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二四屋
2024-02-04 22:01:28
4011文字
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天涯比隣のごとし
ちゅーかファンタジーもどきパロ。我慢できなくて原稿サボって書いた。
空気だけ味わってもらえたら嬉しいです。
画像ペラペラするのめんどい方用。
マゼルは背後で上へ向かって風を切る音に反応して振り向いた。同時に振り返った先に踏み込んで目線より少し上を掌の付け根で殴打する。
「ガッ!」
手応えと同時に呻き声。顎に掌底を食らった男は棍棒を振り上げたまま後ろへ倒れた。
「こっち!」
「は、はい!」
さっきまで前を走らせていた女の子の手を引いて路地へ曲がる。すぐに後ろから「左に逃げた!」と怒号がした。
女の子をちらりと見ると既に息が上がっている。長くは走れないだろう。元々女の子の服装はあまり運動するのに適さない。どうしようかと考えたところで
「おい、こっちだ」
と上から声がした。見上げると隔壁の上から男が手を伸ばしている。長い髪がその手に添うように垂れていた。
「その子を持ち上げろ。引き上げる」
迷う時間はなかった。マゼルは「ごめんね」と口にしてから小さく驚いた声を上げる女の子の腰を掴み、ぐっと上へ上げる。女の子の腕を上の男が握り、手の中の重みが軽くなったところで念押しに藁を編んで作られた履の底面に手を添えて更に上げてやる。
「っと、よし、いいぞ」
手にかかる重みが完全になくなって上からの声を聞いてから手を離し、少し下がって助走をつけてから壁に向かって走り、飛び上がる。屋根に指をかけたが、これは保険。飛び上がった体をちょっとだけ上へずらしてそのまま着地した。
「おお。手伝おうと思ってたがいらなかったな」
上にいた男が男が驚いた声を上げる。が、すぐに切り替えて「伏せろ」とマゼルの肩を押した。言われたままに伏せると、女の子も小さくなって震えている。そこに複数の足音がして、マゼル達のいる方へ曲がってきた。が、そのまま通りすぎていく。
ほっと息をついたところで、
「悲鳴が聞こえたら下りて大通りに行くぞ」
と男は女の子を起こし、もう降りる準備を始めている。
「え、でも戻ってきたら」
「大丈夫だ。足止めする」
次の瞬間、暴漢が向かった方向から野太い悲鳴が上がった。
「今だ」
男はささっと飛び下りて女の子を受け止めるつもりか下で構えている。
「あ、手伝うよ」
女の子が躊躇っているのを抱えて飛び降りる。
「さっきも思ったがすごい力だな。まあいい、行くぞ」
男に促されてマゼルと女の子は大通りに戻った。
助けてくれた男はヴェルナー、とだけ名乗った。今さら気が付いたが、格好がとても平民のそれではない。多少変装はしているが、布地の多い平服は貴族か商家の子息といったところだろう。
「ありがとうございました」
「大したことじゃない。それにあの連中はこのところ派手に活動している人さらいでな。知人が捕らえたがってたから、お前さん達を助けたのはついでだ」
「そうなんですね。でも助かりました。僕、この辺の者じゃないから道が分からなくて、あのままだったら捕まっていました」
知人が捕らえたがっていた、ということは役人に知り合いがいるということだ。やはり平民ではない。ふと、それなら捕まえるのを優先してしまえば良かったのでは?と思ったことは黙っておいた。
「なんで敬語なんだ。最初のままでいい」
「え、ですが、」
「平民同士なんだし、年齢も近いだろ」
「え
……
うん、分かったよ」
身分を隠したいということが。実家が宿屋であるマゼルは、貴族がお忍びで泊まりに来ることも多く、慣れている。今は相手に合わせた方がいいと判断した。相手が言い出したのだから、不敬で捕まることはないだろう。
行く方向が同じなのか、マゼルが曲がった方向にヴェルナーも曲がった。無言というのもどこか気まずくマゼルは適当に話題を振った。
「そういえば、あの悲鳴はなに?」
「あれか。地面に百日紅の皮を撒いたんだ。派手にすっ転んだだろうな」
「百日紅の
……
」
百日紅の木は確かに登ろうとしても滑る。光景を想像するとついつい吹き出してしまう。ヴェルナーも喉を鳴らして笑った。その瞬間までほとんど表情を変えなかったヴェルナーの柔らかい笑顔に目を奪われる。
「なんだ?」
「あっ、ううん、なんでもないよ」
「そうか? じゃあ俺からも質問だ」
「うん、いいよ」
「どうしてあの女の子を助けた? 知り合いでもなかったんだろう?」
女の子は二人で家まで送り届けた。ヴェルナーはそのときにのやり取りで、知り合い同士ではないと察したようだ。
「追われてたから、ほっとけなくて」
「は? それだけか?」
「そうだよ」
ぽかん、とヴェルナーは目を丸くした。
「危なっかしいな」
「それはヴェルナーも同じでしょ?」
「だから俺の方には目的があったんだよ」
「嘘。僕たちを助けなくても捕まえる手段はあった。違う?」
「
……
違わない」
「ほら」
「お前さんたちが人質に取られたら面倒だったんだよ」
「ふ〜ん?」
「っ、俺は計画的行動だった。でもお前さんは無計画だっただろ。ほっとけないってだけで後先考えずに飛び出してたら命がいくつあっても足らないぞ、このお人好し」
「そっか、人を助ける計画を立てていたんだね」
「この、ああいえばこう言う!」
「それはヴェルナーの方でしょ。僕は相槌しか打ってないよ」
「っーー」
ヴェルナーはハクハクと口を開閉してついに黙ってしまった。言い過ぎた、出会ったばかりの、本当はやんごとなき身分の人に。そうマゼルが反省した瞬間、ふはっとヴェルナーが吹き出した。そして、声を上げて笑い始めた。
「お前さん、顔に似合わず負けず嫌いだな!」
「それはヴェルナーもでしょ!」
マゼルもなんだかおかしくなって、一緒になって笑い声を立てた。そしてしばらく二人して発作が止まらなくなった。道を行く人々が、若者の哄笑を驚いたように、あるいは迷惑そうに振り返る。しかし二人の笑いは止まらない。
「は、あ、あー笑った」
やがて、先に息を切らしたのはヴェルナーの方だった。腹筋が引き攣れているのか、両手で帯の辺りを抑えている。
「僕、こんなふうに笑ったの久しぶり」
マゼルの口から素直な言葉が出た。大声で笑って、つかえが取れた気分だった。これまで生きてきた間に、腹の中で少しずつ溜まっていた澱みが全て洗い流されたような。
「俺もだ。知り合いの前でこんな笑い方したらなんて言われるか」
「家、厳しいの?」
「あーまあ、そんなとこだ」
まだ、身の上を明かしてくれるつもりはないらしい。そんな資格はないのに、マゼルはそれを寂しく思った。ふと二人の足が違う方向を向いた。
「「あ」」
足が止まる。視線が合う。お互いの目が、名残惜しいと言っていた。
「その、なんだ、ここから北へまっすぐ行ったところに、俺が住んーーあー雇われている屋敷がある。槐の木が門の横に植っている屋敷だ」
「それなら分かるよ。昨日一度通ったから。大きなお屋敷だよね? 南側に枇杷が植っているでしょう?」
「よく分かったな」
「僕、記憶力には自信があるんだ」
「へえ。力が強くて頭もいい。すごいんだな、お前さんは」
「そんなことないよ。それで、お屋敷がどうしたの?」
「そうだった。何かあったら訪ねてこいよ。多少は、力になってやれると思う」
「ええ、悪いよ、そんなの」
「いいから。お前さん危なっかしいし、なんというか
……
いや」
言い淀んでいたヴェルナーが言葉を切って俯いた。
「ヴェルナー?」
「悪い、お前さんに困ることが起きたとして、それを口実にしたら駄目だよな。こういうの、慣れちまって。良くないって分かっているんだが」
「うん。うん?」
マゼルは急に自責を始めたヴェルナーに首を傾げた。
「なんでもない。また会って欲しいんだ、俺が」
「え、」
カッとマゼルの頬が熱を持った。見えなくても、赤くなっているのがわかる。
「だから、気が向いたらいつでも訪ねてきてくれ。これを見せれば取り次ぐように門番に命じておく」
ヴェルナーは袂を探って、一本の簪を取り出し、マゼルに差し出した。それは瑠璃の玉が連なり、銀の支えで造られた、華奢ながら明らかに値の張る簪だった。
「えっ、あ、預かれないよ、こんなの」
「いいから」
ヴェルナーはマゼルの手を取って、強引に握らせた。そしてマゼルが返そうとする前に手を離してしまう。
「僕がこのまま盗むとは思わないの?」
「盗むやつはそんなことは言わない。簪から目を離さずに、黙るんだ」
「それは、そうかも」
「だろ?」
ヴェルナーは悪戯っぽく笑う。こんなものを渡してきた挙句、門番には命令をできる立場らしい。
「僕が訪ねたら、君の正体を教えてくれる?」
マゼルはヴェルナーの目をまっすぐ見つめた。ここで断られたら、簪は突き返そうと咄嗟に思った。ヴェルナーとの縁ができて嬉しいくせに、さっきの寂しさを蒸し返し、あまつさえ八つ当たりなんかしている。
ーー僕、いつもはこんな風じゃないのに。
さっきの言い合いみたいなやり取りだって、他の誰ともしたことがなかった。自分が負けず嫌いだなんて、ヴェルナーに言われて初めて知ったのだ。
ヴェルナーは気まずそうにうなじに手を当てた。
「嘘ついて悪かったよ。そんなので良ければ、今教えておく」
マゼルははっと息を呑んで、思わず姿勢を正した。そんなマゼルにヴェルナーは少し視線を彷徨わせた後、胸の前で握った片手をもう一方の手で包んで拱手の礼をした。
「芭韻帝国軍軍師補佐、ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。凶賊の捕縛協力、感謝する」
「えっ」
マゼルが目を丸めて固まっている間に、ヴェルナーがすぐ目の前に寄ってきてすれ違いざま、マゼルの肩を叩いた。
「きっと来てくれ。待ってる」
そしてそのまま足を止めることなく、立ち去っていった。
これが、芭韻帝国の若き軍師ヴェルナーと、未来の大将軍マゼルの邂逅であった。
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