のま
2022-09-05 00:49:22
4213文字
Public 冬駿
 

青海とラムネ

冬駿。R-18(ゆるいですが、性的な描写あり)
大学生の話。二次創作お題素材ガチャ(https://odaibako.net/gacha/78)からお題を拝借しました。

「いつだったかさ、ちっちゃい頃行った海で、かーさんたちにラムネ買ってもらったよな。あれ、覚えてるか?」
 上気した顔でベッドに大の字に転がりながら、山田は突然呟いた。息をまだ整えている中、いきなりのことに霞はついていけない。山田は構わず続けた。
「あれ、冷えててうまかったよな。夏、て感じがしてさ。あれ今飲みてーな」
「飲みたいかな……僕はどちらかといえば今は水がいいけど」
 一戦交えた後の気だるさもあり、大して賛同できなかった霞は、まあ、この人が思いつきでものを言っているのはいつものことだし、と軽く流して、無言で枕元に置いたティッシュを何枚か重ねて取った。そのままコンドームを自身から慎重に外すと、口を縛り、ティッシュに包んでゴミ箱に捨てに行く。二人で息を荒げて夢中にお互いの服を脱がしあったのに、終わって正気になってみれば、素っ裸のまま部屋を歩くというのは何とも滑稽で少し居心地が悪い気がする。バツが悪くなり、床に脱ぎ捨ててある下着を見つけて手早く身につけた。床にぐしゃぐしゃと丸まって落ちた掛け布団の中から、山田の分も発掘して放り投げる。
「おい投げんなよ……行儀悪ぃな」
 俺のなんだから丁重に扱えよ、という山田を無視して、早くそれ着てよ、駿君、と霞は続ける。セックスした後は、面倒くささもあるのか、いつもと比較するとどうしてか雑に喋ってしまう。部活でそんな口の聞き方したらしばかれるだろうが、意外と何も言われないので良しとしている。
 真っ昼間からカーテンも締め切って暗くした中で、こんな自堕落な行為を繰り返しているのはどうにも落ち着かない、と霞は思った。昔話とか童話の中でも、自堕落に過ごした二人はたいてい罰を受けるのがお決まりだ。知っている教訓がそのまま当てはまるとは思っていないが、それでも何かバチでもあたりそうな後ろめたさを覚える。早く、外界から自分たちを閉ざしているカーテンを開けて、換気でもしたいな、と思った。

 霞が一年遅れで大学に上がり、山田と霞はそれぞれ一人暮らしの部屋を持って、同じ大学に通う生活をスタートさせた。昨年は、大学生と高校生という身分の違いもあり会う機会は減っていたが、霞が入学して山田と同じカバディ部を大学でも選択したことによって、めでたく再び毎日顔を合わせることとなった。
 一つ年齢差があるから、霞が後を追う流れは小学校、中学校、高校、大学とずっと同じだった。しかし、今回の大学への入学は、ある点でこれまでとは明確に違った。それは、恋人という関係で、初めて親の目を離れて長い時間を一緒に過ごすことができる、という点だった。
 恋人として付き合ってほしい、と霞が切り出したのは、山田が高校を卒業したその日だった。高校生から見た大学生は、今までとは比べ物にならないほど自由な生活を送っているように見えた。広い交友関係、自由な生活、サークル、アルバイト、それに付随する恋愛のあれこれも。そんな世界に、人付き合いのいい山田が行ってしまうのがどうしても不安で、ここで言っておかなければ、と思い詰めていたことを霞はよく覚えている。そこから紆余曲折はあったものの、なんとか春休みの間に付き合いましょうと合意が取れた時には、飛び上がるくらい嬉しくてくすぐったかった。
 とは言え、そこからの一年は、山田は慣れない環境で忙しかったし、霞は霞で奥武カバディ部を率いるキャプテン兼受験生として忙しかったから、大して恋人らしいことはしてこられなかった。
 だから、お互い大学生に上がった今年はようやく、今までできなかった恋人らしいことができるようになったのだ──最も、小さい頃から今まで散々一緒に出かけてきたし、お互いの部屋で過ごしたりもしていたし、格別に何か変わったかと言われれば、そうでもないかもしれない。それでもお互いの部屋に行って、晩ご飯を作って共同生活の真似事をしてみたりと、初めて送るその生活は、とても楽しかった。
 それと、初めてのセックスもした。これは目新しいことだった。初めの何回かは迷ったし、苦労もしたものの、一回うまくいけばセックスは難しいものではなかった。羞恥は多分に含んでいたものの、回数を重ねるごとに、よく知っているようで知らなかったお互いの体のことを覚えていける行為は、好奇心も刺激されたし、単純に気持ちが良かった。肌を合わせることの充足感も覚えた。
 だから、お盆に入り、練習も一週間ほどオフになるこの期間、山田のとある誘いに霞が乗るのは当然と言えば当然だったのだ。
「冬居、お前も暇だろ? 帰省するまでの間、俺んち来いよ」
 有無を言わせない発言だが、霞としても断る理由もない。数日後に共に帰省を控え、ぽかんと空いた夏の隙間。その中で二人は、寝て、食べて、セックスして、また寝る──という生活を繰り返しているのだった。

 もぞもぞと揃って部屋着のTシャツとパンツを適当に身につけると、霞はカーテンを開けた。空は雲ひとつなく快晴で、夏のまだまだ高い日差しが薄闇に慣れた目を突き刺す。
「うお、いい天気だな、今日」
「うん、そうですね。暑そうだなぁ……
 ほんの少しだけ西に傾いた太陽が、部屋にダイレクトに差し込んだ。すぐに室温が上がりそうな予感に、霞はエアコンの温度を一度下げる。ぴ、と無機質な音が鳴り、エアコンが慌てたように起動を始めた。相変わらずごろりと横になった山田は、その冷風を受けながら怠そうに発した。
「なあ、冬居。ラムネ買ってこいよ、飲みたくなったわ。そこのコンビニにあった気がするからさ」
「はあ……僕いらないから自分で買ってきてよ」
「俺は動けねーの、お前のせいで」
「そんなになるまでしてないでしょ、あれぐらい余裕じゃないの、駿君」
 うるせーな、いいから行ってこいよ、先輩命令だ、と、財布が投げつけられた。どうやらラムネ代は山田が出してくれるらしい。確かに、疲れさせた引け目がないこともないし、先輩命令というより、その発言が甘えを含んでいるのだとなんとなく分かっていたから、霞は山田のものである黒い財布を拾い上げた。
「仕方ないですね、行けばいいんでしょ」
 まだパンツ姿なのをふと思い出して、外出できるボトムスを畳んだ洗濯物の中から取り出して身につける。外の暑さを思うとげんなりするが、仕方なく霞はコンビニに出かけることにした。

 午後とは言え、夏の日差しはまだ高くて、肌をジリジリと焼く。今日はじめて外に出た身としては、なかなかにきついものがあった。うだるような暑さに重くなる足をなんとか動かして、徒歩五分ほどの距離にあるコンビニを目指す。いつもは大したことのない距離だが、こうも暑いと倍くらいの距離に感じてしまうのは、どういう仕組みなんだろうか。
 ラムネなんてコンビニにあるのかな、と思っていたが、探してみると、水色のレトロな瓶は確かに棚に鎮座していた。たまにはちゃんと覚えているもんだな、と適当に見える割に、案外きちんと見ている山田の記憶力に感心する。瓶を手前から一本取って、購入した。よく冷やされてコンビニの袋に収まってはいるが、この暑さでは部屋に戻るまでにぬるくなってしまいそうだ。霞は、怠い体に鞭打って、足を早めて帰り道を急いだ。

「ありましたよ、ラムネ」
 部屋に着くと、少し歩いただけなのに汗が噴き出す。額を拭って、霞は山田にコンビニの袋を手渡した。
「おー、ありがとな! ちゃんとあっただろ? 夏だけ置いてんのかな~」
 山田は、わくわくと期待に満ちた顔で白い袋を覗き込む。目的のものを取り出して、これ、どうやって開けるんだったかな、なんて言いながら、ぺり、とラベルを剥がした。そのまま早速プラスチックの部品を瓶の口に差し込むと、片手で押し込む。ぽん、という軽快な音とともに、ビー玉が瓶の中に落ちていった。そのまま、湧き上がる炭酸を抑え込むように数秒待つ。
「懐かしいな~、この感じ」
 山田は瓶を傾けると、喉を反らせてこくこくとそれを飲んだ。霞は黙ってその光景を見つめる。わざわざ足を運んで買ってきたのだから、さぞかし感謝してくれるだろうと、淡く期待した。しかし、思っていたのと少し違うのか、山田は少し首を傾げた。
……なんか、ぬるいな。ラムネってこんな味だったっけ」
「暑いから多少は仕方ないじゃないですか。ていうか、この炎天下で急いで買ってきたんだから、ちょっとは美味しそうな反応してくれません?」
 文句を言われる筋合いはないと、霞が唇を尖らせる。
「まぁ、それはそうなんだけどさ、記憶と違うというか……お前は飲まねえの?」
「僕は別にそんなに好きじゃないというか……嫌いでもないけど」
 特に何をするでもなく手持ち無沙汰な霞を見て、山田は何か思いついた、と言わんばかりに突然目を輝かせた。
「なー冬居、ちょっと目ェ、閉じてろよ?」
 こういう顔をしている時の山田の思いつきは大体碌でもないけれども、乗らないともっと面倒なことを知っているから、言われた通りに霞は目を閉じる。そのまま待っていると、つめたく柔らかいものが唇に触れた。あ、キスされてるな、と認識した直後に、液体を口に流し込まれる。久しぶりに思わぬ形で口にしたラムネは、確かに少しぬるくて、とろとろとしていて、ゆるく弾けた炭酸が舌を軽く刺激した。唇がゆっくり離れる。
 目を開けると、至近距離に寄った山田の顔は、少し口角を上がっていて、してやったり、と言いたげだった。窓から燦々と差し込む午後の太陽が照らすその表情は、あの日一緒に海に行った少年と全然変わらない気がして、どきりとした。動揺と共に飲み下した液体は、喉元をのろのろと通って腹に落ちる。爽快とも不快とも言えないような、独特の感触を覚えた。
……確かに、こんな味じゃなかったかもしれないですね」
 苦々しく、同意する。窓から見える青空も、あの時の海と同じように、清々しいくらいに青いのに、今ふたりで共有したラムネの味は、昔の爽快感とは違って、ぬるくて、後味が残って、それでいて少し刺激的でどうしようもない味がした。
 なんか違うんだよな、分かるだろ? と少しはしゃいで弧を描く山田の薄い唇に、霞は唇を無造作に重ねた。飲み下せなかった、己の小さな後ろめたさを掻き消すかのように。