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ナスカ
2024-01-30 22:03:27
8102文字
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デザートローズ Ⅷ
前回の続きです。
「
……
なんだと?」
「貴方の側にいたいのです。けれど母のことも心配で、私は、私はッ
……
!」
苦しげな呼吸を繰り返し、アストルは顔を真っ青にしながら頭を抱える。
自分の中で二つの感情がぶつかり合っていた。母を今すぐにでも助けに行きたい。十数人もが寄って集って、言葉にするのも居た堪れない程の暴行が自分の母に対して加えられている。だが何故こんなことになっているのかアストルには見当もつかない。見当をつけられるほど冷静ではなかった。ただ示された現実が、今は情報のすべて。
だというのに、自分は野獣と共にいたいという願いも持っている。どの道をどう歩けば砂漠に着くか知らない以上、ここから出てしまえば戻ってこれる保証などない。助けた母と共にここへ向かおうとしても、永遠の冬に閉ざされた砂漠の入口までどうやって戻ればいいのだろうか。
「アストル、落ち着け」
野獣はアストルを抱きしめた。温かい毛皮が、その奥にある彼の体温が、内側でどうしようもなく吹き荒れていた大嵐を鎮めていく。アストルは深く息を吐き出しながら膝をがっくりと床につけ、「ありがとうございます」と野獣の腕に額をこすりつけた。
「お前は此処に戻ってこれる。だから案ずること無く、母親を救いに行け」
「どうして言い切れるのですか?」
アストルは顔を上げて野獣の目を見る。彼が嘘を言うとは思えないが、根拠を知りたくて思わず覗き込むように見つめていた。野獣は逸らすことなく、アストルを見つめ返す。
「これを持っていくのだ。お前の道標となろう」
野獣はアストルに手鏡を渡した。アストルを苦しめる痛ましい光景は消え、手鏡は本来の役割を果たしている。
「でもこれは
……
いただき物ではありませんか」
「今は我のものだ。どう扱おうが我の自由だ」
野獣はアストルを自身の腕から離した。彼の目は至って静かで穏やかで
……
どこか寂しそうだった。けれどきっと野獣はそれを指摘されるのは嫌なはず。アストルは気付かないふりをして、自ら彼の手を握った。
「とにかく行け。そんなに我の側にいたいならば、待っていてやる」
「母も本当の貴方を理解してくれるはずです。だから待っていてください」
「だと良いな。お前の母親には随分な事をしてしまった」
「私を見れば、きっとわかってくれます」
アストルは野獣を抱きしめると、足早に西の部屋から出ていった。残ったのは野獣だけ。何度かアストルを招き入れた事があるために、部屋が少しばかり広く感じられる。
寂しいのだ。アストルがこの砂漠から去ってしまうことが。
「マスター!」
アストルに代わるように、ギラヒムが顎にあたる剣先で床を跳びながらやって来た。
「先ほど、彼がここから出ていきましたが
……
進展は如何様で?」
「
……
あぁ、或れは一度此処を出ることになった」
「お召し替えを? それとも湯浴みですか?」
「いや、この砂漠から一度去るのだ」
主人の思わぬ言葉にギラヒムはギョッとした。アグニムが提案し、ユガが企画を立て、ギラヒムが演出をサポートした完璧な一連の流れだったというのに。あのハイリア人はどこまでそれを虚仮にするつもりだと頭のてっぺんまで怒りで真っ赤になりそうだ。その気配を察した野獣は「落ち着かんか」と沈みがちな声で呆れ半ばに言った。
「或れの母親が危険な状態だ。我の方から『助けに行け』と言ったのだ。そう怒ってくれるな」
「ですが
……
」
ギラヒムはチラリとガラスの中にあるデザートローズを見た。もう殆どが砂になり、花弁の形を維持している部分は僅かだ。あと三日もつかどうか怪しいところである。
「その間に、これが
……
」
「或れの母親が助かれば良い。それでアストルが喜んでくれるなら」
「しかし、しかし何故!」
ギラヒムに問われ、野獣はぼんやりと考えを巡らせる。
何故だろうか。ハイリア人は憎むべき存在だと教えられ、アストルも例外ではないと思っていた。だがそんな風に怒っていても何も解決しない。それを理解していながらも、単純な考え方に引きずられてしまっていた。野獣という動物的存在となって自分にとって、その方が楽だったのである。
しかし彼は一族の窮状に涙し、文化にも心を寄せて敬意を抱いた。国か村かの違いで、弾き出されたのは同じだと知って、自分はだいぶ人間らしい感情の機微を取り戻したような気がする。そんな中でアストルは自分より遥かに年下だと知り、彼を一族の子どもらと同列に感じるようになった。
しかし今夜は少しばかり違っていた。夜会服を纏った彼は普段よりも大人びており、まるで目線の高さが合ったような気になる。そんなアストルが心を乱され、子どものように感情を剥き出しにする姿は見ていて痛々しかった。
「わからぬ。だが、アストルが悲しむところは見たくないのだ。母親をあのままにしておけば死ぬだろう。そうすると間違いなくアストルは悲しむ。そんな子どもらを、何人と見てきたのだ」
ギラヒムはそれ以上何も意見できなかった。ユガはアストルこそが呪いを解く存在だと言っていたが、これでは脈ナシにしか思えない。主人はアストルを子どものように感じているだけなのだ。そしてアストルに至っては野獣をどう考えているかもわからない。少なくとも悪感情を抱いているようには見えなかったが、彼が主人を愛してくれるのが条件の一つ。この砂漠はもうおしまいだ。かつての姿を取り戻すことはない。
「すまぬな、ギラヒム。お前たちを元に戻してやることはできぬ。
……
そして、しばらく一人にさせてくれ」
「イエス、マイマスター」
ギラヒムはそっと主人に背を向けた。
❋❋
不思議なことに、街から少し離れたところを歩いていただけで雪景色が背後に回っていた。目の前に広がる緑の土地へ、野獣やその一族を連れていけたらどれほど良いだろうとアストルは思う。だが彼らは故郷を愛している。どれだけ過酷な環境であろうと、彼らは砂漠と共に在ったのだ。せめて『こちら側』が、彼らを受け入れることができれば良いのにと考えてしまう。
道を記憶しながらアストルは走った。道中野生馬を見つけ、大人しいと聞いているぶち模様の馬を捕まえて村まで向かう。これなら母を乗せて砂漠の街へ戻れる。
夜明けと共に湖が見えてきた。それと同時に、時間差で怒りが湧いてくる。何を理由に母は理不尽な暴行を受けなければならないのか、問いたださねばならない。丘を回り込み、ようやっと村へ辿り着いた。当然ながら村は静まり返っており、アストルは母を探す。思い出すのも辛いが、手鏡に映っていたのは村の井戸付近。そこにいるはずだ。
馬を牽きながら井戸へ向かう。盆地に位置するこの村は、早い時間だとなかなか日が差し込んでこない。だがその中でも見つけた。井戸の屋根を支える左右の柱。その片方に縛り付けられているのは、紛れもなくアストルの母であった。
「母さん!」
アストルは叫んで駆け寄るが、母はぐったりとした様子で気絶していて応えはない。顔や脚、腕に痣ができている。意識を失うまで叩かれ蹴られたのだ。この状態の母と共に極寒の砂漠へ戻るのは無理がある。まずは自宅でゆっくり休ませなければ。
母の身体を縛める縄を解こうと躍起になる。だが硬く結ばれたそれはなかなか一本に戻ってくれない。こうなったらとアストルは近くに転がっている尖った石を手に取り、プチプチと少しずつ縄を切り始めた。そこに捕まえたばかりの馬が加勢し、草を食む歯で縄を噛み千切ってくれた。柱から解放された母はアストルの方に倒れ込み、自力での移動は出来なさそうである。
「お前、頼むよ」
ぶち模様の馬はとても賢そうに体を屈めた。アストルはうつ伏せの姿勢で母を馬の背に乗せ、ずり落ちないように側で支える。そしてそのまま歩き出した。
自宅が丘の上にあるというのは、やはりひと手間である。普段は村の喧騒を気にせずにいられるが、こういった危機的な状況を前にすると家は平地にあったほうがいいように思えてならない。
などと思いながらも、アストルは手負いの母を連れて家まで辿り着いた。幸い家の外も中も荒らされた形跡はない。馬には外にいるよう伝え、アストルは母をベッドに寝かせると、傷の手当から始めた。庭にある井戸から水を汲み、バケツに満ちたそれで清潔な布を濡らし傷口を拭う。まずは傷周りの汚れを大まかに落とし、それから一つひとつ丁寧に清拭していった。
「アストル
……
?」
頭の上から声が聞こえた。まるで夢を見ているかのような声だ。アストルは顔を上げ母に抱きつく。はっきりとした感触に、息子の姿が幻ではないと気づいた母はハッと目を見開いた。
「母さん! よかった、よかった
……
」
「アストル、どうしてここにいるの
……
? どうやってあの野獣から逃げて
……
?」
アストルは首を横に振る。
「違うんだ母さん。彼が逃してくれたんだ」
「まさか」
「彼はもう前とは違う。ううん、あの人は本当はそういう方なんだよ。優しい人なんだ」
息子の言葉に母はぽかんとしながらも、けれどそれが真実なのだろうと思わずにはいられなかった。
「それより母さん、どうしてこんな目に
……
」
アストルが訊ねたが、母は「いつものと似たようなものよ」と言うだけであった。いつもの、というのはプルア女史の手伝いをしている件であろうか。それにしてはあまりにも苛烈な暴力だったではないかとアストルは思う。だが母が一向に語る素振りを見せないので、追及を避けることにした。もしかすると何か隠しているのかもしれないが、それがアストルのためだと思っている可能性もある。
「アデヤ鍋、作っている途中だったのね。時間がかなり経っていたから、野生の動物たちにあげてしまったけど
……
」
「ごめん。母さんの帰りがあまりにも遅かったから、鍋なんか作ってる場合じゃないって思って」
「いいのよ。また作りましょう」
一晩中縛り付けられていた母に「横になってて」と言い、アストルは台所を物色した。暴行された母も、雪道を進み早馬を飛ばしたアストル自身も空腹状態である。だがマトモに食べられるような食品は残っていない。自分は何日あの冬の砂漠にいたのだろう。そして母はその間、どう過ごしていたのだろう。
「母さん、食料が無いみたいだ。ねぇ、いつ帰ってきたの?」
そう訊ねた時、家の扉を思い切り蹴破る音がした。何を乱暴な、と思いアストルが玄関先へ出る。そこにいるのは、手鏡が映していた人物たち。母に暴力を加えた許されざる連中だ。彼らはアストルの在宅に驚く。
「アストル!? 戻ってきたのか!?」
「あぁ、今しがた戻ったところだ。お前たちが私の母に何をしたのか、よく知っている」
昨晩まで不在だったはずのアストルにそう言われて男たちは訝しげな顔をした。だがすぐにこちらを睨んでくる。アストルが喧嘩を売ったと思っているのだ。
ヒョロガリの自分が、同じ年齢の同性数人と取っ組み合いしたところで負けるだけ。だが今のアストルに勝敗などどうでもよかった。こいつらが何故母にあんな事をしたのか、それが知りたい。
「どういうつもりで私の母を」
「お前の母ちゃんがおかしな事を言ったのさ。長い間村を留守にしたかと思ったら、お前が野獣に攫われたと言い出したんだからな」
アストルは戦慄する。母は言ったのだ。あの砂漠のことも、意思を持った家財道具たちのことも、野獣のことも。それらから息子を助けるために協力してほしいと。事実であっても現実からあまりにも乖離している事はアストルも承知している。
そうだろうみんな! と男が振り向き、そうだそうだと同調する。見れば村中の人々が集まってアストルの家を囲んでいた。松明を持ち、睨み、蔑み、中には恐ろしげにしている者もいる。子どもを除けば村の大人がほぼ総出。これでは村どころか家からも出られない。アストルは眉間に皺を寄せて明らかに不快だという顔をした。
「だからといって、いい年した男どもが寄り集まって自分よりも弱い者に暴力を振るったのか。湖で頭を冷やしてこい」
「ならアストル、証明してみせろ。吹雪に覆われた砂漠も、野獣なんてものも、本当にいるってことをな!」
連中のゲラゲラ笑う姿に腹の底から怒りが沸いた。野獣たちがどんな思いであそこにいるのか知りもしないくせに、誰が彼らを排したのか知らないくせに。彼らの存在を知らしめてやりたくてアストルは母が横たわる部屋へ駆け込んだ。どうしたの? という母の声すら耳に入らず、手鏡を引っ掴んで玄関に駆け戻る。
「これが証拠だ、見せてやる。
……
あの人を映して」
愛しさを声に込めて、アストルは手鏡に願った。すると手鏡は恐ろしい咆哮を上げる野獣の姿を映し、玄関先の男たちは次々に腰を抜かす。それをいいことにアストルは手鏡を高々と掲げながら村人たちの前に進み出ていった。村人たちは青ざめ、恐怖し、その反応は野獣と出会ったばかりの自分を思い出す。
「野獣はいる。けれど決して恐ろしい方ではない」
「そんな姿をしているのにか!?」
「子どもたちが食べられてしまうわ!」
「見かけは怖いかもしれないが、人間を取って食いはしない。私は彼と共に過ごした。無事で帰ってきたのがその証拠だ!」
アストルは必死に声を張り上げた。だが村人の不安と恐怖は広がるばかり。
違う。違う。こんな風に思われたくて彼の存在を教えたのではない。彼を、彼の一族を、この王国で受け入れてもらえる一助になるかもと思っての行動だった。それが完全に裏目に出ている。
「あぁアストル。つまりお前はこの危険な野獣をオレたちに知らせるために戻ってきてくれたんだな?」
「何を馬鹿なことを。私は母を助けるために戻ってきたのだ」
アストルは自分でもどんどん口が悪くなっていることに気がついた。それでも止められない。これまでずっと、母の教えに従って丁寧な言葉遣いを心がけてきた。それこそ、この無理解な連中に対しても。だが最早そんな生易しいことは言っていられない。母にも野獣にも、非ぬ誤解を抱かれるのは許せなかった。
「この方は、私の大切な人だ。悪く言うのならば、私は容赦しない」
「オイオイ聞いたか? 野獣が大切なんだとよ! やっぱりこの親子、頭がイかれてら!」
抜かした腰を立て直した男が、アストルの後ろ襟を掴んで引き寄せる。こんな奴に触られて堪るかと、アストルはすぐに胸を押して抵抗した。だが男の目当てはアストルではなく、手鏡であった。
「返せ! それはあの人からいただいた
……
」
「あの『人』! 化け物相手に使う言葉とは思えねぇなぁ」
「貴様ッ
……
!!」
アストルは掴み掛かろうとしたが、首の後ろを叩かれて意識を奪われる。軽い身体は抱えられ、家の中に投げ捨てられてしまった。
❋❋
「約束通り、ヤツを閉じ込めたぜ」
ひとりになった男は物陰に声をかける。朝日が作り出す家屋の影に潜む人物は、ゆらゆらと陽炎のようでありながらもその気配は氷のように冷たい。
「ババア、最初の報酬を寄越せ」
「ふふふ、モチロンよ」
濃い色の口紅を塗りたくったブルンブルンの唇から紡がれるベッタリした印象の声。影からその腕だけが現れた。そして手にはこの国の高額通貨でギチギチパンパンに膨れ上がった革袋が握られている。
「あとは奇襲が成功したら渡すわ」
「なあ、お前誰なんだ?」
「余計な詮索はしないことね。坊やにはお金を上げる代わりに、私の思い通りに動いてもらいたいんだから」
男はチッと舌打ちをした。革袋をひったくるように受け取り、その中身を数える。
「
……
まあいいさ。こっちは金がもらえりゃそれでいいんだ」
「頼んだわよ、坊や」
❋❋
アストルは母に揺さぶられて目を覚ました。飛び起きて貼り付くように窓から外を見ると、村人たちが列を成し、夜中にアストルが辿った方角を逆行している。
「
……
野獣を殺せ、と言っているのが聞こえたわ」
母の静かな一言にアストルは真っ青になった。あの吹雪の中を乗り越えられるとは思えないが、数撃ちゃ当たるとも言う。百数人もいれば、数人は街まで辿り着くだろう。そして自分を殺しかけた砂の亡者ももう存在しない。彼が成仏を願ったからだ。
「そんな! あぁ、あの人に知らせなきゃ!」
「アストル、どうしてそんなに必死なの?」
時間はあまりない。だが母には話すべきだろう。自分に起きた、大きな変化を。
「母さん、驚くかもしれない。でも僕
……
あの人が
……
野獣が
……
大切なんだ」
母は目を丸くした。当然の反応だとアストルもわかっている。凶暴で恐ろしい野獣に対して、何をどうすればそんな気持ちになるのか。母の知る野獣とは、その姿が全てだから仕方がない。
「彼は、本当は自分の民のために戦った方だったんだ。砂漠を出て、ハイラルの土地で生きたかっただけだったんだよ。でも僕らハイリア人が先に彼らを拒絶した。だから彼は怒って、戦いを仕掛けて、それで
……
!」
まだ話したいことはあった。けれど母に抱きしめられてそれは止まってしまった。
「わかったわ、アストル」
「母さん、僕、まだ何も」
「いいえ」
母が首を横に振ったのがわかった。どことなく嬉しそうにしている様子に、アストルは自分の思いが母に見通されていたと気づく。
「彼のこと、愛しているのね」
「ッ
……
!」
息子がビクリとしたので、母はクスクス笑って「わかりやすいわねぇ」と言った。
「ちゃんと伝えたの?」
「ううん、まだ
……
。だって、あの人はハイリア人を憎んでいる。そんなこと伝えても
……
」
母は俯くアストルを離し、そっくりな白く細い指でペチンと額を弾いた。珍しく母は口をムッと曲げている。
「黙っていては届かないものよ。想いを伝えて、少しずつでもいいの」
「母さん
……
」
「アストルが彼を好きだってこと、顔からも言葉からも十分伝わったわ」
アストルの胸にフワリと自信が花開く。一度戻って来てよかった。そうしなければ、自分はずっと伝えないままだったかもしれない。愛されなくてもいいという言い訳の元に、野獣からの拒絶を恐れていたのだ。
「早く行きなさい
……
と言いたいところだけど
……
」
母はチラリと窓の外を見る。残念なことに、家は見張りで包囲されていた。外に出ようとすればたちまち室内に押し込められるだろう。
「ここからどう出るかが問題ね
……
」
腕っぷしは親子二人してからっきしなのでどうするべきか。馬に暴れてもらうか。けれど無用に捕まえたての馬を傷つけたくはない。
どうにか出来ないものかと考えていると、聞いたこともない音が空気を轟かせてこの家に続く丘を駆け上がってきた。見かけは馬と騎手といったところだが、馬が生物ではない。そしてそれに乗っているのはプルアだ。
「お、おいシーカー族! 何しに来た!」
「アンタたちこそ、人んちの前で何やってんのよ! この!」
プルアは普段から持ち歩いている短い杖のようなものを振り回し、更には片足を軸にしてヒールを顔面にお見舞いしてやった。あっという間に全員片付けたプルアが家の中へ飛び込んでくる。ハァハァ息を切らして、どこからか急いでここまで飛ばしてきたのだ。
「アストル君! ちょっとどうなってるの!? なんで魔王が
……
」
「魔王、って
……
?」
「あの本! 渡したでしょ! 砂漠の王が、この国に攻めてきて魔王になったって話!」
プルアはアレコレと説明してくれているようだが、アストルは何を言われているのかまるでわからない。困惑している自分に母が助け舟を出す。ソソソと息子は背中を押され、玄関先へと突き出された。
「プルアさん、息子はこれから大事な用があるので私が話をお聞きしますわ」
「あっ、ちょっとアスママ!」
「ほらアストル、早く行きなさい!」
プルアには申し訳ないが、野獣たちに危険が迫っている。アストルはすぐさま馬にまたがり、一晩かけて来た道を引き返していった。
続く
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