のま
2022-10-03 19:03:37
3671文字
Public みすだてみす
 

夕暮れに溺れる黒板

成立前のだてみすorみすだての片思い話。(どっちでも支障ない、と思います)
高3上がる前くらいのイメージ。
二次創作お題素材ガチャ(https://odaibako.net/gacha/78)からお題を拝借しました。
※架空の彼女ができています

 水澄に彼女ができた。
 実花嬢と別れてから、もう半年以上経つし、彼女ができたって全然驚くことではない。明るくて、ノリが良くて、お洒落が好きで、交友関係も広い水澄みたいな男子は、俺みたいな汗臭い不器用なスポーツバカと違って女子にモテるのだと、昔からそう決まっている。部活で忙しいとは言え、そんな男に言い寄る女子がずっといなかったことは、むしろ奇跡なのかもしれない──最も、元カノの圧が強すぎただけかもしれないが。
 
 俺がそのことを知ったのは、ある日の放課後、部活に向かうために廊下を歩いているときだった。
 隣を歩く水澄は、少し落ち着かない様子で、あのさぁ、とこそこそ耳打ちをしてきた。
 「真、これまだ誰にも内緒なんだけどさぁ、俺、彼女できたわ!」
 まだお前だけにしか言ってないから、俺とお前だけの秘密ね、そう続けて水澄は照れ臭そうに笑った。
 ついにきてしまったか、と思った。なんとなく、いつかはそうなることだと覚悟はしていたけれども、いざ現実となると胸がどくんと嫌に鳴って、きゅっと締め付けられる。なんとか息を呑み込み、声を絞り出した。
「そう、なのか。おめでとう、水澄。……これで卒業だな! 何がとは言わないが」
「は、真、いきなり下ネタかよ!」
 やらし〜、俺そういうのすぐ手出したりしないから! 知ってるだろ! と水澄は強めに俺の背中を叩いた。それに答えて、本当か、と揶揄うように笑う。廊下に笑い声が反響した。
 そのまま、ちらりと廊下の窓に映る自分を横目で見る。俺はちゃんと笑えているか、確かめたかった。ガラスに反射した俺たちは、どこからどう見ても、普通に仲が良さそうな友達同士そのもので、うん、大丈夫だ、と思った。
 胸は相変わらず詰まって重たいが、思ったよりも俺は上手に演技ができているみたいだ。胸を撫で下ろし、今度はちゃんと大事にしろよ、と思ってもない言葉を舌に乗せた。

 部屋に戻り、なんべんも繰り返してきた言い訳を必死に自分に言い聞かせた。水澄はただの友達だ。目でよく追ってしまうけれども、それはあくまで友達としての気持ちに過ぎなくて、好き、とかそういう気持ちではない。ただ、距離が近くなりすぎてしまったせいで、特別みたいな、憧れみたいなよくわからない感情が生まれてしまっているだけなんだ、と。

 水澄は、野球を失った俺に同情しなかった初めての奴だった。俺が怪我で野球を辞めた時、周りは口々に言った。「仕方ないな」、「もうお前と野球できないのが残念だ」、「野球以外も色々あるぞ」、多くは同情と励ましの言葉だった。
 しかし、あいつは違った。俺が野球を辞めたことを詰って、お前は野球に大して執着してなかったんだろ、と突きつけてきた。その時は、絶対に違う、と思ったし、同時に、本当はそうだったんだ、と分かった。だから咄嗟に掴みかかったし、喧嘩になった。
 あとで冷静に考えてみれば、水澄の言う通り、俺は野球から解放されたかったのだと思う。物心付く前、言われるがままに野球を始めてから、その競技は人生の大半を占めるものになっていた。コーチである親父は、はっきりとは言わないものの俺に野球選手になってほしいと望んでいる雰囲気があったし、二つ上の兄はそんな親父の期待に応えるように成績を残していた。
 その環境の中で、学年が上がるごとに野球はどんどん重いものになっていったし、ピッチャーとして向いていない己の資質にだんだん気づいて嫌気もさしていた。チームメイトも、一回崩れるとずるずる立ち直れない俺に少し呆れていたと思う。コーチの息子なのに、という視線も常について回るような気がしていて、マウンドではいつも二倍気が重かった。

 そんな時に、肘を故障した。あれほど息苦しい思いをしてきたけれども、「故障」の二文字だけで、俺は全てから解放されたのだった。もちろん、人生をかけてきたものを失ったのだから、心にぽっかり穴は空いたし、時間は持て余した。でも、どこか解放されたような気持ちがあったのも事実だったんだと思う。
 自分でさえ、あまり気づいていなかったその気持ちを、水澄は直球で指摘してきた。あれだけ長く一緒に野球をしてきたチームメイトが一言も言わなかったことを、大して仲良くもない同級生に言われて失礼だと思ったし、こいつはチャラチャラしているように見えて、実は自分のことを結構わかっているんじゃないかと、そう感じたのをよく覚えている。

 そこからというもの、俺たちは協力プレイを始めるようになった。最初は渋々だったけれども、一緒に過ごす時間が増えてみれば、水澄はすっかり気のいい友達になった。毎日部活で一緒に汗を流したし、帰ればお互いの部屋を行き来して、体作りの知識を教えたり、ギターに触ったり、夕飯を一緒に食べたり、たくさんの時間と空間を共有した。
 その中で、からからと笑うその笑顔や、俺にはできない迷いのないプレイを目でいつしか追うようになっていた。教室でも部活でも、気づけば水澄を見ている時間が増えていったことを自覚した時に、あ、俺は水澄のことを好きなんだ、と自然に浮かんできてひどく動揺した。
 けれどもこの気持を、好き、という平たい単語でまとめてしまうのもなんだか違う気がしたし、今以上水澄に入れ込んでしまう自分が怖かった。だから頭に思い浮かんだ好きという単語を何回もぐしゃぐしゃと消して、今まで過ごしてきた。
 ずっとそう思ってきたのだから、大丈夫。俺は友達としての表情を、これからも水澄に向けるし、向けられるはず。そう言い聞かせて、今日も眠りについた。

 それから数日後のこと、今日は部活もない日で、俺は水澄を教室で待っていた。水澄が、職員室に呼ばれてっから、ちょっと帰るの待っててくれよ、と言うから、夕暮れの中、教室で一人で座って暇を持て余している。
 外からは斜めに夕日が差し込んで、適当に消されて白くけぶる黒板を照らす。その反射光の眩しさから目をそらすように、ぼんやりと外を眺めた。

 遠くのビル郡にいまにも落ちそうな太陽は、グラウンドで蠢く人々をオレンジ色に染めている。今日は野球部が練習をしていて、安堂が投げ込みの練習をしているようだった。昔はその姿を直視できなくて、周回する一年生なんかを見つめていたが、今は懐かしいなと見ることができたし、素直に安堂の投手としての才能も努力も称えることができる。来年は三年だし、夏の甲子園でも成績を残してほしいな、なんて真面目に考えてしまう。
「悪ぃな! 遅くなっちまって!」
 水澄の声で現実に引き戻された。数学のあいつ、説教長くてさー、宿題忘れただけなのに、と愚痴を垂れているのを、耳が捉えた。
「何、外見てんだよ、真」
 あまり返事をしない俺に対して変だと思ったのだろう。水澄は不審げに、俺の視線の方向に目をやった。
「え、ああ、別に何も。夕日が綺麗だなと思って」
「え……急に景色の話とかして、どうかしたのかよ。まあ、確かに綺麗だよな、天気もいいし」
 そう言いながら、水澄は教室の前を横切り、窓際まで歩みを進めて、外を見上げた。
 柄にもなく空を見つめる水澄の、暖かい色の髪の毛は、似た色の夕日に照らされるときらきら光っていて、綺麗だなと思った。光を取り込んで薄く透き通った瞳も、長いまつ毛も、共に鍛えて一層仕上がってきた身体も、ぜんぶぜんぶ綺麗に見えた。
 好きだな、と消したはずの言葉をまた思い浮かべてしまった。

「どうしたんだよ真、帰らねーの?」
 水澄がこちらを向いた。
「ああ帰るけどな」
 のろのろと荷物をまとめる。こんなに綺麗な水澄に、そのまま好きと言える彼女というやつは、いいなと純粋に思った。だけどそんなこと今更言ってはいけないし、そもそも俺たちは友達だ。水澄は、彼女ができたことも一番に知らせてくれて、俺を信用してくれている友達なんだから。
「水澄、お前と付き合う彼女って、幸せだろうな」
「え、いきなりなんだよ……てかここで言うなよ、誰か聞いてるかもしれないだろ」
 実花にバレたくないんだけど、と水澄は誰にも聞かれていないか周りをキョロキョロと見渡す。

 いつのまにか日もだいぶ落ちて、さっきまで西日に照らされていた黒板も、いっそう黒く沈んで見えた。すっかり暗くつめたく見えるその板に、何度も書かれては少しずつ消され、また上書きされた「日直」の文字が見える。俺の水澄への「好き」も同じだなとふと思った。書いては消し、書いては消し、少しずつ跡が残っている。夕暮れの中、だんだんと暗闇に飲まれていくその文字は、ちょうど俺みたいだった。
「ア〜宿題めんどくさいな、今日晩飯何にしよ」
……そうだな」
 俺たちはきっとこのままだし、大丈夫、俺が言わなければいいのだから。思い浮かんだ好きという言葉を教室の隅に葬り、立ち上がって鞄を肩にかけた。
「帰るか、水澄」
 俺は水澄にいつもの顔を向けられただろうか。