特別に暑い、夏の土曜日の昼下がり。体育館の危険なほどの蒸し暑さに、いつもは長い部活も今日は早めに切り上げられた。帰り道もしつこくまとわりつく熱気と湿気に、霞冬居は、はぁと小さくため息をつく。夏は好きな季節では無い。
隣で並んで歩く、いかにも夏が似合いそうな山田さんもこの猛暑には音を上げているのか今日は口数が少ない。暑いな、そうですね、と実のないやり取りを数回交わす中、山田さんは突然思い出したように、そういえば家の鍵、忘れたわ、と声を上げた。
「家きます? 駿君ちのお母さんが帰ってくるまで」
おーそうするわ、と頼む側にしては間の抜けた調子で答える彼を、僕は自室に上げてあげることにした。
「あちぃなあ、疲れたわー」
部屋に入るなり、山田さんは僕のベッドの上にごろんと転がった。
「汗かいたままベッド上がるのやめてもらえます?」
エアコンのスイッチを早速押しながら、じっとりと睨んでやる。人の家のベッドにいきなり寝転がるってどういうことなんだろうか。
「どーせこんなに暑けりゃシーツ洗うだろ? いいじゃん」
「洗うの山田さんじゃないでしょ。なんなら僕でもないし……」
昔から変わらない傍若無人さに小さくため息をついて、ベッドのすぐ近くの床に腰を下ろした。部屋主である自分が、手持ち無沙汰に床に座ってるのは何故なんだろうか。自分を差し置いて寝転がっている姿を腹立たしく思い、ベッドからこぼれ落ちて目の前に投げ出されている手を勝手に取り、ぎゅうと強めに揉んでやった。
「わ、何してんだよ」
「いや、意味はないです」
手がさっと引っ込められる。意味はないと言ったが、本当は大アリだ。経験上、何を言っても、めんどくせーな、別にいいじゃんか、で終わることは目に見えている。山田さんはそんな僕の思考なんてお構いなしに、なーお茶持ってきて、と呑気に重ねてきた。
言われた通り、飲み物を用意しようと階段を降りてリビングに向かうと、買い物から帰ってきた様子の母親と鉢合わせした。
「あら、今日帰り早かったね、駿君来てるの?」
来てるなら、何かお菓子でも持っていこうか、という申し出をなんとなく断り、冷蔵庫をあけ、二つのコップに氷を入れ麦茶を用意する。
とぷとぷと注ぐその音で、小学生の頃の夏休みをふと思い出す。あの頃は、夏の昼間から飽きもせずたくさん二人で遊んだ──虫取りもしたし、走り回って傷も作ったし、ゲームもした──何回も繰り返した記憶の中の夏をそっと噛み締め、お盆にコップを二つ載せると、足早に自室に戻った。
扉を開けると、依頼主は早くも眠り込んでいて、すうすうと寝息を立てていた。いつだって驚くほど寝つきが早くて羨ましい。今日は特別暑かったし、疲れているのもあるのかもしれない。
二つの麦茶をテーブルにそっと置き、ベッドに近づき、すうすうと眠るしなやかな肢体を上から見つめた。心底気持ち良さそうに寝ている姿を見ていると、憎らしいような、羨ましいような不思議な気持ちに襲われる。そのまま、吸い寄せられるように、少し残されたマットレスのスペースに並んで寝転んでみた。あ、汚いな、と一瞬抵抗を覚えるが、どのみち山田さんが寝たし、どちらでもいいやと早々に思考を投げ出す。
シングルベッドは男二人で寝るにはあまりに狭い。スプリングの軋みによって、山田さんは目を覚まし、怪訝な声を上げる。
「お……なんだよ、寝たいの? お前も」
寝そべったことで、お互いの顔がぐっと間近に迫る。飽きる程色んな顔を見てきたけれども、近くでまじまじと見る、自分とは違う濃い色の肌と、黒々とした瞳と、薄くて柔らかそうな唇は、まったく知らない人みたいだった。このまま十数センチ顔を近づけて、例えばキスとかしてみたら、どんな顔をこの人はするんだろうか。
「別に……」
テーブルに置かれた麦茶が、カランと鳴った。
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