匂い。
微かな匂い。
柔らかい匂い。
彼の匂いをそう感じるのはわたしが、彼の傍にいるからで、離れたら、その柔らかな匂いを感じることはできない。
伸ばした手の、指のあいだをすり抜ける花びらのようだ。
つかむことはできない。
のどかな光といっしょで、実体のない、彼の一部を、今のところ、
胸は確かに記憶している。
その肩に顔を寄せてから、すぐ離れる。
「どうした?」と彼が微笑む。綿菓子みたいだ。
ほのかに、シャーベットみたいに溶けていく。
胸が、微かな、柔らかい匂いに浸っていたいと言う。
誰よりも、きっと、彼の傍にいられるように。
失いたくない。
失えない。
わたしの肩に、彼が笑って顎をのせてくる。
「なんか
……わかんねえの」拗ねたように言い、指が確かめるみたいにわたしの首元に触れて、ゆっくりと、満足したように離れていった。
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