最近ではあまり聞かなかった開演ブザーが客席に鳴り響いたあと、三谷幸喜さん自らの声で注意事項がアナウンスされた。鹿児島弁ととてもクセのある英語で。一声聞いて三谷さんだとわかった客席から忍び笑いが漏れる。
舞台はテキサス州オデッサ。23時過ぎという夜も更けた時間に語学留学でオデッサに来ていた柿澤さん演じるスジオが呼び出しに応じて国道沿いのバーに来ている。そこへエマさん演じる地元警察の警部(遺失物係)がやってくる。殺人事件の重要参考人の取り調べをするためなのだが、相手は英語を全く喋れない旅行者なために、通訳として日本人のスジオが呼ばれたのだ。
本署は別件の連続殺人事件の捜査でおおわらわのため、遺失物係である警部が署から場所を移して取り調べをすることになった。
迫田さん演じる重要参考人の児島は鹿児島弁で話しており、奇遇にもスジオも同郷であったことから、二人は急速に打ち解けてゆく。
通訳として取り調べに同席している以上、そこに私情を挟むべきでないのはあきらかだが、このままだと同郷の児島が捕まってしまうと感じたスジオは対英語、対鹿児島弁それぞれに違う内容を伝えてしまう。
「僕がやりもした」との児島の告白を「僕はやってません」というように。
とまぁ、こんな風に舞台は進んでいくのだけれど、柿澤さんのそれぞれに通訳する表現がすんごく面白い。「なんで急にそれ出てきた?」というくらい突拍子がなくて、でも絶妙な間と言い回しで客席を笑いの渦に巻き込んでいく。
エマさんと柿澤さん二人のみが舞台上にいるときのセリフは日本語なのだがこれは映画でいう日本語吹き替えの状態だろうと想像できる。たぶん二人の間では英語なのだ。そしておそらく舞台上で展開される標準語のセリフは英語で会話していることになっている。それに対し、迫田さんが出てきて三人になるときはエマさんと柿澤さんの会話は即座に英会話になり、迫田さんと柿澤さんの会話は鹿児島弁になる。バーの壁を模した舞台セットは前に迫り出し、そこに日本語字幕が描き出されるというわけだ。
そしてこの字幕がすごい。英語のセリフにタイミングよく当てるのは当然だが、ここぞの笑わせポイントのセリフとセリフの"溜め"部分も完璧に合わせてきている。舞台一面に広がる壁がいつの間にか全画面字幕となり、その前で演じる役者の動きに文字が着いていく。叫び声には大きな字、囁き声には小さな字、まるで漫画の吹き出しのように。
あ、これ漫画だ。私、今、漫画読んでる。いや小説?動きと音声のいわゆる三次元の舞台の世界に、二次元の世界を合体させて、舞台観ながら本読んでる!
スジオのめちゃくちゃな通訳を、観客はいわゆる"神の視点"で観ている。警部と児島はスジオを通してしか相手の言ってることがわからない。けれど観客は三人の掛け合い全てを理解できている。
児島の被害者を殴った動作を蕎麦を打った動作だと説明し、石を探す仕草をポエムを創作していたと通訳する。スジオの口から語られる児島は蕎麦打ち職人であり、詩人であるらしい。筋を通す人間になれと名付けられたスジオの語る全く筋の通らない話に言いようのないおかしみを感じて笑わずにはいられない。
柿澤さんの、演技しながら英語と鹿児島弁と標準語を瞬時に切り替える技術もとんでもないが、私たち観客も、役者の動きを目で追ってセリフを耳で聞いて字幕の日本語訳を読んでと、とてもとても忙しい。脳みそフル活用だ。でも不思議と疲れない。面白い小説に出会ったときページを捲る手が止まらないように、字幕に次の文字が出現するのを勇んで待っている。とんでもなく楽しいからこそ集中して着いていける。
笑いの中に、登場人物の過去や挫折が挟まれる。どうしてここに、観光地もなにもないと表現されるオデッサに辿り着いたのか。そしてここから何処へ向かうのか。三人の行動に説得力が積み重ねられる。
物語の終盤、事件の真相解明のきっかけに知恵の実たるリンゴを使うのが心憎い。薩摩弁しか操れないと思い込んでいた児島が標準語(則ち、舞台上での英語)を話す瞬間、迫田さんの声のトーンまでがらりと変わって痺れた。
三谷さんの新作舞台が上演される、しかも役者さんが鎌倉殿に出演されていた宮沢エマさん、柿澤勇人さん、迫田孝也さんだという情報を得てから、絶対観に行きたいと公式サイトをチェックし、チケットを入手してからは楽しみに楽しみに待っていた。
その期待を遥かに上回る素晴らしいお芝居だった。とても面白かった。コメディってなんて楽しいんだと思った。
幕が降りたあと、客席から口々に「面白かったねー」という声が聞かれた。全くもって同意である。
コロナ禍の中で舞台が配信される機会も増えたが、この舞台は絶対に生観劇をお勧めする。舞台全体を見渡せないスイッチングは意味がないし、全景映像は単純に文字が見えない。映画館のような巨大スクリーンなら別だけれど。
ところで、柿澤さん演じるスジオについて、勘違いかもしれないが思いついたことがある。
・物語上、エマさん演じるカツコ警部(名前はあやふやですすみません)には子供がおり、眠る時にしりとりをする習慣があるためカツコ警部に電話がかかってくる。その時、スジオが答えるお題が筋肉の種類だということ
・蕎麦打ちをカツコ警部に教えるため、映画「ゴースト」の有名すぎる二人羽織のオマージュを披露したのだが、わざわざジャケットを脱ぎ白いピチT姿から醸し出されるボディが筋肉バキバキだったこと
・全く出鱈目に思いついたと思われる蕎麦打ち職人は、実はスジオの父親の職業であったこと
・全く出鱈目に思いついたと思われるポエムのくだりも…………推して知るべし
うん、スジオ
筋、通ってるよ
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