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namaeggg
2023-10-09 09:43:45
4225文字
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アークナイツ
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風来坊
ホシグマとズィマーとバイクのお話。
エンジンの嘶きがけたたましく荒野に響く。
めまぐるしく発展を遂げた移動都市を抜け出せば、荒涼たる地平が果てしなく続いていた。天蓋を穿たんとする巨大な源石を遙かに望みながら、一台のオフロードが砂埃を巻き上げ、道なき道を疾駆していく。
天災から逃れるため移動都市という利器を獲得した今日においても、移動手段は陸路が基本だ。航空ユニットの実用は未だ限られており、龍門とドッソレスという、大地を横断するような旅を車で敢行したことは記憶に新しい。代わり映えのしない風景を眺めているうちに、緑髪を靡かせた鬼は自然と道中の出来事を思い返していた。やれ腰が痛いやら退屈で死にそうやらと、同行者が漏らす不平不満をぱんぱんに車内に詰め込んでようやく辿り着いた、享楽の都市での忘れがたい思い出。
強行軍といってもいい日程のおかげで貯まりに貯まっていた有給休暇をほとんど消化する羽目となり、組織再編できりきり舞いになっている副隊長に代わって職務を果たすべく、一人ロドス艦へと出向いている。
拓けた大地で陽射しは遮られることなく降り注ぎ、砂の粒がバイザーをコツコツと小さく叩く。悪路で絶えず振動が全身へと伝う。およそ快適とは言い難いが、それでも鬼はこの旅路にバイクを選んだ。
――
あの人も、こんな気持ちだったのだろうか。
浮かんだ感傷はすぐに後方へと押し流されていく。
あの日、一陣の風が龍門を去っていくのを、鬼は見送った。
近衛局とロドスとの協力関係は続いている。ヴィクトリアで起こった動乱の余波はテラ全土へと波及し、龍門もまたヴィクトリア軍人の保護を契機に渦中へと巻き込まれていた。故に、これまで以上に緊密な連携が欠かせない。チェルノボーグでの一件以来、近衛局はもうロドスという一企業を評価していた。
会合を終えドクターの執務室に立ち寄ったのち、さてどうしようかと思案する。めぼしい人物はヴィクトリアへと発っている。明朝の出立までには充分に時間があった。ここで知り合った酒飲みに声をかけるのもいい。艦内には移動都市にある店と遜色ないバーがある。確かそこでラファエラという
――
とそこで一度思考を止め、ホシグマは静かに首を振った。チェンのことしか興味がないとお嬢様に指摘されたのは、そう遠くない記憶だ。己の重篤さに呆れながら、繰り出す足は車庫へと向かっている。バーに行くその前に、酷使したバイクの整備をしようと鬼はすでに決めていた。
搬入口で作業をしていた職員に声をかけ、ガレージへと突き進む。走行中の内部に人気はなく、大股で闊歩する足音だけがコツコツと空洞に反響した。ぼんやりと帰路に思案を巡らせていると、まばらに停車された車両の間に人影が落ちているのが見えた。種族にしてウルサスの少女が足を広げてしゃがみ込んでいる。しげしげと熱心に眺めているそれは、果たして自分の愛車に違いなかった。
「バイク、気になるのか?」
ホシグマの足が止まったことに気づいたのか、少女はのっそりと立ち上がり、やっと顔を向けた。
「これ、オマエのか?」
「ああ、そうだ」
首肯しながら、ホシグマは含意を探るようにさりげなく少女を観察した。敵意は感じないが、赤いメッシュの入った髪型に体格よりも一回り大きなコートを羽織り体を大きく見せ、威圧的な雰囲気を纏っている。長躯の鬼と相対しても物怖じせず傲岸な言動を貫いているところを見るに、かつての自分に通ずる部分がある。と、視線を制服に移したところで通行認証がぶら下がっていることに気づいた。
「これは失礼。ロドスのオペレーターでしたか」
保護された学生と思われたウルサスは、面識はなかったがここでは同輩の前線オペレーターだったらしい。ホシグマが慇懃に態度を改めれば、彼女は不快そうに相貌を歪めた。
「やめろよ。アタシはそんなの気にしちゃいねぇんだ」
アンタからすりゃガキなのは事実だ。
拗ねたように少女はそっぽを向く。
「では、お言葉に甘えるとしよう」
思いがけず殊勝な態度に、ホシグマは肩透かしを食らった気分になった。反骨的な目つきをしているが、その実、彼女は身の程を弁えている。それは生来より培った嗅覚によるものなのか、あるいはもっと単純な、他人のものを不躾に眺めていたばつの悪さによるものなのかは判断しかねた。
年頃の娘は扱いが難しい。内心苦笑していると、少女は再びバイクに視線を戻した。
「
……
かっけえな」
呟くように漏れた言葉には素直な響きがあった。
「そうだろう? オフロードは久々だったが、なかなか悪くはない。少しじゃじゃ馬なところはあるが、上手く手綱を引いてやれば荒野では頼もしく応えてくれる」
「ふぅん
……
」
褒められて別段悪い気はしない。ホシグマの饒舌な説明に分かっているのかいないのか彼女はそぞろな返事を寄越したが、それでも車体に注がれる眼差しにはどこか羨望にも似た色があった。
彼女の一連の態度に合点がいった鬼は、続けた。
「跨がってみるか?」
瞬間、栗色の髪を揺らして少女が弾けるように振り返る。
「マジか。いいのか?」
「ああ、構わんさ」
やった、と不愛想だった少女は幾分口元を緩め、小さく本音を零した。湖面のように澄んだ青い瞳には憧憬がありありと浮かんでいる。
促すように顎を小さく上げれば、恐る恐るといった様子で彼女はハンドルに手をかける。片足を上げたところで小柄な少女は
――
ホシグマと並べば大抵の女性は小柄に該当するだろう
――
すんなりと跨げないことを悟ったのか、体勢を整えた。
「手伝うか?」
「馬鹿にすんな。これくらい
――
よっと!」
ハンドルを握る手に力を込めた彼女は、今一度強く地面を蹴り上げた。なるほど、前線オペレーターとしての身体能力は本物に違いない。軽やかに乗った少女の体重を受け止めて、シートがきゅうと窮屈そうに唸った。
「はは、足届かねえ」
「届かないのも無理はない。車高の低い車種もたくさんあるぞ。クルーザーとかどうだ? お前に似合いそうだ」
「そうか?」
「お前は乗らないのか?」
何とはなしに尋ねると、照れくさそうに足をぶらぶらさせていた少女が不意に豆鉄砲を食ったような顔になった。
「アタシが?」
何かおかしなことでも口に出しただろうか。さっぱり心当たりが見つからず首を捻れば、少女は気まずそうに切り出した。
「アタシは
……
免許、持ってねぇし」
「ロドスでは取れないのか?」
「いや
……
」
ウルサスは口ごもる。
ロドスがただの製薬会社とも思えない。現にこうして龍門という一都市と協定を締結し、戦闘部隊まで派遣できるのだ。優秀な医療スタッフが何名も常勤しているし、制服姿である以上、彼女はここで学業を修めているのかもしれない。訓練場や食堂、バーさえも備わっているのだ。この巨大な陸上艦は規模こそ移動都市と異なれど、生活拠点としては一つの街に匹敵するほどの設備が整っているとホシグマは肌身で感じていた。ならばこそ、運転免許またはそれに類するものだって取得できるはずだ。
「わかんねぇけどさ。たぶん、取れんだろうけど」
つうか、もしかしたら免許なんてもん、他の都市じゃいらねぇのかも知んねえけど。
「別に、ここにいたら必要ねえ、だろ?」
先ほどまでの気勢がみるみると萎んでいき、まるで親の顔色を窺うみたいに彼女はちらと目を上げた。
確かに、この陸上艦にいる間は移動の心配はない。ロドスに従事していれば目的地は常に誰かに委ねられていて、向かう先には仕事がある。食い逸れる心配もないし、生きていくだけならば不足はない。
だが。
「走る理由なんて、何だっていいだろう?」
心の渇きを満たすには、少し足りない。
「こいつはただ移動するだけの道具じゃない。格好いいからでも、スピードを感じたいからでも、何だって理由になり得る」
ホシグマは回り込み、愛車に手を置いた。細身な車体は砂埃を被って、細かな傷が新たに付いている。荒野をともに走った、相棒だ。燃料タンクをさすり、湧き上がる愛着心に目を細める。
「バイクはいい。風になれる」
「風に、なる」
ウルサスが復唱する。
そうだ、と鬼が頷く。
「過去に囚われるばかりでは、見えなくなるものもある」
何もかも捨て去るつもりはない。それどころか、捨てられずに未練は貯まっていく一方だ。借りたまま返す当てがなくなった漫画本や煙草。相手に勝手に託していた、希望。長命を生きるということは、がんじがらめになった執心を根気よく解く作業によく似る。
ふぅ、と紫煙を吐き出すように、細く息を吐いた。
「一時、心の荷物を下ろして、風になるんだ。すっきりするぞ」
「それじゃあ、何も解決できねぇだろ?」
「それでいい」
少女が訝しそうに眉を寄せるのを鬼は笑った。
喧噪も、悩みも。いったん足下に置いて、その瞬間だけ風になればいい。スピードに身を委ねれば、頭の中を占めていた迷いから切り離されて、剥き出しの自分になる。すべてが過去になり、目の前の明日が今になる。ただそこにあるだけの、今が整理されて自分が何者であるかを自覚できる。なすべきことが少しずつ、分かるようになる。
「っと、語りすぎましたね。つまらない話です」
熱を帯び始めた語り口を、ホシグマは切り上げる。黙って話を聞いていたウルサスはバイクから飛び降りた。
「なぁ、オマエ。えっと
……
」
「ホシグマだ。お前は何という」
「アタシはズィマーだ。ここでは、そう名乗ってる」
バイクに目を向ける。
「アタシでも、乗れると思うか?」
「それは自分次第だな。ズィマーは乗りたいか?」
暫時考え込むように俯いていたかと思うと、彼女は顔を上げた。
「もし、アタシが免許取ったらさ、」
「ああ」
――
アタシのバイク、見てくれねぇ?
【後日 ロドス・アイランド、食堂】
「
――
ねぇ、ホシグマ」
食堂で向かい合って食事を取っていると、もう我慢ならないといわんばかりに音を立てて食器を置き、フェリーンが口を開いた。
「なんでしょう、お嬢様」
「さっきからアンタの後ろでうろちょろしてるウルサス人の子がいるんだけど
……
ロドスでも舎弟を作ったわけ?」
「はい?」
振り返ると、バイクのカタログを後ろ手に持った、ズィマーがいた。
END.
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