望月 鏡翠
2024-02-01 21:44:43
888文字
Public 日課
 

#1253 「大河」「宝船」「お祭り」

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 大河の傍に文明は育まれる。命を与えたり気まぐれで一度に奪ったりして、やがて信仰の対象になる。それは一千年経っても変わらないまま、信仰がかつてほどの影響力を持たなくなったあとも文化をとして残っていた。
 私はそのお祭りを撮影するために、観光客としてこの国にやってきた。実際は仕事だが、就労ビザが必要ないから、分類としては観光客と変わりない。
 今や治水技術が発達して、河が命を奪うことはなくなっている。だから鎮まることを願う必要もないのだが、今となっては観光資源としての意味合いが強い。だから当地の人間でなくても参加できるし、写真をとることもできる。
 河を信仰する文化は、兎角流れに何かを流しがちだ。
 その土地のお祭りも、例によって例の如く年に一回、たくさんの神への贈り物を流す風習があった。
 一番多いのは、明かりだ。火をつけた蝋燭が中に仕込まれた船灯籠を流す。次に多いのが食べ物。特に願を掛ける用事がある金持ちは、もっと豪奢な贈り物も。下流で貧しいものがそれを拾い集めて、生活の糧にしていることは知っている。観光客ですら知っているのだから、現地の人間もわかっている。それはそれで良いのだ。河が与えた恵みであり、神に捧げた贈り物だ。
 貧しいものに施すという振る舞いが、ここでは河を介して行われる。だから金持ちは余計なものが流れに混ざってこない清潔な上流で暮らしたがるし、貧乏人は下流に行きたがる。
 この都市の文明はそういう風に回っているのだ。
 私はその、生き物のような大河の美しいどころだけを切り取って写真に納めた。
 帰ったらこれを現像して、小さな出版社に売ると現地にいったことがない人間が執筆する特集記事が組まれて、私の懐にはいくばくかの金が入る。
 そんなことを考えていたからだろうか。その晩はホテルで夢を見た。上流からゆっくりと、宝船が流れてくる夢だ。
 宝船なんて豪華なものではない。旅行のついでに得るお金としてはマシという程度の本当に微々たるお金しか入ってこないのだ。
 ただなんとなく縁起がいい気がして、嬉しかったので日記に書きつけておいた。