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のま
2022-10-03 21:06:04
3805文字
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冬駿
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知らないいきもの
冬駿推しカプすごろくの課題「好きなパーツ」について
R-15(多少匂わせる程度の性描写あり)
成人後くらいの同棲話です。
冬居の朝は、いつも一杯のコーヒーから始まる。
起きたらまず、細い口のケトルで湯を沸かして、ペーパーフィルターとドリッパーを用意する。湯が沸くのを待ちながら、昔から使っているくまの柄がついたコーヒーカップを取り出す。沸騰を知らせる音が響くと、カップに湯を注ぎ、容器をきちんと温める。そして、食器棚の上の方にあるガラス瓶に腕を伸ばす。中に入っている自前で挽いたコーヒーの粉を、スプーン一杯と半分、用意したフィルターにさらさらと入れていく。それから、先程のカップの湯を捨て、もう一度ケトルを持ち上げて、新しい湯を三回に分けてゆっくり注ぐ。
そんな過程を一つずつ踏んで、コーヒーを丁寧に丁寧に淹れるのだ。
急いでいる朝にそんな悠長なこと、よくやってられんな、と根っからのめんどくさがりの俺は思うのだけれども、冬居に言わせれば、これは一種のルーティーンみたいなもので、別に苦でもなんでもないらしい。一緒に住むようになってからすぐの頃に、山田さんも飲みます? 一杯淹れるのも二杯淹れるのも、手間はあんまり変わらないんで、と申し出があったが、冬居のルーティーンの中に、自分を組み込んでもらうほど、俺はコーヒーが好きなわけではない。どちらかといえば、朝はご飯派で育ってきていて、コーヒーという飲み物自体、あまり馴染みがあるわけでもないから、ありがたい申し出は丁重に辞退した。
そうやって、朝の忙しい時に時間をかけて用意した茶褐色の液体を、冬居は慎重にダイニングテーブルに運び、朝のニュースや占いコーナーを見ながらゆっくりと傾ける。パジャマのままの姿で、次々に慌ただしく切り替わるテレビの画面にぼんやり目をやって、カップに描かれたくまの可愛い顔を時折なぞりあげる。
そんなほとんど無意識の仕草を繰り出す冬居の横顔は、何か考え込んでるのか、別に考えていないのか、よくわからなくて、結構面白かったりする。俺が起きるタイミングはまちまちだけれども、大体この辺りで寝癖を抑えながら眠い目を擦って、おはよと声をかけることが多い。冬居がコーヒーを淹れて、テレビをつけて、俺が起きて朝が始まる。それが大体のお決まりのパターンだった。
今日も変わり映えのない、同じ一日が始まるはずだった。ベッドから出ると、冬のはじまりを知らせるような冷気に身をすくませる。朝晩はだいぶ冷え込んできたので、そろそろストーブを出す頃かもしれない、と思った。あくびをかみ殺して、冷たいフローリングを裸足で歩くと、ダイニングテーブルに腰掛ける少し丸まった背筋が目に飛び込んでくる。
テレビを見つめる横顔は、相変わらず何を考えているのかよくわからない。無骨な指先が、コーヒーを飲むために、カップの取手を掴んで持ち上げ、口のところまで運んでいく。そこから軽く角度をつけて、液体を喉に流し込むために動いて、また机にカップを戻す──幾度も繰り返されてきたはずの動作に、今日はなぜだかやたら目を引かれた。
骨張ってすらりと伸びた、節が目立つ大きな手が、頼りなく見える陶器の取っ手を器用に掴む。そのまま深爪気味のまるい指先が、取っ手の穴に引っ掛けられると、手はカップを落とさず持ち上げるという動作のために、緊張してゆっくりと動く。壊れやすいものを、自分の目的に沿ってそっと慎重に動かす。その仕草だけを取り出して見ると、冬居の手は、持ち主と独立した別のいきものみたいに見えてくる。
大きさからは想像できないくらい想像以上に繊細に動く、正体不明なこのいきものが、昨日、自分の色んなところに触れて、撫でていたんだと突然思い出し、一気に変な汗がぶわっと噴き出した。触れられた頭のてっぺんからつまさきまで、全部が熱くて震えそうだ。
おはようと言いかけた口が一旦急停止して、俺は昨夜のことを、事細かに思い出してしまった。
二人だけの空間の中で伸ばされる冬居の手は、俺をおかしくする不思議な器官だった。
冬居との関係が、友達とか幼馴染とか先輩後輩とか、そういうわかりやすい名前のついた関係で表しきれなくなってから、だいぶ経つ。付き合いましょう、という、ひどく平坦でいまだにしっくりこない口約束を経てからは、お互いの体に性欲を持って触ることが、曖昧に許されるようになっていた。けれども、そうなる前から俺たちはお互いの体なんて、よく知っていた。かたちも、大きさも大体全部。
手だって、高校にようやく入学してきてすぐの練習で、だいぶデカくなったなと気づいていた(そもそも身長伸びすぎだろ、と思ったのは置いておいて)。その時は、筋と節が目立つようになった男っぽい手に、あの弟みたいな冬居がよくもここまで大きくなったもんだと、何だか感慨深くなっただけだったけれども。
そんな風に、よく知っていたはずなのにどうしてだろう。セックスするようになってから、自分のためだけに伸ばされる手に、こんなの知らなかったと何度も思わされた。よく見ていたはずなのに、触っていたはずなのに、知っていたはずなのに。冬居が勉強するためにペンを握って、カバディでストラグルを取るために使って、俺の見えていないところでも確実に生活を営んでいる手は、俺のためだけに使われる時だけ、全然違う動きをした。時にこわごわと、時になんだかうやうやしく、時に焦ったみたいに。ぜんぜん知らないその手に触られると、俺の体はいちいち反応してしまうのだった。
「大丈夫、痛くない?」
「ん、ここもちゃんときもちよさそうですね、よかった」
「ね、もうむり
……
挿れてもいい?」
そんなセリフと共に、硬い皮膚に覆われたまるい指先が俺のやわらかいところを撫でたり押したりすると、バカみたいに声が出た。筋張った手が、俺の手に重なってキュッと力を込められると、気持ちいいところをダイレクトに掴まれたみたいに、脳みそがとろけ出しそうだった。昔はあんなにやわらかくて小さく、俺のTシャツの裾を掴んでいた手が、ただでかくなるだけじゃなくて、こんな風に俺をさわって、おかしくするなんて想像もしてなかった。
いつだったか、飲み会のネタで、女子って男の手フェチが多いよな、なんでだか知ってるか? と身を乗り出してウキウキと話を始めた友達がいたことを思い出す。そいつは言っていた。人間の体の末端を作ってる遺伝子は、全身の末端で全部共通してるんだってさ。つまり男の手を見るってことは、アソコを見るのと大体おんなじらしいぜ。だから、女子は男のいい手を見るとソッチも期待する、って仕組みなワケ、と内容はいかにも飲み会らしく、真偽はともかくだいぶゲスっぽい話だった。その時は、なんだそれ、どこに書いてあんだよ、と野郎だけの会特有のノリで笑い飛ばしたが、今思うとあながち嘘じゃないのかもしれない。
ただの体の一部分とはもう見なせない冬居のその器官は、見てはいけないような、どこか座りが悪くなるような、そんな気分に俺をさせてくる。
「おはよう。どうしたの、朝からそんな顔して」
思わずぼーっとして立ちすくんでいたから、冬居の声で現実に引き戻された。
「
……
ん、おはよ。いや、なんでもねえよ。それ、今日も飲んでんのな」顎で半分程の液体を残したマグを指し示す。今更そんなことを聞きたいわけではなかった。ただ考えていたことを知られたくないだけで。
想像していなかった返しだったのか、冬居は「え
……
あ、うん。別にいつものことじゃないですか。なんですか、飲みたいの?」と自分の飲みかけのそれを勧めてきた。それに、おう、となんとなく答えて、カップを受け取り、少しぬるまった中身を飲み干した。入れ立ての時より冷めて苦味を増したそれは、俺に言わせれば朝一番で飲むようなものじゃなかった。
空のカップを片手に持ちながら、所在なさげにテーブルに置かれた冬居の両手見つめる。行儀よく揃って丸められた指先は、冬居自身とはやっぱり切り離されていて、別の意思があるいきもののように見えた。
「本当にどうしたんですか? 今日変ですよ、熱でもある?」
冬居は心配そうに立ち上がり、俺の額にぺたりと、そのいきものを押し付けた。いきものの先っぽは、さっきまで握っていたカップの熱を受けてあたたかいのに、肉付きの薄い湿った中央は外気を受けてほんのりつめたくて、なんだかちぐはぐな感覚に頭がおかしくなりそうだった。
「ばっか
……
そういうんじゃねえし」
冷えるからちゃんと早く着替えろよ、と得体の知れない感触を引き離して、顔を軽く背ける。
「ねえ、やっぱり今日の駿君おかしいですよ。練習休んだら?」
「
……
その必要はねえよ。ていうか、おかしいのはお前だろ、こんなにデカくなりやがってよ」
いきなりこんなこと言われても、冬居が困ることはわかってる。でもこの気持ちを、成長のせいだと言い切ってしまえたら楽だった。
「は、いきなりちょっとよくわからないんですけど
……
何、小さい頃の夢でも見ましたか?」
予想通り、冬居の顔には困惑がありありと浮かんでいる。
そう、夢ならば、こんなにもおかしくならなかったのかもしれない。なんにも知らないままで、冬居の手がただの手のままだったら。
「大体そんなとこだな」
よく知った腕からぶら下がる知らないいきものを見つめて、俺は小さく答えた。
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