ぶんどき
2024-02-05 07:20:38
2077文字
Public 依頼
 

そこは欲望と混沌の街

禍福街自陣の出会いの話。skebで納品したもの。

 現場に訪れた時、既に全員息絶えていた。

 一人を除いては。

 その日は中国から来日した依頼人に会う予定があった。政府の要人であり、なんでも一ヶ月ほど前から厄介な怪異に狙われているかもしれない、とのこと。厄祓い屋という特殊な商売をしている自分だが、今は亡き祖父から受け継いだその腕前は海を渡って隣国にまで伝わっているらしい。
 ただ、実際に会わないことにはどのような怪異でどのように対処すればいいかわからない。その旨を伝えれば依頼人はすぐに日本に向かうと言った。

 約束の時間、指定した廃工場に向かうとまず最初に鉄錆の匂いが鼻をついた。──嫌な予感がする。用心しながら足を踏み入れる。
 視界に入ったのは赤だった。鮮やかな赤い水溜りと不揃いな肉片がいくつも、いくつも、古びたコンクリートの床を汚していた。
 そして、その中心にいたのは一人の長身の若い男だった。癖のある白髪に白銀の瞳、どこか異国めいた雰囲気を纏った彼は呆然とこちらを見ていた。
……なんだ、この状況は」
 眉をひそめぽつりとそう呟くと、青年が口を開く。
「俺、この人たちの護衛。でも、変なのに襲われてみんな死んだ」
 中国語で発されたその言葉は端的にこの状況を説明するものだった。この惨状からしてやったのは恐らく人間ではない、つまり怪異の仕業だ。祓う前に先を越されたわけか。
 本来人間と怪異は近くて遠い、遠くて近しい関係だ。普段は人間が彼らの生活を侵さなければ大人しく身を潜めていることが多い。ここまで徹底的に人間を攻撃する怪異は珍しいが存在していてもおかしくない。しかし、そうなると何故この青年は一人だけ、生き残っているのだろう。そう思考を巡らせた時、一つの考えが脳裏に浮かんだ。さすがにそんなこと──いや、ありえない話ではない。
……おいお前、こいつらの護衛をしていたと言ったな。いつからだ?」
「えっと、一ヶ月前、くらい」
 その答えを聞いて自分の立てた仮説が確信へと変わっていく。依頼人が怪異に狙われ始めたのも一ヶ月前だ。
「お前、昔から妙なモノに会ったり、見たり、そういった経験はないか?」
 そう尋ねると彼は目を見開いた。
「なんで知ってる?」
 それは肯定だ。
……恐らく怪異の本当の狙いは依頼人ではない、お前だ」
「えっ……?」
 つまりまだ、終わっていない。怪異はまた現れるはずだ。警戒しながらあたりを見回すと、風もないのに一つの血溜まりが揺らめいた。
「っ! おい避けろ!」
「わっ、」
 刹那、鋭い触手が勢いよく伸び、青年を捕らえようとする。彼はすんでのところでそれをかわすと体勢を整えた。
「ようやく姿を現したな」
 触手から距離を取りその様子を観察する。あの青年は人間にしては機敏な動きをするが、それでも逃げる一方だ。さすがに怪異をどうこうする術は知らないのだろう。
「お前に選択肢をやろう」
 一歩、青年に近づく。
「この怪異を俺に祓わせるか否か。依頼するなら助けてやってもいい」
……ど、どうにかして! ください!」
 彼は焦った表情で助けを求める。
「厄祓い屋はボランティアじゃない。高くつくぞ」
「好的(わかった)……!」
 今回はそこまで入念な準備をしている暇はない。がりっと自分の右手の親指を噛めば血が滲む。懐から取り出した呪符に血液で呪文と文様を書きつける。
 呪文を唱えて指で軽く動作を行えば呪符は浮かび上がり、触手へと巻き付く。巻き付けられた触手はぴたりと動きを止めたかと思うと何度か痙攣した後、黒い靄となって消えていった。
 靄が消える直前、今まで感じたことのない奇妙な感覚に襲われたが、その違和感の正体まではわからなかった。

 あたりには再び静寂が訪れる。

……す、すごい」
 彼は安堵のため息を漏らした。
「ふん、これくらい当然だ。さて、これで依頼は完了した。報酬は──」
「ま、ま、待って、俺、今、お金ない……!」
 遮られたその言葉に眉をひそめる。
「は?」
「俺、日本に来たばっかだし。で、でも、助けてもらったし、なんとかする……!」
 青年は困ったような顔をする。必死に金銭を集める方法を考えているように見える。
……はぁ。まったく。あてはあるのか」
「な、ない……日本、知り合い、いない……
 今度は今にも泣きそうな顔をしている。
……じゃあうちにこい」
「え?」
「今すぐ払えないのなら、うちで働いて返せ。見たところ腕は立つようだし、ちょうど用心棒も欲しいと思っていたところだ」
「ほ、ホント……!?」
 ぱぁっと嬉しそうに顔を上げる。ころころ表情が変わる奴だ。
……名前、なんていうんだお前」
「雨泽。魏 雨泽!」
……契約は成立だな、雨泽。俺は海棠。覚えろ、お前の雇用主の名前だ」
「海棠ちゃん! 俺、雑用でもなんでも! やるから!」

 こうして厄祓い屋には用心棒が増えた。
 それから五年の月日が経ち、二人は今日も怪異を祓う。
 禍福街という欲望と混沌の街を拠点にして。