──理解してしまった。結局のところ、自分は紛い物で、琥珀は自分を通して別の人を見ていた。この人に助けられた思い出なんて、初めからなかったんだ。一番弟子だって師匠に憧れていた、綺麗な花を摘んでプレゼントしていた自分が馬鹿みたいだ。
「……はは、なんだ。そういうことかよ」
脱力した。乾いた笑い声をこぼしながら床に落ちていたナイフを拾う。
「あんた、どこまでも酷い人ですね」
琥珀の方に視線をやる。自分でも驚くほど芯から冷たい声が出た。
何のためにここへ自分を呼んだのか。葬儀に参列してほしかった? 見届けてほしかった? それで愛する"彼"と一緒に死んで、幸せになろうっていうのか。あまりに自分勝手すぎやしないか。残された俺は? もう用済みだから後は好きにしろってこと? 虚しくて、悲しくて──いや違う、これは『怒り』の感情だ。黒くドロドロとした感情が渦巻いて、溢れ出す。それをせき止める術を自分は知らない。
「俺はあんたのこと、許さない」
低く唸るような声。これは呪詛だ。魔法使いであるあんたが最後に教えてくれた『呪い』だ。
「このまま幸せに逝かせてたまるか」
琥珀を一瞥した後、ふらふらとした足取りで"彼"に近づき、ナイフで貫いた。
──だって、大好きだったんだ。本当に、誰よりも。ふいに幼い頃の思い出が蘇る。草むらの花を集めて作った少し歪な花冠。頭に被せてやると喜んでくれたあんたの顔、忘れない。
忘れない。
俺だけは覚えているから。
──もう、全部忘れてくれ。
*
暖炉の火がぱちぱちと音を立てる。ロッキングチェアに座った琥珀は一冊のアルバムを捲っていた。そこには幼い頃の廻が写っている。
「かわいいねぇ。廻は小さい頃から花が好きだったんだね」
「そうですよ、家が花屋なものですから。昔から何かと花に触れる機会が多くて」
「……お、この花冠の写真。誰かに渡しているみたいだけど誰にあげたの? お母さん?」
琥珀が指さした写真は確かに廻が少し歪な形をした花冠を誰かに差し出している写真だった。
廻は琥珀からアルバムを取り上げるとぱたんと閉じた。
「……俺の、大嫌いな人です」
「わあ。君みたいな子に嫌われるって相当やらかしてるね」
「そうですねぇ。………ね、琥珀さん」
「ん、なに?」
「俺、琥珀さんのこと好きですよ」
後ろから腕を伸ばし、椅子に座っている琥珀を抱き締める。ゆらりゆらり、椅子が揺れる。
「……えっ、なに急にどうしたの。照れるなぁ?」
「琥珀さんとの思い出、たくさん作りたいんですよ。些細なことでも言葉でも」
「……今度こそ」
琥珀に聞こえないほど小さな声で呟く。
琥珀は魔法使いではなくなった。ただの人になったのだ。自分も何故か彼から教えてもらった魔法は忘れてしまった。だがそれでいい、琥珀の瞳に自分が映っているのなら。何者も介さず自分だけを見てくれるなら。
記憶なんて些細な問題だ。
これから共に生きていく時間の長さでいくらでも上書きできるのだから。
もう、何一つ掌から零さないように。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.