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のま
2022-12-15 18:27:46
5881文字
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冬駿
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【サンプル1】僕らのかたち、それから
冬駿/新刊サンプル
冬居→山田の告白話
※山田に過去彼女設定があります(絡みなし)
(side山田)
ずっとずっと、僕が山田さんと付き合いたかった。
目線の高さにある口がそう動いたのを、どこかひとごとのように眺めた。
耳は確かにその音を捉えている。それなのに、言葉の意味は全然わからなかった。
──冬居が、俺と、付き合いたかった。
頭の中で繰り返してみても、いまいち内容は掴めない。つめたい風が学ランの襟元からはみ出た首筋を撫でる。
そのまま立ちすくんでいると、乾いた半開きのくちびるが少し震えて開かれた。「あ
……
」
ためらった後、もう一度口が開いた。「あの、ここで言うつもりなくて、その
……
」
そのあとには何の音も続かず、きゅっと唇が一文字に結ばれた。ふいと顔が背けられる。
あ、この感じは逃げられるな、と長年の付き合いで得た勘が予想して、咄嗟に腕を掴んだ。
「待てよ、冬居。お前
……
」
なんとか絞り出した声に応じて、冬居がこちらを振り返る。続く言葉はひとつも思いつかない。何回も、何千回も向き合ってきたその顔を、ただ見つめる。
こいつの顔、こんなだったかな。
ひとつひとつのパーツを眺めて、不思議に思う。表情を隠すような黒い前髪が、吹いた風にさらりと揺れる。そのちいさな動きが、冬居の二つのまなざしをあらわにした。薄い不思議な色をした瞳は、光を受けてちらつきながらも、決して折れない頑固さのようなものをたたえていた。
たぶん俺は、この瞬間を一生忘れられない──
考えるよりも先にわかってしまって、背中がぞくりとふるえた。
三月一日、卒業式。
突き抜けるように天気が良い日だった。進路がまだ決まらない同級生もいる中、俺はラッキーなことにカバディの強豪である大学に前期で合格を決め、高校最後の日を過ごしている。まわりは悲喜こもごも、いろんなヤツがいた。輝かしいキャンパスライフに向けて期待を寄せるヤツ、就職に向けて最後の遊びをするヤツ、後期試験の結果を待つ沈痛な面持ちのヤツ
―
なんとも言い難いそわそわした空気が全体に漂っている。
「明日からはもう、高校生ではありません」浮ついた雰囲気に釘を刺すように、卒業式の中で誰かが言っていた。
そうは言われても、この状況で落ち着けと言う方が無理なことだろう。無駄な説教に何度かふわりとあくびを噛み殺して、退屈な式を乗り越えた。
そんなどことなく宙ぶらりんな気分でいた俺に、衝撃がふたつ走った。
「私、駿のことさ、ずっと好きだったんだよね。駿は知らないと思うけど」
「ずっとずっと、僕が山田さんと付き合いたかった」
式典のあと、ふたつの告白を連続して受けていた。
(中略)
俺はもう辞める、そう決めてからも高校までは絶対に負けたくなかった。ここまでついてきた奴らに、絶対に勝利を見せてやりたかったし、掲げた日本一を嘘で終わらせる気はなかった。そんなことは自分が許さなかった。
──言っただろ、お前らなら勝てるって。
そう言って、笑って終わりたかった。有終の美、という言葉もある。ここで勝って終わるのが、たぶん俺の一番綺麗な終わり方で正解だ。そう思った。だから、ヴィハーンをインドから呼んだ。勝つために、とんでもない強さの攻撃手をインドから迎える行為は、傍から見ればどう映っただろうか。
知らない奴らに卑怯だと言われてもよかった。お前はヴィハーンを都合よく利用したと言われてもよかった。それほどまでに勝てれば何でも良かった。
そうして、絶対に奥武で日本一になる、と決めた。呼んだからには、ヴィハーンに対しても責任がある。必死に未経験からついてきてくれた仲間もいる。俺の判断で高校最後の大会をベンチで過ごすことになったあいつもいる。勝利に絶対欠かせない戦力の冬居もいる。
──そう、冬居だ。
さっきの冬居の声が蘇る。
「ずっとずっと山田さんと付き合いたかった」
「今までの彼女の話とか、山田さんに好きな人がいるとか、ほんとはずっと聞きたくなかったし、知りたくもなかった」
誰よりも付き合いが長い冬居は、高校最後の日に衝撃を残していった。
あいつは、今まで俺が付き合った彼女とか、告白した女子とかに嫉妬していたと告げてきた。だけど、別に嫉妬を受けるほど、俺自身に浮いた話は多くはない。(残念なことに)
あるとすれば、中三のときに二週間だけ付き合って別れた初彼女とか、高一のときにいいなと思って告白してフラれた友達の姉ちゃんとか、高二のときに周りからお似合いだと茶化されたクラスメイトだとか、それからさっき告白してきた女友達とか、ざっと考えてもそんなものだ。
彼女たち一人ひとりの顔を思い浮かべて、その表情ひとつひとつに、冬居の顔が折り重なっていく。
あいつは全部知っていて嫌だったのだと言う。ずっとずっと俺のことを見ていたんだ、と思い、知らない間に重ねられた年月の重みに、じとりと冷たい汗が吹き出した。
きっと俺は、その場ですぐ返答すればよかったんだと思う。何いってんだよ冬居、俺らそんなんじゃないだろ、と。
それでも向けられた視線の強さに、何も言うことができなかった。ごまかしてはいけないと直感が告げていた。
それに──俺と付き合いたかった、という言葉は、衝撃ながら、やけにストンと腑に落ちるところもある。
冬居は小さい頃からしゅんくん、しゅんくんと懐いてきて、俺は面倒を見てやったし何でも一緒に遊んできた。さすがに中学生くらいになれば、わかりやすくついてくることはなくなったけれども、一緒に始めたカバディを今までずっと続けている。今や部員をまとめ上げるキャプテンだ。たまに「駿君」と昔の呼び方で呼んだり生意気な態度を取ったりしてくるのも、俺にだけだって知っている。
だから、恋愛的な、というのが正しいかはわからないけど、俺に対する特別意識みたいなものがあるんだと解釈するのであれば、しっくりきてしまう気もする。
そうであっても、「僕が付き合いたかった」という言葉にどう答えるべきなのかは一ミリもわからなかった。これから家に呼んだところで、俺は冬居に何を言うんだろうか。さっき告白してきた女友達の気持ちに応えなかったように、冬居を振るんだろうか、俺は好きじゃないから付き合っても無駄だろ、そう言って。
頭はせわしなく回転するが、答えが出るわけもない。
「おい、駿、大丈夫か? 今日珍しくぼーっとしてるな、感動してるのか?」
隣の港に軽く膝を叩かれてはっとした。式典はもう終わりに差し掛かって、司会が締めの言葉を述べている。
「そりゃそうよ、お前ともお別れかと思うと涙止まらねーわ」思いつきの軽口に港は笑った。「バカ言え、全然涙出てないぞ」
閉会の言葉と共に、無数の拍手が古い体育館の天井に響き渡る。ガラガラと一斉に椅子を引く音がやけにうるさく聞こえる。
隣の港も立ち上がって、「カバディ部の三年だけでまだ写真撮ってないよな? みんな呼んでくるぞ」と他の部員を探し出しはじめた。お、そうだな、と返して、親指の爪を手持ち無沙汰にいじる。
ふと思い出す。付き合いたかった、とは言われたけれども、付き合ってほしい、とは言われていない。イエスもノーも聞かれてないんだから、答える義理もないはずだ。ただ話を聞いて、俺はやめたほうがいいと思うぞ、とそれらしい理由をつければ、たぶん引いてくれるに違いない。
そもそも、冬居が俺を好きだった、というのは、長く一緒にいすぎたせいで起きた錯覚なんじゃないだろうか。動物が最初に見た人を親だと思い込むみたいな、そういう類の話。だから、こんなこと忘れていい人探せよ、そう言いくるめれば丸く収まる気がしてきた。
テーブルを二つ挟んで向かいの方から、港が元部員たちをぞろぞろ引き連れてこちらにやってくる。並んだ懐かしい気さえするその顔ぶれに声をかける。
「写真撮るぞ! お前ら!」
徐々に人気のひいた体育館に、己の声がカンと響いた。胸の奥底がざわりと嫌な音を立てて、聞こえないふりをした。
(side冬居)
僕と山田さんは、最初はただのともだちで幼馴染だった。家が隣の僕たちは、朝も夕もよく一緒にいた。僕の思い出には、いつも山田さん──どちらかといえば駿君、と呼んでいた期間の方が長い──がいた。
大きくなるにつれて、駿君との距離は少しずつ、少しずつ離れていった。
ひとつ学年が違うから、駿君は常に僕の先を行った。先に小学校に上がった彼は、またたく間にたくさんの友達を作っていたし、遊びに行こうと言ってもいない日もあった。中学に上がるとそれはもっと顕著で──そもそも小学生から見た中学生は、すごく大人に見えるのだ。今思うとしょうもないけれども──中学の制服に身を包んだ彼は、すっかり大人に見えた。遊ぶ場所も近くの公園から、駅の近くのファーストフード店になって、それからちょっと遠くのショッピングモールになっていった。
その一年の違いはすごく大きいように感じた。もちろん一年後にはすぐ追いつくのだけれども、彼も一年後にはまた先にいる。いつまでも埋まらない差を感じて、このまま僕はおいていかれて、いつしか思い出されることもなくなるのかもしれない。ぼんやりそんなことを考えることもあった。
転機は、カバディだった。
「やるぞ冬居!」
腕を引かれて、カバディの練習に訪れた。僕を誘ったきっかけがただの気まぐれか、はたまた他の友達が捕まらなかったからなのか、知るよしもないけれど、僕らはふたりでカバディを始めた。
最初、僕はカバディのことが全然好きじゃなかった。
攻撃で倒されるのは痛かったし、怖かった。守備で人を引き倒すことも嫌だったし、躊躇はなかなか消えることはない。何回も痣や生傷を作って、その度になんでこんなことを続けてるんだと、痛さと情けなさに部屋でこっそり泣いたこともあった。
反対に、昔から悪知恵がきいていたずらの類が大好きなこの人は、一瞬の判断で敵を欺き、駆け引きをするスリル溢れるこの競技にすぐ魅せられたようだ。気づけば毎日のようにカバディの話をしていた。もしかしたらあれができんじゃねーかとか、これができるかも、とかひっきりなしに話してくる彼は、いつも目を輝かせていた。
その新しいアイディアを何回も何回も家に押しかけられて長々と聞かされるのが常だった。僕はやめたいんだけどな、と思いながらも押し黙って聞いていると、最後に決まって言うのだ。「カバディやってるやついねぇからさ、話せんのはお前だけだよな」
そうして勝手に楽しそうに笑う。不思議なことに、その言葉を聞くとやめたいと喉元に出かかった言葉はいつも引っ込んでしまった。
あるときそれでもどうしても練習に行きたくなくて、こっそりと打ち明けたことがある。
「僕、カバディ向いてないかも。倒されるの痛いし、怖いし
……
」そう告げた僕に、彼は意外にも素直にうーん、と考え込んでくれた。そして何かを思いついた顔をした。
「倒されるのが怖いんならさ、つまりは倒されなけりゃいいんじゃねーの?」
返事に拍子抜けする僕に、ニヤリと笑ってみせた。
「お前、逃げ足は昔から速かったじゃん。ちゃんと逃げれば倒されねーし痛くねえからイケるって」
親指を立てられる。言われたとおりにやってみれば、たしかにその通りだった。怖いことを避けるために、相手の動きを注意深く観察する。そうすれば、だんだんと守備に捕まることも少なくなり、得点もできるようになっていった。
そこからはやめたくて仕方なかったカバディも、少しずつ前向きに取り組めるようになった。楽しくなれば、同じ土台で、同じ話をできることがとにかく嬉しくなった。飽きっぽいこの人がカバディのことでもう何ヶ月も目を輝かせているのを見ると、僕も新鮮でわくわくしてしまったし、その姿を見せる相手として他の友達ではなく自分を選んでくれたことも、なんだか意味があって誇らしいことのように思えた。
そうやってカバディは、成長するにつれて少し遠くなっていった幼馴染と自分の関係を、なにか特別にしてくれた。もしカバディがなかったら、僕らは平凡な関係だったのかもしれない。大人になって、ほんのたまに会って、昔を懐かしむみたいな。
でも、その感情はいつしか独占欲とか劣情とか、とてもじゃないけど綺麗とは言い難い気持ちに直結してしまった。気持ちもどんどん重たくなっていって、この数年は胸のどこかに誰にも言えない気持ちがあった。
どこで僕は間違えたんだろう。重いため息をついて、記憶をたどる。
カバディを始めて少し経ち、駿君はあっという間に一軍に上がって(まあ俺は天才だからな、とか言ってた)僕は二軍に残された。
ある日、二軍の練習を終えて、更衣室に向かっていたときのこと。ちょうど目線の少し先、身長も体格もバラバラながらオーラを放つ集団が目に止まった。
──一つ上の世代の一軍の人たちだ。
どうやら今日は同じくらいの時間に終わったらしい。
最近仲間入りした駿君は、隣の線の細い人──たしか、駿君が「まさと」と呼ぶ人──と掛け合いながら、やいのやいのと楽しそうにしている。
ふと気配に気づいたのか、後ろにいた僕を振り返り目が合った。
「お、冬居、お前も終わったんだ! ちょうどいいな、一緒に帰ろうぜ」
手が挙げられたから、首を伸ばして「うん」と返事した。
一足遅れて更衣室に入った。選抜の練習場所である都内の体育館は、男女で更衣室が一つずつあるのみだ。だから時間が被れば、必然的に着替えは一軍二軍関係なく一緒にすることになる。
「ん、おつかれ、冬居」
声をかけてきた駿君の隣のロッカーを開く。汗を含んでずしりと重みを増した練習着を手早く脱ぎ、体にまとわりつくインナーに手をかける。
ふと隣を見ると、Tシャツを剥ぎ取った駿君が、裸でスポーツバッグの中をごそごそと探っている。無防備に晒された肌は汗が滴って、てらりと蛍光灯の光を反射させる。視線に気づくこともない背中からは、熱気がまだ伝わってくるようで、どきりとした。何回も見たことのあるはずの裸が、なんだかやけに目に留まってしまった。
駿君の体は、僕の体とはぜんぜん違うかたちをしている。肌の色味も全然違えば、皮膚の下に詰め込まれた肉の付き方も、力が入れば丸く盛り上がる二の腕の筋肉も、胴体のカーブも、僕とは全然違うものだった。
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