煙草の煙をくゆらせながら一人、カウンター席に座っていた。『Bar Polaris』の常連客である永田にとってはいつもの席だ。今日の客は少なく、カウンターは永田が独占していた。マスターがグラスを磨きながら話しかけてくる。
「永田さん、今日お誕生日おめでとうございます」
「……あー、そうだっけか。よく覚えてんなマスター」
「それなりに長い付き合いですからね」
「それもそうか」
「最近、仕事の方はどうですか?」
「ま、ぼちぼちだな」
「……すっかり立派な"情報屋さん"ですね」
懐かしむような声色に永田はけらけらと笑った。
「またまた、あんたには敵わねえよ」
『Bar Polaris』は永田が仕事の話でも使うことがあるだけあり、マスターはただのバーテンダーではない。裏社会にも精通している人間だ。それどころか、情報屋としての永田を育てたのは彼だと言っても過言ではなかった。
*
十代半ば頃、"情報"というモノに金銭以上の価値を見出し始めていた。個人情報、好きな食べ物、弱み、何でもいい。どんな些細なことでも武器になるのだ。実体はなく、取り扱いは難しい。駆け引きだって重要になる。だからこそ、価値あるものでもあるのだが。それを使えば教団の中でも上手く立ち回れるようになるのではないか、下っ端のような扱いを受けなくてもよくなるのではないかと淡い期待も抱いていた。
あの頃はまだ若かった。完全に自業自得ではあったが、とある取引に失敗し、殴られ蹴られ店の前に捨てられていた。殺されなかっただけマシだったような気がする。そんな時に店から出てきて声をかけてきたのがマスターだった。
「君、大丈夫ですか?」
そんな問いに答える余裕なんてなかった。マスターは俺を店の中に入れるとカウンター席に座らせた。ホットワインを出してゆっくりじっくりと根気強く話を聞いてくれた。普段不用意なことを口にしないように心がけている俺ですら、気づけば身の上話を語っていた。マスターは人の話を聞くのが、情報を聞き出すのがとんでもなく上手かったのだ。
「……あんた、俺に教えてくれねえか」
マスターは少し驚いた顔をした後、優しく微笑んで頷いた。彼はよく「本を読んで知識をつけるといい」と言った。そうして彼のツテで編集者としての仕事を紹介してもらい昼間はそこで働き活字に揉まれ、夜は『Bar Polaris』でバイトをしながらマスターの人心掌握術を学んだ。──そんなわけで優秀な編集と情報屋さんの誕生である。
*
「ああ、そういえばこれからお客様が二名、お見えになります。貸し切りで」
「お、そうか。じゃあ俺はそろそろ帰っ──」
「帰らないでくださいよ、あなた今日の主役なんですから」
席を立とうとする永田にマスターが釘を刺す。
「……え、マジ?」
なんとなく状況を理解し座り直す。頭に思い浮かぶのは慣れ親しんだ殺し屋と作家の顔。
客の来店を告げるベルが鳴った。
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