聖職者は、非常に質素な生活をしていた。信者からの寄進は多かったが、それらは全て他の誰かのために使っていて、本人は豆といくばくかの野菜と冷えて硬くなったパンばかりを食べていた。
それは家の裏の畑で取れるものであったり、教会の近くにあるパン屋の主人や八百屋の人が、貧しい生活を心配して仕入れてくれるものだ。運が良ければ肉を食べることもできたが、滅多にないことだった。
彼の宗教が肉を食べることを禁じていたら、もっと質素な生活になっていただろう。婚姻も可能だったのだが、少なくとも彼は行っていなかった。
聖職者が食べている豆は、大豆である。それは裏の畑で取れるものだった。若いときに収穫される。
枝豆を、茶色く乾くまで畑に置いておく。その後に収穫して、鞘から取り出したものがこの辺りで一般的な豆だ。そのまま似て食べられる他、ありとあらゆるものに利用される。だがそれはここではない遠い文化圏の話だ。
このあたりで一般的に栽培されてるものではなかった。少し離れた穀物地帯から運び入れられてきて、食べる文化は浸透していない。せいぜい煮て食べる以外の使用方法は知られていなかった。
だから街の人は、聖職者が何を食べているのかよくわからないまま茶色い畑を見て、作物が枯れてかわいそうだと思ったし、収穫したあとの豆が干してあるのを見て、あんなもののどこに食べるものがあるのだろうと心配したし、質素な食生活をみて栄養が足りなくなるのではないかと心配した。
実際は、栄養素の面でいうならばベーコンと卵とパンで毎日の食事をしている人間よりも、健康で元気だった。
聖職者は豆を採取したあとの豆殻も大切にとって置いて、燈火をつける際の種火に使っていた。暖炉でも燈火でもいい。乾いた豆殻はよく燃えたのだ。
なかなか便利だったから、聖職者は他の作物ではなくあえて大豆を育てていたのだ。
そんなことは誰も知るよしはなく、周りの人は慎ましい生活をする聖職者のことを好ましく思っていた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.