望月 鏡翠
2024-02-01 21:59:15
910文字
Public 日課
 

#1254 「台所」「トマト」「心臓」

#毎日最低800文字のSSを書く


 台所は彼女の庭だ。いや、城だろうか。どちらかというと要塞かもしれない。どんな言葉で表してもいい。一番大事なことを記録できるのであれば、なんでも。
 私たちが覚えなくてはいけないことはただ一つだけ。彼女の許可なくそこに踏み入るなと言うことだ。彼女の許可があるときというのは、完成した食事の皿を運ばなくてはいけないときや、テーブルを拭くために布巾を取りにいく時だったり、食べ終わった皿を片付けるときだったり、小麦粉や砂糖の袋を運び込まなくてはならないときだ。
 今日も彼女に頼まれて、袋を台所の食物庫に運び込む。
 虫もネズミもいない。清潔な空間で、気分がいい。
 私も自分の部屋がこのようにあってくれればいいと思うのだが、なぜかここほどは綺麗にならない。自分で掃除をしなければならないからだ。
 そんな彼女の庭を荒らす不届きものが現れた。
 飢えた盗人だ。腹が減っていたから、真っ先に台所に入った。哀れなことだ。金目のものだけ狙っていれば、無事に生きて帰ってくる保証はいくらでもあった。
 だが台所は駄目だ。そこだけは不可侵だ。
 その愚か者が、どんな末路を辿ったのかは言うまでもない。
 侵入者が入ってきた途端に、彼女は庭師になる。あるいは番兵に転身する。侵入者は首を折られた。包丁で刺すと骨に当たって刃溢れするし血が飛び散って、不衛生になるからだ。
 そういう肉の下処理をする場所は別にある。盗人は夜のうちにその部屋に運び込まれた。血抜きをして皮を剥ぎ、嫌な匂いを発しそうな内臓はあらかじめ抜いておく。そして命の核である心臓だけ、取り出して台所に戻ってくる。
 彼女が殺した人間の心臓を取り出すのは、儀式に近い。味がとりわけいいわけではないと、彼女は自分で語っていた。
 そうして真っ赤なトマトのような心臓を、包丁で切り開く。
 いつか人の死体が自分たちの食事に混ざっていたら、どうしよう。懸念はある。しかし今のところ彼女は、心臓を自分で食べたあと残りの肉は別のところに売り捌いてしまう。
 誰が買い取っているのかは聞いたことがない。人肉を欲しがるような人間のことなど知りたくないし、私は長生きしたいからだ。