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いを
2024-01-28 17:37:32
2123文字
Public
ブツメツフツマ
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この栞も失くしてしまう
無告。
・(少しだけ)公紲さん【higasa_onink】
お借りしています。
すべて知ってしまう。
すべて、知られてしまう。
そしておそらく彼は押してしまうのだろう。無告が知る公紲ならば。
点在するさまざまな形のスイッチ。ためらう生徒や教師。
「
……
」
無告はこの状況を見て確かに危機感を感じている。それは間違いない。学園側が必死に隠し通してきたものが、今や白日の下にさらされているのだ。
人の口に戸は立てられぬものとはいうが、このようなことで開かれてしまうとは思ってもみなかった。
――
悪質かといえば悪質か。
ギシリと左手にかけた数珠が軋んだ音をたてた。
私はなぜ、祓魔師になったのだろう。時折、そう考えることがある。
守りたかったのか。名も知らぬ誰かを。
けれど守りたいなどという前に、私という存在はそんな高尚なものではない。
ひとつ
秘密
・・
をもらせば誰もが眉をひそめるだろう。そのようなことを、私はしてきたのだ。今さら知られても自業自得というものか。
守りたいという気持ちはある。だがそれを素直に呑み込むには年齢を重ねすぎた。
靴を見下ろす。
無告には、無告自身には、何もない。空っぽのままだ。
倫理を説いてなにになるのだろう。
それでも無告は曲がりなりにも非常勤講師だ。学ばなければいけない彼らがいるのなら、説かなければならない。
――
苦痛、ではない。
ただ説くたびにもうひとりの自分が教室の角に佇み、その目が教鞭を執る自分を睨んでいるような幻覚を見る。
幻覚だ。
ただの。
それを自覚している。
自覚してなお怖れている。
こんな、三十代の半ばをすぎた自分がこんなことを思うなど。その幼さゆえにすこし混乱した。
今はこんなことを考えている場合ではない。
彼を
――
公紲を探さなければ。
壁に手をあてて、わずかに目眩がする頭を手で支える。
廊下のあちこちに人間の身体が横たわっていた。息はある。
――
が、彼らがいつまで「無事」といえるのか、無告には分からない。
時間がたてばたつほど危ないのは分かっている。だからこそおそらく今、自分は焦っているのだと思う。
動かなかったものが動いたような感覚。
危険だ、という意思表示。
頭の中でうるさいほどにコールが鳴る。まるで、誰もいない部屋のドアを激しく叩かれるような。
「!」
さっと薄い紫色の髪の毛が見えた。
藤の花のような色を、無告は何度も見てきた。
「こ、
……
隠岐路さん!」
思わず昔馴染んでいた名前を叫びそうになった。けれど今、ここは「学園」だ。履き違えてはいけない。
リノリウムの廊下を走る音が聞こえてくる。
無告がそのあとを追う。
学園の廊下を走ったことなど今までなかった、と気づきもせずに。
曲がり角を曲がると、5メートルほど向こうに公紲の姿があった。
白い首が動く。
彼は、無告を見た。
「隠岐路さん、いけません!」
彼の指は、ためらいなくスイッチを押した。
直後、公紲の身体が崩れ落ちる。
「隠岐路さん!」
足がもつれながら前に出た。まだ若ければ、きっと足はすんなりと前に出ただろう。
どうにか完全に床に叩きつけられる前に公紲の身体を抱き留められた。
「
……
」
対処法はしっている。
壁にへばりついているスイッチを見上げた。押さない、という選択肢などどこにもない。
無告が抱えている「秘密」を知って、彼ははたして今までどおりに接してくれるのか。そう、けれどこれは自業自得だ。
それでも彼を助けなければいけない。
義務だ。これは。
無告自身の意思で押したことを後悔しない。たとえ、公紲が無告に嫌悪をあらわしても。
公紲が押したスイッチに指を向けて、押し込んだ。
死への絶望なしに、生きることへの愛はありえない。
今こうやって生きていることは奇跡であるから、感謝しなければならない。
私はそう嘯いてきた。
生きていること自体を悲しいと思うことなど、誰しもあるだろう。
それでも生きていかなければならない。
だから私は祓魔師になった。自ら生き、そして立派に死んでいくために。
誰かの命を、すくえるはずだった命を助けたかったから。
「私」がどれほど嫌な人間でも、どれだけクズでも、守りたいという思いは確かだった。
今は高尚でなくてもいい。そう思っている。たぶん、焦っているのだろう。自分自身が思っているよりも、ずっと。
すくえるはずだったのだ。
3人もの命を、私はすくえなかった。
これ以上、取りこぼしてなるものか。私の命をもってしても、救ってみせる。必ず。もう失わせない。損なわせない。
ほんの少し、夢を見ていた気がする。
目を開いて状況を確認する。がらんとした空間だった。書き殴られた文字を読む時間などない。
――
公紲は、ぼんやりと床に坐っていた。
壁一面に書かれたこの学園の「秘密」。そして中に紛れているであろう、無告の「秘密」。
今、そんなことはどうだってよかった。
はやくここから出なければふたりとも、七億不思議に堕ちる。
「公紲くん」
無告が呟いた名前に反応して、公紲はゆっくりと振り返った。
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