無題

ウィンザールの双子が主役の小話というか冒頭というか(※続きません)

 
 それは予想もしていなかった再会だった。

「遠かったでしょう。部屋は用意させてあるから、まずはゆっくり休んで」

 金色の髪を片側に寄せ緩く編みこんだその女性はふんわりと微笑んだ。その笑顔に本能が嫌悪感を訴える。
 なぜ、そんな顔ができるのか。
 ずっと見向きもしなかった癖に。



 * *



「へぇ、中は案外綺麗なんだな」

 案内された部屋に入るなり、自分と同じ顔をした男が口笛を吹いてカウチソファに腰かけた。

「行儀が悪いぞファル。いつ、誰が見ているかわからない」

 私があからさまに眉を顰めて非難すれば弟は一応反省の言葉を口にした。そのぞんざいな態度を見ればカタチばかりの謝罪であることくらい容易にわかる。だが敢えて言及はしなかった。
 こいつは昔からこうなんだ。いい加減で大雑把。それでいていざという時はちゃんとしてみせるのだから感心を通り越して閉口する。双子なのにこうも違うか。
 足を引っ張ることさえしなければそれでいい。とはいえ普段から真面目にやれというのが本音ではある。公私のけじめをしっかりつけている以上、私から言えることは何もないのだが。

……それにしても、まさかあの人のところとはな……。父は何を考えているのか」

 顎に手をやり思案気に呟けば、弟は朗らかに笑ってみせた。

「親心なんじゃないの? 倒れたお前を想って、しばらくお母上様の元で過ごさせてやろうっていう」
「馬鹿か。この大事な時期にそんな寝惚けたことを考える人だと思うか。おそらく教師陣の手前、離さざるを得なかったんだ。私たちの評価に父がかんでいると思いこんでいる愚か者がいるからな」

 弟の座るカウチの反対の端にどさりと腰を下ろすと私は頬杖をついた。自分のことは棚に上げ、他人の粗捜しばかりしている人種は好きになれない。

 ふとテーブルの上に飾られた花が目に入った。一重咲きの白く長細い花弁を持つそれはいかにもあの人が好きそうな花だ。そうして室内を見渡してみれば壁紙から調度品に至るまでその全てにあの人の趣味が反映されているように思えた。甘い甘い、砂糖菓子のような雰囲気に思わず口許を押さえる。

「父? あー……試験の内容を漏らしてるんじゃないかってアレか」
……そうでもないと二学年も飛び級できるはずがないと言いたいんだろう」
「発想が貧困だねー」

 弟が下卑た笑い声をあげる。先ほどの反省はなんだったのかと溜息をつきたくなる態度だ。だがちらりと視線を送るだけに留めた。弟の意見は至極もっともだと思った。
 これまで行われてきた試験は私も弟もいずれも満点を取ってきた。習ったことがそのまま出題されるのだから満点を取れて当たり前だ。むしろふたつも年上で満点が取れないことの方が私にとっては驚きでしかない。
 なのに父が特権を濫用して試験問題を事前に教えているのではないかと考える輩がいる。その意識レベルの低さにはかえって称賛を贈りたい。

「私たちがいない間に問題を作り、内容を許可する父は私たちと入れ違いで視察に向かうそうだから教えてもらう暇がないというわけだな」
「そこまでしなくても滅多に会わないのにな」
「いずれにせよ私たちが満点を取ってみせればいいだけの話だ」

 父と接点がない状態で満点を取る。これ以上に身の潔白を証明する手立てはないだろう。勘違いしている輩は私たちとのそもそもの資質の差を知ればいい。

 その時、外からきゃあきゃあと歓声が聞こえてきた。小さな子どもの声だ。窓際でファルが首を捻った。

「誰だろう、あれ」
「弟じゃないのか。ここで子どもといえばあいつしかいない」
「いや、セイルもいるにはいるけど……他にもいるんだ。ふたり」
「ふたり?」

 訝しげに尋ねて腰を上げる。ファルの隣に並んで外を窺うと眼下には確かに子どもの姿があった。
 明るい金髪の子が年の離れた弟セイルだというのはすぐにわかった。以前フォルトレストの邸で見かけた時は女児用ワンピースを着ていたが今日はシャツにズボンといった男の子の格好をしている。ただし、ここから見てもどろどろに汚れているのがわかるくらい酷い有様だ。
 セイルのそばには赤髪をおさげに編んだ女の子、それから少し離れた場所に茶髪の男の子が佇んでいる。ファルが言った通り、確かに知らない子どもがふたり。
 ――おおかた友だちか何かだろう。
 この奥深い山中に他に住民がいるとも思えない。が、他に思い当たる節がない。
 そして、それ以上に興味もない。

 そのうち赤髪の少女は弟に何かを叫んで走り去った。おろおろとふたりを見比べていた茶髪の少年は結局女の子の後を追いかけていったようだ。残されたセイルはといえばふたりとは反対の方向へと歩いていった。

「喧嘩かな」

 腕組みをし、のほほんとファルが呟く。
 面白がる弟を尻目に私はさっさと窓から離れた。そのまま部屋を横切って寝室へ続く扉に手を掛ける。

「少し寝る。何かあったら起こしてくれ」
「りょーかい」

 ごゆっくりーと相変わらず軽い返事を寄越す弟を一瞥いちべつし、隣室にするりと身を滑りこませた。ベッドに身を投げ出すと甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐった。――本当に嫌になる匂いだ。
 一体ここに連れてこられた真意はなんだろうか。本当に父と引き離したかっただけなのか。それならば別に行き先はここでなくてもよかったはず。こんなに遠方の不便な場所に特別価値があるとも思えない。
 それともこれから何かが起こるのか。

『ゆっくり休んで』

 物憂げな笑顔が脳裏に浮かんだ。生みの母という肩書きを持つだけの女。こちらも表面上は笑みを返した。だが今更引き合わされても何も思わない。ただ面倒なだけだ。
 外からはまた歓声が聞こえていた。もう仲直りをしたのかと思うと全く子どもは単純で羨ましい。

……昼間はろくに勉強できなそうだな)

 もしかするとそれも向こうの策略なのかもしれない。それでも己のやるべきことはひとつしかない。しっかり復習をし、数日後の試験で満点を取ること――
 これからの算段を考えているうちに私の意識は混沌とした闇の中へ沈んでいった。



 <目次>