を静かに見守っていた一つ下の後輩は、急に振られた話題に、「どうして僕が知ってる前提なんですか」と前置きしながらも、いつもの淡々とした様子で答えた。
「……なんか今日まで日本代表の遠征で、海外にいるらしいですよ」
おう、さすが幼馴染、よく知ってるな、と茶々を入れられて、「別に僕が聞いたわけじゃないですよ、勝手に山田さんが報告してきただけで」と不服げな様子を露わにする。どうやら変わらないらしい関係性に、ふ、と笑いが漏れた。
「日本代表? 海外? すげーなあいつ、ちゃんとやってんだ!」矢島が感心した声を上げる。「一時期、辞める、とか言ってたのにさ」
山田が競技を辞める、と宣言した時は、港もずいぶん動揺したものだ。あの時、未練のない表情さえ見せていた男が、今も知らない場所でこの画面の向こうの舞台を目指して前に進んでいる。そう思うと自分のことではないのにじんわり胸が熱くなった。
感慨にふける間にも、画面の向こうの試合は進んでいく。ヴィハーンがまたレイドに出て大量得点したり、相手チームの猛攻があったりと、拮抗した展開に思わず拳を握りしめる。四十分はあっという間に過ぎ、結果、見事ヴィハーンのチームが勝利を収めた。キャプテンらしい男性が優勝カップを受け取り、後ろのヴィハーンは記憶の中と同じ人懐っこい笑顔を浮かべている。
白熱した試合に興奮冷めやらず、すごかったな、面白いな、またやりたくなってくるよな、など口々に言い合い、画面の前から徐々に散っていく。さっそくスマホを弄りはじめた橋本が、「あ!」と何かを発見したような声を上げた。
「山田、SNS更新してる! 遠征先のホテルの近く、何もない、ヒマとか言ってんぞ!」
なんだよあいつ来られたんじゃねーのか、とか言いながら速攻で電話をかけだす男たちを見て、港は、まったく騒がしいな、と懐かしいノリに笑った。
ふと隣を見ると、その輪に入らず未だに画面を食い入るように見つめる男がいた。三年の夏、一緒に決勝リーグの舞台に立てなかった同級生──港は彼の肩をとんとんと叩いて、声をかけた。
「近い将来、活躍を見られるんだろうな」
誰が、とは言わなくてもわかると思った。彼は相変わらず画面を見つめたまま、懐かしそうに目を細めた。
「ああ、そうじゃなきゃ困るよな。山田なら、きっとやってくれるよ」
俺も頑張んなきゃだな、まあ何をと言われると何を頑張るのかわかんないけどさ。頭をかきながらへらりとその口元が緩んだ。画面に釘付けのままの目は、たぶん画面越しの遠い国に、ここにはいない男のまだ見ぬ晴れ姿を重ね合わせている。それは自分も同じだし、多分この場にいる全員が、口には出さずともこの四十分の中であいつの姿を思い浮かべただろう。
タイミングよく、船井から「なんか言うことあるか?」と差し出されたスマホを耳に当てる。
「もしもし、久しぶりだな、駿──」
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