青い海、白い雲。植物の葉が風によって擦れる音と、いつも通りの暑すぎる気温。
集合場所として告げられたビルから車と飛行機と船を乗り継いで辿りついた場所は、まさしくバカンスを送るにはピッタリのリゾート地であった。
日照りが強すぎる気もするが、この異常なほどの太陽の光のおかげで海がより綺麗に見えるのならば異常気象も悪いことばかりではないのかもしれない。八波玲はキラキラと反射する海をコテージの窓から眺めていた。
「思い切って電話してみて良かった」
ふいに出た独り言を聞いていたようで、同じようにコテージの共有スペースにいた色素の薄い長髪の男性が近づいてくる。
「八波さん。みんなは、海に行くみたいだけど
…八波さんは行かないの?」
「えぇ、今から行きます!ここからの眺めが綺麗だったので見惚れちゃいました」

「海月さんはこういうところに遊びに来たことありますか?私1人の旅行初めてなので楽しみにしていたんです!」
「僕も
…初めてかも。海も、初めて見た。きれいだね」
見た目に反して幼い子供のような海月微の感想を八波は微笑ましく感じていた。
自分にとっても彼にとっても、この旅がきっと良いキッカケになるだろうと予感のようなものを感じる。
「日焼け対策をして、みんな所へ行きましょう!」
コテージから出た瞬間、肌がジリジリと太陽に晒された。
八波玲にとってはその感覚すらも新鮮なものであった。
───数時間前
『30分以内のお電話で無料でリゾート地へご招待』
怪しすぎる謳い文句だが、この島にいる7人は全てこの言葉を聞いて実際に電話をした人間たちの集まりである。
島の場所など詳細を口外することを禁止されたこの旅行を不審に思う人もいるだろう。
そんな不安を解消するため、嶋アンナは参加者たちにアイマスクを配りながら明るく話し始めた。
「皆さん!今日はこのツアーにご参加いただきありがとうございます!私、ガイド役の嶋アンナと申します!学生なので不安に思う方もいらっしゃると思いますが、精一杯努めさせていただきますね!」
「これから私の父が所有する島にご案内します。私有地になるので場所はまだ公開できません。なので今お配りしたアイマスクの着用をお願いします。あ!移動時間が長いので、質問がある方は移動中にお答えしますね!自己紹介もしましょう!」
捲し立てるように説明し、大きなワゴン車に参加者たちをグイグイと押し込んでいく。
大人しく従う者、怪しく感じつつも受け入れる者、この状況でもなお話し続ける者。アンナの急かすような言動に最初に声をかけたのは明るく体格の良い男だった。
「待って待って。そんなに慌てなくても逃げないって。何をそんなに急いでるんだ?」
アンナは八堂耀に声をかけられて初めて己の言動に気づいたらしく、ハッとした後にポツリと謝罪を口にし始めた。
「ごめんなさい。初めて父から任せられた仕事だったので
…気合が空回りしてしまったみたいです。皆さんの快適な旅が第一ですよね」
「そんなに気負わなくても大丈夫だよ」
アンナが顔をあげると八堂は人当たりの良い笑みを浮かべている。
側から見たら誘拐のような場面でも、数々の危険なシーンを演じてきた彼ならばこのくらいのことでは動じないのかもしれない。
頼もしいな
…とアンナは事前に父から渡された旅行の同意書を思い出し、そんなことを感じていた。
「そうですよ〜♡それにコチラはタダでリゾート地に行けるんですから嶋さんも楽しまなきゃ損ですよ♪質問がある方もいるかもしれないですし、準備が出来たら出発しませんか?」
花園煙の一声で残りの参加者たちも車に乗り込む。飄々とした雰囲気の彼の声は時と場合によっては緊張感に欠けるのかもしれないが、少なくともこの場面では大きな効果を発揮したのだった。
「では、質問タイムです!何か聞きたいことのある方はいらっしゃいますか?」
アンナが参加者たちに声をかけると、はいはーい!とアイマスクをした状態で手を挙げる明るい声が聞こえる。
「SNSに写真をあげるのはOK?」
「場所が特定出来ない写真であれば撮って頂いて大丈夫です!でもSNSにあげるのは今はダメです!ごめんなさい」
「え〜そんなぁ〜!」
質問の主である殊間夏生のがっかりした声が車の中に響く。するとその質問の答えに違和感を感じたのか、次に唐梨子阿月が質問をした。
「今は
…ってことはそのうち許可が出るかもしれないってことか?」
「はい!というのも、皆さんを無料で招待している理由が実績を作るためなんです。父の説明では幸か不幸か異常気象の影響でリゾート地への旅行の需要が増えているそうです」
「父はここに目をつけたようでして
…皆さんに無料でバカンスを楽しんでもらうことで、これだけの人に満足してもらいました!という結果が欲しいんだと思います!私が案内人なので、今回はあまり多くの人を招待できないのも事実ですが
…」
「なので本格的に島をリゾート地として売り出すことが決定したときにはSNSにあげてもらう事はむしろ大きな宣伝になると思うんです!なのでその時まで待っていただけたらなぁって」
「あと
…あくまで嶋家が所有していただけの土地なので通信環境が万全ではないのもありますね
…」
深夜の
…それも番組の間にあるCMなどではなく、放送休止の画面から突如流れ出した通販番組の旅行プラン。
電話したら無料で行けるなど、あまりにもこちらに得しかない状態に軽い気持ちで申し込んだが、昼間に放送して電話が来すぎても対応出来なくなってしまう
…ということなのだろうか。
数ヶ月に一度の頻度で旅行をしている唐梨子はタイミングが良かったな、とぼんやりと考えていた。
「
…ご飯はどうするのかしら?」
今まで静かにやり取りを聞いていた天宮白百合が質問をする。変に取り繕うことをしない彼女だからこそこの質問は、どうしても聞いておかなければいけない─
…という気持ちをアンナは感じ取った。
「そこは任せてください!この日のためにいろんな食材を用意してあります。BBQも計画してるんですよ!魚とか取れたら晩ご飯に出しますね!あと嶋家が所有するコテージには非常用の缶詰も常備してあります」
よくぞ聞いてくれた!とアンナは上機嫌で話し始め、この旅行のために計画したことを話せて嬉しい様子が滲み出ている。
その話を聞いた天宮も静かに「そう。」と呟くのみであったが、質問する前より幾分か雰囲気が柔らかくなったことをこの中の何人かは感じ取った。
最初の数時間は見えないながらも順番に自己紹介などをして時間を潰していたが、そのうち限界が来たようでほとんど全ての参加者が眠りにつく。
アンナは静かな車内を見ながら、必ず無事にこの仕事を果たそう。と改めて決意したのだった。
─────
「みなさん!長時間の移動お疲れ様でした。ここが父の所有する島です。みなさんにはここで4泊5日の旅を楽しんでもらいます!」
「あの白い家がコテージです、荷物はあそこに一度置いて来ちゃいましょう!お部屋は各自お好きな場所を使って頂いて大丈夫ですよ。晩御飯まで時間があるので、荷物を置いたら自由時間です!」
─────
「おーい、微くん!八波ちゃん!」
海月と八波が海辺へ向かうと八堂から声がかかる。どうやら殊間と海で遊んでいたようで、服が少しだけ濡れていた。近くにあるバケツには魚が入っている。
海辺に集まったといっても砂浜で貝殻を見ている人や、日陰でジュースを飲んでいる人、八堂のように遊ぶ人。年齢も性格も育った環境もバラバラの7人。過ごし方はそれぞれのようだ。
「あ、八堂、さん。その魚、どうしたの?」
「さっきまであの岩場の影のところでみんなで釣りをしていたんだ。花園さんとかすごかったよ、魚が食いついたらすぐ気づくから俺がそれを釣り上げてって感じで。天宮さんも魚に興味があったみたいで一緒にいたんだ。」

「2人は海はどう?」
「私、泳げません!でも雰囲気だけは楽しみたいなって思って」
「僕も
…体力、あんまりないから」
海月は八堂の方をチラリの伺いながら答える。どうやら海で遊ぶことは厳しいが共にいたいという気持ちはある様子であった。
八堂はその視線に気づき、海月を見て何かを感じ取ったらしい。
「アンナちゃんに言えば、パラソルとかドリンクも貰えるらしいよ。まだ旅行は始まったばっかりだし色々やってこう」
「素敵ですね!パラソルが借りられるのなら私も海月さんものんびり出来そうです」
2人の言葉に海月の表情が柔らかくなる。八堂、海月、八波の3人はアンナを探しに行くのだった。
─────
「あ〜あ。耀おにーさん行っちゃったしどうしよっかな」
先程まで八堂と海にいた殊間は未だビーチに残っていた。
「せっかく水着持ってきたし、もう少しいたいな」
そんなことを考えながら辺りを見回すと、ビーチで寝ている1人の男が目に入る。
「あーつき♡」
ハートマークが目に見えるような甘い声で呼ばれた唐梨子は瞼を擦りながら「ん
…?」と少しだけ眠たそうな声で返事をした。
「ね、一緒にあそぼうよ!ほら、アタシたちってこの中で唯一同い年でしょ?」
殊間は寝ていた唐梨子の手を取り、そっと握る。
「もっと阿月のこと教えて、
…ね?」
今はもう慣れてしまったこの行動。世間一般の常識には捉われずに過ごしてきた。男の格好で過ごすこともあれば女の格好をすることもある。恋人だって同じだ。
考えを否定されることに何も感じない訳ではないが、批判されることは珍しいことではなかった。
第一印象は真面目そう、というものだったが阿月は話してみると意外とノリが良い。
…どんな反応をするかな。
そんなことを考えていると、触れていた手にじんわりと温度が加わる。
「いいよ。何する?」
殊間が改めて唐梨子に目を向けると、そこには変に探ることも否定することもせず、自然な姿で肯定をする唐梨子の姿があった。
「
…あとで阿月がしたいことも全〜部しようね!まずは一緒に浜の方いこ!」
2人はそっと手を握ったまま海辺に向かって歩き出すのであった。
──────
日が沈み始め、空はオレンジ色に染まり始めていた。
海は昼のような青さは消え、飲み込まれそうな暗さを持ち始めている。
「みなさーーん!そろそろご飯にしましょう!コテージに集まってください」
アンナの声が響き、旅行者たちはそれぞれ建物に帰る準備を始めていた。
アンナは事前に用意した食材にプラスして旅行者たちが取ってきた魚を捌き、バーベキューコンロの近くにセットする。
「食べたいものあったらなんでも焼きますよ!気軽に声かけてくださいね!ご飯はコテージの中です!」
アンナは自分の声をきっかけに1人の女性がご飯を片手に近づく姿を捉えていた。
「天宮さん!皆さんが釣ったお魚もお肉もお野菜も、いろいろありますよ。どれにしますか?」
「そうね
…とりあえず全部1つずつ焼いてちょうだい」
「えっ結構種類ありますよ、大丈夫ですか
…!?」
「ええ」
アンナの心配を他所に焼いた食材たちは全て天宮が黙々と食べていく。
「わぁ〜人間ってこんなに食べられるものなんですねぇ」
その様子を花園が愉快そうに見ていた。
「花園さんも食べますか?天宮さんとお揃いで全部焼くことも出来ますよ!」
「いいえ〜!私はそこまでは入りませんので♪」
アンナの無茶な提案を花園はサラリと躱す。
返事をした後も天宮が黙々と食べる姿が愉快だったのか、サングラス越しに観察していた。
側から見れば少々異様な光景であったが旅行者たちは非日常を味わいにこの旅行に来たためか、今さらこの空間に疑問を持つ者はいない。
食事を楽しんだり、周りと談笑をしたり。各々リラックスして過ごしているようだ。
「食材はいっぱいあるので遠慮せずにたくさん食べてくださいね!」
パチパチと炭が燃える音と煙による独特な鈍いとした空気の中、アンナは旅行者たちに向かって笑顔で声をかけたのだった。
──────
旅行1日目ではあるが1人で行動が出来る年齢の人間が集まったためか比較的穏やかに時は流れている。
───以前はこのようにはいかなかった。
入眠のタイミングはバラバラであったが1日目は移動の疲れもあったのか、早いタイミングで部屋の電気を消えていく。
島は暗闇に包まれ、波の音と時折り聞こえる鳥や虫たちの鳴き声が辺りにこだまする。余計な情報が視界から消え、頭の中では朝方聞いたニュースが存在を主張していた。
『記録的な猛暑日が続いているせいで本島では熱中症で病院に搬送される例や、そのまま死亡してしまう例が昼夜を問わず増え続けている』というもの。
この島でも旅行者たちに万が一がないよう、このコテージ内は常に温度管理が徹底されていた。
世界の旅行需要が増えたのも気分だけではない。一般市民のなかには『最期の思い出』を作りに旅行をしている人もいるのが事実だ。
「絶対に失敗できない。何があっても
…」
自分自身に言い聞かせるように敢えて言葉として口に出す。
全ては私に任されているのだから。
暗闇からこちらを覗く視線に、まだ誰も気づくことはないのであった。
〈終〉
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