shirajira
2024-02-03 21:37:49
3794文字
Public
 

そういうことなら話は変わる

2024.2.3ビマヨダワンドロにて お題「本」原書房から出てるマハバを読んだヨダナの話

「おいビーマ、お前、その気になれば千人の女を満足させることができるというのは本当か?」
 一つ前の客を相手にしていた時には浮かべていた笑みを引っ込め、ビーマは眉間に皺を寄せた。聞こえなかったと思ったのか、相手は片手に持った分厚い本を指し示しながらぺらぺらとよく回る口を動かしている。
「この本にそう書いてあったのだ。お前はその気になれば千人の女を満足させることができると」
 ビーマは本に蔵書印が押してあるのを見た。恐らく紫式部の管理する図書館から拝借してきたものだろう。男が顎を擦りながら、本に視線をやった。
「が、この本、どうもわし様に関わることでも知らん話が多くてなあ。全てが真実とは思えん」
 で、どうなのだ。お前がその気になれば千人の女を満足させられると言うのは、本当なのか?
 ビーマはふーっと息を吐き、吸った。周囲から注目が集まっているのを感じながら、できるだけ平坦な声を出す。
「おいトンチキ王子」
「ん? ……待て、誰がトンチキだ!」
「ここがどこだか、わかってんのか?」
 喚き声を無視して言葉を被せると、ドゥリーヨダナはきょとんとした顔をして、ビーマを見てきた。
「なんだ、ボケたのか? 食堂に決まっておろう。それがどうした」
……わざわざ食堂の注文カウンターに来て、俺に言うことがそれなのか?」
 そうだ、ここは食堂だ。おまけに昼時。多くのサーヴァントや職員でごった返している。
 そんな中で、クソでかい声で下世話な話を、それも多くの者が並ぶ注文カウンターですれば、当然周囲の注目を浴びる。
 だが、ドゥリーヨダナにはその意識がないらしい。何を言っているんだという目でビーマを見ると、鼻を鳴らしてきた。
「はあ? 仕方なかろう、お前に会いたければここに来るのが手っ取り早いではないか。わし様はな、気になったことはすぐに解決してしまいたいのだ」
 だから図書館からこうしてわざわざ聞きに来てやったのだぞ。お前を呼びつけてやってもよかったが、忙しいだろうと思ってなあ。感謝しろ。
 謎に威張り散らすドゥリーヨダナに、ビーマの堪忍袋の緒は切れた。手に持っていた注文聞き取り用のボールペンが、ボキリと折れる。
 すぐに手が出なかったのは、いつの間にか横に現れたブーディカに、「ビーマ、代わるから」と背中に手を添えられながら言われたからである。
……悪い」
 言葉短く言って、ビーマはカウンターから出た。何がどうなったのかわかりません、という顔で瞬きをしているドゥリーヨダナの首根っこを掴み、最大出力で食堂を抜け出せば荷物から悲鳴が上がったが、無視して人気のない区画まで移動する。
 ここなら大丈夫だろう、と算段をつけた廊下の突き当たりで荷物を放れば、ドゥリーヨダナから「ぎゃ!」と短い悲鳴が上がった。すぐに立ち上がって、文句を言い出す。
「何をするのだ! わざわざこんなところに移動して……ハッまさか人の目のないところでわし様に何かする気か? カルデアでは私闘は禁止だぞ!?」
「てめえは、本当に、人を苛立たせるのがうまいな」
 凄んでやると、ドゥリーヨダナは一瞬ぎゅっと唇を引き結んだ後、本を抱えながらビーマを睨み付けてきた。睨まれたから睨み返しておく、くらいの浅はかな思考が透けて見える。
「何なんだ、わし様はただ、この本に載ってることをだなあ……
「そんなこと知って、どうすんだよ」
 ビーマは尋ねた。どうせろくでもないことだろうと思ったが、一応言い訳くらいは聞いておこうと思ったのだ。
 ドゥリーヨダナはビーマの問いに、「え? ああ、それは……」と目を泳がせた。やはりろくでもないことか、とビーマが思っていると、ドゥリーヨダナがもにゃもにゃと唇を動かした。
「いや、千人の女を満足させられるということは、さぞ性豪なのかと思ってな」
………………
「だが、お前はわし様が知る限り、ここでは特にそういう相手はおらんだろ?」
………………
「わ、わし様、女は妻一人と約束しておるが、その、男はこれと決まってはいない、し」
………………
「お、お前が持て余しているのなら、相手をしてやってやらんこともないと」
 どんどん赤くなっていくドゥリーヨダナの顔に合わせたように小さくなっていく声を聞いた、ビーマの喉からは。
「はあ?」
 心底呆れたような声が出た。
「つまり何か、てめえは自分が欲求不満だから、俺もそうだったらちょうどいいと、そんなことでも考えたってわけか?」
「ち、ちが、わし様は欲求不満などでは」
「違わねえだろ。自分の欲しか見てねえお前が親切ぶって言うことだ、俺のことを思ってのことのようで、言ってるのはお前自身のことなんじゃねえのか」
 てめえのくだらねえ欲に、俺を巻き込むな。
 ビーマが言い放つと、ドゥリーヨダナの顔は赤を通り越して紫のようになった。その顔を見て、言いすぎたかと頭の隅でビーマは思う。
 今にもドゥリーヨダナが殴りかかってきてもおかしくはなかった。私闘は禁じられている。後でマスターに詫びるしかない。
 内心そう思いながらビーマが拳を握っていると、ドゥリーヨダナが俯いた。ぽろんとその口から、小さな声が漏れる。
……もういい」
「あ?」
 何がだ、と尋ねるより先に、ドゥリーヨダナはくるりとビーマに背を向けると、そのままよたよたと走り去ってしまった。一瞬追いかけようか迷ったが、追いかけたところで殴り合いくらいしかやることはない。
 それよりは早く食堂に戻るべきだろう。そう結論付けて、ビーマはドゥリーヨダナを追わずに食堂に戻った。


「いや、それフラグだったんじゃないでつか?」
 どこか呆れの滲んだ声でビーマにそう言ったのは、主に黒髭の名で呼ばれている海賊、エドワード・ティーチだった。
 このどこに出しても恥ずかしくない悪党である男は、食堂でのドゥリーヨダナの馬鹿馬鹿しい問いのことを聞いていたらしい。拙者ビーマ氏にギャルゲも真っ青な設定があると聞き及んだのでござるが、とふざけた口調で尋ねてきたのだ。
 深夜の食堂には、明日の仕込みにのめりこんでいたビーマと、夜食を食べに来た黒髭しかいない。敢えてジャンクなものを食べるのが乙なんでござるよ~と言いながらインスタントラーメンを啜っていたティーチは、ビーマから事実無根である旨と、ドゥリーヨダナとのやり取りを聞き出すと、何とも言えない顔をした。
「何だその、フラグってえのは」
「イベントが起きる前ふりみたいな? そこで対応をミスると今後に影響があるので回収は慎重にってやつでつ」
 さっぱり要領を得ない説明にビーマが瞬きをしていると、黒髭はBでLは拙者の専門外なんだけどな~とぼやきながら、一つ一つ噛み砕くようにビーマに話しかけてきた。
「ビーマ氏は何でヨダナ氏が欲求不満だと思ったんでつ?」
「何でって、俺がそうだったら相手してやるとか言うから……あいつはとにかく恥をかくのを嫌がるからな、自分から頼むのが嫌だから俺から手を出させたかったんだろ」
「うーん中途半端に解像度が高い……いや、でもそれ別に、相手がビーマ氏である必要なくね?」
「は?」
「ビーマ氏は知らないかもしれないけど、カルデアには男もいける男とか、相手は選ばないような女とかもいるでござるよ? ヨダナ氏、見てくれは悪くないし、ただの欲求不満でセフレが欲しいなら、わざわざ自分を殺した男に声はかけなくないでつか?」
 ビーマは固まった。つまり? つまりどういうことだ?
「まあ、あんたの言う通り自分から抱いてくれって言うのは嫌っていうのもあったかもしれないでござるが……それは誰に対してもそうだからじゃなくて、他でもないあんただからそういう態度になった……古き良きツンデレってやつの可能性は十分に考えられる……しかし! あんたはそのフラグを無惨にもへし折ってしまったってわけだ! って刑部姫あたりがこれ聞いたら薄い本が分厚くなる~! って叫びそう~ねえねえビーマ氏、この話サバッターに流してもいい?」
 黒髭が何か言っていたが、ビーマは半分も聞いていなかった。
 つまりあいつは? 俺に抱かれたくて? それで口実としてお前は欲求不満なのかと、そういうことを尋ねてきたわけか? で俺は何て返した?
 ドゥリーヨダナの青ざめた顔が浮かぶ。もういい、と呟かれた声も。俯いていたからよくわからなかったが、瞳は涙で揺れてはいなかったか。
 あのプライドの高い男が。恥をかくのを恐れ、失敗するのを恐れ、人任せしてばかりの男が。
 どんな気持ちで。
……黒髭」
「何でござる?」
「その、折れたフラグを元に戻す方法っていうのは……
「そんなものないでござるな。セーブデータが残ってたらリロードするくらいしか」
 でもまあ。ラーメンのスープまで飲んで、黒髭は言った。
「現実はゲームじゃないんで。拙者が語ったのも憶測ですし。それでも気になるなら、できるだけ早く相手のところに行ってやった方がいいんじゃね?」
 あの人、自暴自棄になると何しでかすかわかんなそうだし。
 その言葉はもっともだったので。
 ビーマは黒髭への礼も仕込みの片付けもそこそこに、急いで一度も訪れたことのない部屋を目指した。