hatonyannyan
2024-02-05 00:00:19
1517文字
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深海より星を食む(中)

つづきです

夢を見た。まだ弟とともにいられた頃の、幸せな故郷の夢だ。母の計略で父が誅殺され国が滅びたあの日の夢なら毎日繰り返し見てきたというのに。
「どうして、今更」
「酷い顔だこと。よほどつらい夢だったのでしょう、お可哀そうに」
まさか声がかけられるとは思っていなくて思わず体が跳ねる。警戒しながら目を開くと、白い髪の青年がこちらを覗き込んでいた。
……誰だ」
「これは失礼。私はスレイプニル・ハールバルズと申します」
小間使いのようなものですと青年は付け足したが、優美な外見からはとても想像がつかない。
「我が主から客人をもてなすようにと仰せつかりました。どうぞなんなりとお申し付けくださいませ」
……その気持ち悪い口調をやめろ。この頬の刻印が見えないわけじゃないだろう」
頬から首にかけて大きく刻まれた奴隷の紋。俺にとっては母親に捨てられたという証でもあり、故郷を、父を守れなかったという印でもあった。『役立たずのいらない子』がこのように恭しい扱いを受けるのは、どうにも気分が悪い。
「そう言われましても、こればかりは性分でしてね。それに我が主が客人と仰ったのですから奴隷でも関係ありませんよ」
少しもすまないと思っていなさそうな顔で申し訳ありませんと続けられ、思わず舌打ちしそうになる。
「食事の用意をして参ります。貴方も我が主とお話があるでしょうから」



*****



船室には窓がなかったので起きた時には気付かなかったが、この船は海中を進んでいるようだった。窓の直ぐ傍を大小様々な魚が泳いでいる様は流石に驚いた。海中から近付いて襲撃とは、直前まで気付かないわけだ。
「毒でも入っていると思われたのなら心外だな。そのようなものを盛らずとも人の子一人簡単に殺せる」
用意された食事に手を付けず窓の外を眺めるばかりの自分を対面から見ていた亡霊王は、けれど怒るわけでもなくくつくつと笑いながらワイングラスを回した。
「死者の国で物を食べれば生者の国には戻れない。古今東西、神話の定石だ」
「これはまた、随分と教養のある奴隷だ。どこの王侯貴族から売られてきたのやら」
……何が目的だ」
まさかこうして食事をするために船に招いたということはないだろう。しかも、人質としての価値もない奴隷を。
問いに、亡霊王はふむと顎に手をやり考える素振りを見せた。わざと勿体ぶるような仕草で腹が立つ。
「私はかつて一国の王だったが、敵国の策略で手酷い裏切りにあい、こうして船と運命を共にすることになった」
灰の大陸のバルナバス王といえば、少しは文献にも残っているのでは?と試すように問われる。
……ウォールードか」
「見事。奴隷にしておくには惜しい男よ」
話が逸れている気がしてバルナバスを睨みつけると、分かっていると言わんばかりに口の端を上げた。
「そのまま海の底で朽ちていく運命であったが神と取引をしてな。幾何かの生贄を捧げ続ける代わりに力を得て、こうして亡霊王をしているというわけだ」
生贄にするつもりなのだろうかと訝しむと、若干機嫌を損ねたようだった。頭が良い割に話を聞かない奴だと深々と溜息を吐かれた。
「私の力は、恐怖を通じて相手の魂を支配する力。だからこそお前のことが気に入った。お前には恐怖が欠けている故に」
恐怖が欠けている?そんなことがあるのだろうか。長年の奴隷生活で感情を表に出すことこそ少ないものの、人並みに感情は持ち合わせている……筈だ。
お前は目的を問うたな。時化の海に似た灰の瞳は酷く楽しそうだ。戦場を支配した暴君と、文献に微かに残る姿そのままに。
「お前に恐怖を取り戻させ、支配する。これで満足かね?」