namaeggg
2023-03-29 22:54:25
2629文字
Public アークナイツ
 

ロストワ

保全駐在で急に出てきたロサの新情報に混乱して手につかなくなったので書きました。多分な捏造注意。ズィマーも出てきます。

 最初に連絡があったのは、ロドスに保護されてから数ヶ月経った時のことだった。
 ロサは始めに、どうして自分の居場所が判明したのだろうと思った。それから、自分の家名なのになぜ漠然とした感覚で居られるのだろうと思う。
 ロストフ実業。かつてその名の通りロストフ家が手がけていた事業のひとつであり、いずれ自分が受け継ぐはずの資産だった。それも、もう過去の話だけれど。
 あの日、ロストフ家はチェルノボーグの崩壊と共に炎の中に没した。それは多くのウルサス人が認識するところで、今更次期後継者を表明しウルサスの火種を大きくしようとは少しも考えていなかった。それどころかロサは「貴族のプライド」を誰よりも理解し誇り高く遂行していた一方で、貴族同士の争いをくだらないとドライに捉えていた節さえあった。平民から搾取した富を着飾り、利益のために愛嬌を振りまき、権力を掌握するために他家を牽制する貴族の利己的な側面は、没落した今となっては薄ら寒いものだったとロドスに来て実感している。
 散り散りになったロストフの人間が動乱後にどうなったのか、新しい環境に順応することに手一杯で一時も考える余裕はなかった。だが、ロサにはひとつだけ確信があった。いくつかの貴族があの動乱を予見して逃げ出していく中で、それを察知していながらロストフ伯爵は自らの判断であの都市に留まったのだ。
 貴族とは常に高潔であるべきだ。たとえ死ぬ時でも。ロストフ伯爵は常日頃から「傑作」たる娘にそう教え込んだ。だからロサも自死を思いついては、さまざまな方法を模索したのだ。結局、死に方を考えること自体が染み付いた貴族思想に基づくものだと自嘲し、ついぞ実行はされなかったが。

 ロストフ実業と何度目かのやり取りののちに、しばらくして手紙が届いた。ロサはそれを持て余しながら、どうしたものかと悩んだ。自室で冷え切った紅茶に口を付けようとしては、代わりに重々しい溜息が琥珀色の水面に触れて細波を作っていく。
 そんな、タイミングだった。
「破ってやろうか?」
 不意に、ズィマーの低い声がロサの耳に届いた。
「えっ?」
 いつものようにアポイントもなしに訪れた彼女は、我が物顔で持ち込んだ本に目を落としていたにも関わらず、ロサの様子をつぶさに伺っていたらしい。
 敵意を潜ませた赤い瞳孔がまっすぐと手紙に注がれていた。あんまり唐突だったから、ロサは少しまごついた。
……この手紙がどういうものか知ってるの?」
「知るかよ」ズィマーは吐き捨てた。「ただオマエがそういう顔をしてるってことは、どうせロクな内容じゃねえんだろ?」
……どういう顔してたかしら?」
 ロサはおずおずと尋ねた。体裁を保つのは貴族の子女として得意なはずで、ロサは少し不安になる。それを目ざとく見つけたのか、それとも本性を見抜いたのかはわからない。ただ、飾り気なく言い放たれた言葉がすっと胸に浸透した。
「貴族っぽくねえ顔。」
 ロサは目を見開いた。貴族の皮が剥がれている、と。それは以前、貴族は常に平静を取り繕わねばならないという話をしたことを、ズィマーが覚えているということになる。
 ロサは観念して、手にしたままのカップをソーサーに戻した。カタリと硬質に響く音が、二人の間の沈黙を埋めた。
「家の、事業のために私からロドスに紹介してくれないかってお願いがあったの」
「オマエんとこの……って」
 ズィマーはすぐに見当がついたようだった。ロサは頷く。
「ええ。ロストフ家が所有する廃棄された移動式採鉱プラットフォームを再利用したいんですって。それで、ロドスに区画の清掃作業を委託できないかって。――私はもう、ロサなのにね」
 やりきれなくなって、最後には自嘲が漏れた。
 ナターリアはあの日、露と消えた。それでも過去は消えることなく青い血のままこの体を循環し生かし続けている。白い皮膚の内側でどくどくと脈動するたび、自分が高潔でないことを突きつけてくる。この血にはまだ利用価値があると思い知らされているようで、一瞬だけ、嫌気が差した。負うべき罪とは別に、それが本心なのだとロサは気づいた。冷静ではいられそうになくて、切り替えるように息を吐く。
「でもあなたにそう言ってもらえて、少し気が楽になったわ」
 ロサの話を黙って聞いていたズィマーが目を丸くした。それから、彼女はつまらなそうにフンと顔を背けた。
 手紙を破ったところで、実際のところはなんの解決にもならない。それでも、本来思慮深いはずの彼女が理由も聞かずにそうしようとしてくれる。ロサは笑った。自分たちの抱える問題は、やはり互いが解決できるわけではない。それでも、彼女の実直さはどうしてか胸にかかる靄を晴らしてくれるだけの力があるのだ。
 視線に耐えきれなくなったズィマーがわざとらしく咳払いをして、尋ねた。
「それで、オマエはどうするつもりだ?」
「本当は、どう断ろうかと考えていたのよ。だって私はロドスで保護されている一介の学生にすぎないでしょう?」
「一介の学生がでけえ武器持って戦場に出たりしねぇと思うけどな」
 ズィマーが軽口を叩く。もう、とロサが膨れる。
「それはあなただって同じよ。だけど、そうね。向こうがその気ならば、こちらも利用する手立てはあるでしょう?」
 意図がわからず、ズィマーは訝しげに眉根を寄せた。
「ロドスにはウルサスとのパイプがないと支援部にいた頃に聞いたことがあるわ。それならば、「ロストフ」にその役割を担ってもらいましょう。そう、それがいいわ!」
「お、おう……?」
 ロサの気勢についていけずにたじろいでいると、今度は急に立ち上がった。
「そうとなれば、善は急げね」
「お、おい! アタシまだ飲み終わってねぇんだけど?」
「あなたはゆっくりしてていいわ。私はちょっとドクターに相談してくるわね」
 そう言って、嵐のように部屋を出ていってしまった。

 ロサの部屋に一人取り残されたズィマーはしばらく呆然と固まっていたけれど、そのうち思い出したように紅茶に口付ける。勝手に用意した紅茶の味は、その分量もずいぶん慣れたようで、なに、特段悪くはない。そう、悪いことは何もないのだと思わせてくれる。
……なんであんなに急いでんだか」
 呆れたように動かした口の端が持ち上がっていることに、ズィマー自身も気づかないフリをした。



 end.