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namaeggg
2022-08-13 07:35:26
6023文字
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アークナイツ
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恋愛小説
ズィマーとイースチナ。百合。イースチナの秘録後ですがネタバレは含みません。
ソニア、セックスしましょう。
ドスン、と。分厚い辞書が落下したかのような鈍い音が直後に響く。
三人きりのちっぽけな宿舎。ソファに腰掛け、日付が変わるまでの時間を一緒に寛いでいたはずの彼女が、本を持ったまま器用に前方へと転がっていくのが視界に入った。
「綺麗な前転。」
「おい、今、なんつった?」
私の感嘆を無視して、ソニアはぶつけた頭頂部を押さえながら慎重に尋ねてくる。仕方ないので、もう一度。
「ですから、セッ」
「はあああああああああ!?」
素っ頓狂な声に今度は遮られてしまった。飛び跳ねるように起き上がった彼女に、私は慌ててシーっと人差し指を唇に当てる。
「そんなに大声を出さないでください。ラーダが起きてしまいますよ」
「誰のせいだよ
……
」
恨めしそうにソニアがぼやく。
ロドスに保護されてまだ間もない頃は、よくラーダを挟んで川の字になり、三人で長い夜をやり過ごしていた。借りてきた寝具を三組並べると、あっという間にリビングが埋まった。宿舎は手狭だけど、ここでの生活に不満はない。残った食糧の数を数えては途方に暮れることも、ましてや固い床の上で息を潜めて朝を待つ必要もないから。命が脅かされる心配はないのだと少しずつ信用を置くようになって、私たちはようやく各々の部屋で眠れるようになった。
やっと手に入れた安息。貴重な安眠を邪魔したくはなかった。
「まぁまぁ、とりあえず座ってください」
「いや、なんでオマエそんなに冷静なんだよ
……
」
ぶつくさと文句を垂れながらも、ソニアは素直に隣に腰を下ろす。
「てか、なんで急にそんなことを言い出すんだ」
なんで、と言われましても。
小首を傾げると、注意深く気色を伺っていたソニアが「ほらな」と軽い調子で笑い飛ばした。
「オマエもよくわかってねぇんだろ。滅多なこと口にすんな」
そう言って、大きな手がぽんぽんと優しく私の頭を叩く。温かくて心地良いリズムにうやむやになりかけるけれど、なんとか振り解きもう一度問いかける。
「そもそも理由なんて要るんでしょうか?」
瞬間、彼女はピクリと硬直した。それから、噛み合わせの悪いゼンマイのごとくギギギと首を回してこちらを向いたかと思うと、目を大きく見開いてウルサス式驚嘆の声を上げた。それはもう、小声で。
「いや要るだろ、めちゃくちゃ要るだろ!」
「例えばどんなです?」
「どんな、ってそりゃあ、オマエ
……
」
「好き合っていれば、自ずとそうなるものなんでしょうか?」
「そう、なんじゃねえ、の?」
返答に窮したのか、みるみる語気が萎んでいく。
「気持ちがいいものなんでしょうか?」
「しっ知らねえよ、んなこと」
「
……
プッ」
慌てふためく彼女に思わず噴き出してしまうと、赤い顔で睨まれた。
「笑うんじゃねえよ。アタシのこと揶揄ってんのか?」
「すみません。でもあなたが純情なのはよくわかりました」
「うるせえなぁ。大体なんでこんな話になってんだ
……
」
ボソボソと呟き、そっぽを向いてしまう。少々意地悪をしすぎたかもしれない。赤茶けた髪の隙間から覗いた首筋は彼女のトレードマークと同じ色に染まっていた。
「そんな雰囲気だったから、ではだめでしょうか?」
「
……
は?」
狭いソファで肩をくっつけて並び、微かに伝わる隣人の律動を感じながらゆったりと本を読んで過ごす時間は心地よかった。活字がぼやけ始めて小さくあくびを噛み殺していると、「寝るか?」と優しげな声音がふわりと頭の上に降ってきて、いつでも甘美な眠気へと私を誘う。その時の柔和な表情は、日頃冬将軍として身に纏っている粗暴さしか知らなければきっと驚くだろう。
「その本、どう思いました?」
ソニアが握ったままのハードカバーに視線を落として、私は尋ねる。急な転換についていけないのか、彼女は訝しそうに眉を寄せた。
「なんだよ、急に」
「前に言いましたよね、小説なんて読んだらすぐに頭から消えてしまうと。ならば、今ならまだ覚えているでしょう?」
「別に、ただの小説だろ。よくある話だ」
ぶっきらぼうに答えながら、気まずそうに表紙から目を逸らす。その態度は明白で、彼女の手ごと本の上に手を重ねると肩がぴくりと跳ねた。
「ええ、ありふれた物語です。恋愛の」
「
……
」
ソニアはもう、押し黙った。
なぜ内容を知っているかといえば、当然私が先に読んでいるから。
彼女は自分の趣味の雑誌類以外、基本的に私が読んでいたものを分別なく借りる。推理小説や歴史書、戦争論に至るまで。それらはたいてい私の関心事の分野ではあったけれど、今回はちょっとした思いつきで一度読んだことのあるリターニアの古典文学を手に取った。今となってはもう手垢のついた展開に、歯の浮くような詩的な言い回し。それでも、次に彼女が読むはずだという幼稚な打算と、どんな反応を示すだろうという尽きない探究心が私を性急に動かしていた。
ソニアのことを、私はもっと知りたい。
「それに、好き合っていることが重要ならば、私は好きですよ。ソニアのこと」
「あっアタシだって別にアンナのこと嫌いじゃねえ、けどよ、そういう、アレじゃねえだろ?」
忙しなく泳がせていた目が、同意を求めるようにぎこちなく私を窺う。
「だいたいオマエ、その、したことあんのかよ」
「いえ、ないですけど」
ねぇのかよ。と彼女は勢いよく背もたれに埋もれて脱力した。盛大に吐き出されたため息の中には安堵の色が滲んでいる。何をそんなに心配してくれているのか、私には不思議だった。
だって私たちは、もう。
「だったら尚更やめとけって。もうこの話は
――
」
「いいじゃないですか。どうせこの体はもう、」
清らかではありませんし。
そう言い切ると、空気がガラリと一変した。
「
……
あ?」
赤い眼光が浅ましい私の正体をまっすぐに貫いて、肌がひりつくほどの威圧感が全身を襲う。
「アンナ、何が言いたいんだよ」
ソニアを煽るのは簡単だった。あの日のことを示唆するだけで、すぐに余裕のない表情になる。
世の中には不純な動機がいくらでも存在しているというのに、ソニアは純然な理由が必要だと言った。ならば、無垢ではいられなくなった私たちの関係は一体何と呼べばいいのだろう。不自然に空いてしまった距離を埋められないまま、同じ場所で足踏みをして停滞し続けている。
「言いたいことがあんなら
――
」
ソニアがにじり寄る。その迫力に声が震えてしまわないよう息を吸い、吐く。
「言いたいことがあるのは、あなたの方じゃないんですか?」
彼女が一瞬、面食らったように息を呑んだ。
「
……
なんの、ことだ」
「だって、ソニア。あの日から全然、私のこと見てくれないじゃないですか」
私に対して、ソニアが何かやましいことを抱えているのはわかっていた。そしてそれは、全部自分のせいだと背負い込んでしまっていることも。
でもソニアはたぶん知らない。あの惨劇で極限まで追い詰められた私たちは、みんな人として犯してはならない一線をとうに超えてしまっていることを。運よく生還しただなんて評されることもあるけれど、決してそうではなかった。ただ持ち得る知識をかき集めて、生存するための手段を行使して、チェルノボーグから生き残るべくして生き延びた、その結果がここに存在しているだけ。
なのに、彼女はずっと自分一人が悪いみたいな顔をしていた。私を見て、不意に取り返しのつかないことをしてしまったかのような顔を作る。そんなのはもう、やめてほしかった。ソニアがなかなか寝付けないことも、夜中にこっそり宿舎を抜け出していることも、とっくに気づいていた。
「清らかでないのは、私もあなたも同じです。だったらもう、いいじゃないですか」
しばらくの間、ソニアは黙りこくったままだった。気勢の激しさはすっかり消え失せて、俯く。
やがて、呻きにも似た声がポツリと落ちた。
「わかんねぇよ、アンナの考えてること」
私だってソニアのこと、わかったためしがない。昔から何となく近くて、遠い存在だった。どうやって友達になったのかも正直よく覚えていない。ただ家が近所だった頃、読書で部屋に篭りがちだった私を引っ張り出して、外を駆け回る彼女の背中を眺めたり追いかけたりして遊んでいたことだけは覚えている。
木登りの仕方を教えてくれたのもソニアだった。高いところなんて無理ですと半べそをかいて抗議しても、アタシに掴まってれば平気だと言って容赦なく私を引っ張り上げてしまった。それでも初めて見下ろした街の景色は自分が住んでいる土地なのに本では知り得ない広大な未知が果てなく広がっていて、日が暮れるまで移動都市と荒野の境界を眺めていた。
ソニアの手はいつでも私を知らない世界へと連れてってくれた。内向的な私と活発な彼女とでは何もかも正反対なのに、あの頃は確かに無邪気な友達だったのだ。
たった数年前の出来事なはずなのに、思い出そうとすると記憶のフィルムに靄がかかる。ずっと昔のことのように思えるのは、ペテルヘイム高校での惨事がそれ以前の過去を分断してしまったからだ。あの日を境に私たちの間に隔たってしまった、もう取り戻せない何か。
それでも、生き残った私たちは今を繋ぎ止めていかなければならない。どんなによそよそしくなっても、元通りには戻れなくても、新しい環境でつぎはぎだらけの関係を作っていくしかない。
そうやって、前へ進んでいくしかないのだから。
彼女の口から重たい息が零れた。足元に転がり落ちていくそれを眺めていると、不意に正面から抱きしめられる。
「もっと大切にしろよ、自分のこと」
まるで割れ物を扱うみたいに。抱きしめられるくらいじゃ壊れるはずもないのに、ソニアは自分の有り余る力を恐れているみたいだった。
「あなたの口からそれを言いますか」
くすりと笑む。戦場でいつも勇猛果敢に先陣を切って怪我を恐れず吶喊していくのは誰だというのか。
「大事にしてぇんだよ、オマエのこと」
必死な声が耳に直接ねじ込まれる。着飾ってない言葉がダイレクトに脳幹を揺さぶり、じわじわと体の隅々まで伝播していく。
ちょっと反則じゃないですか、今の。
不覚にも動揺してしまうと、その間に彼女の腕が一段と縋り付いてくる。宥めるように抱きしめ返して、背を軽く叩いてあげた。ソニアがいつも、ラーダや私にしてくれるみたいに。
「
――
知ってますよ」
肩に顎を乗せて、そっと耳打ちする。
ソニアが私を大事にしようとしていること。今だってこうして私の体を守ろうとしている。それはきっと自惚れではない。
「だってソニア、私が眠ってる時によくおでこにキスしてるじゃないですか」
「なっ!?」
素早く肩を掴まれると、ガバッと上体を引き剥がされる。顔を上げれば、ソニアは面白いほどに目を白黒とさせていた。
「まさか、気づいていないとでも?」
「お、オマエ、起きてたんなら言えよな
……
!」
「だって言ったらもう、してくれないじゃないですか」
「なんだよそれ
……
」
唇を尖らせて子供じみた言い草をしてしまうと、彼女は羞恥を隠すようにがっくりと項垂れた。
今夜のようにリビングで共に穏やかに過ごし、安心しきって本当にうつらうつらと船を漕いでしまうとソニアが毎回私をベッドまで運んでくれた。夢うつつに微睡んだ意識の中でぼんやりと覚えているのは、彼女が私の名前を控えめに呼ぶ声と、おやすみと言って額に降ってくる柔らかな感触。不思議と悪夢を連れ去ってくれる、ささやかで慎ましやかな儀式。
そんなことが繰り返されれば、誰だって気づくというものでしょう?
大いに頭を抱えていたソニアはそのうち肩を震わせたかと思うと、ハンと鼻を鳴らして居直った。
「なんかもう、考えるの疲れたわ」
「ふふふふ」
「オマエっていい性格してるよな」
「そうでしょう?」ふふんと胸を張る。
「褒めてねえ」
呆れたようにそう言って、彼女はやっと吹っ切れたように笑った。
日付が変わろうとしている。和やかに解けた空気を手繰り寄せて、ソニア、と小さく呼んだ。目を合わせてゆっくりと瞬きをすると、はにかんだように彼女はおう、と返事をする。
「何すりゃあ、いいんだ?」
「まずはキスしてください」
わかった。と頷いて、距離が縮まった。両肩をガッチリと掴まれて、少し痛い。けれど彼女も緊張しているんだと思うと、それすらも愛おしく感じる。澄んだブルーの瞳に見つめられて、私は自然と目蓋を閉じる。
しかし、いくら待っても唇は乾いたままだった。不安に思い、うっすらと片目を起こせば至近距離にものすごい形相の熊がいたので、堪え切れずに噴き出してしまった。
「んだよ、笑うなよ!」
「すみません、あまりにも遅かったもので、つい」
ふふ、と漏れ出る吐息を抑えようと口元に手を寄せたところで、唐突にその手首を取られた。油断している間にもう片方の手が私の頤に触れる。
「アンナ、本当にいいんだな?」
紅潮した頬のまま、真剣な眼差しで問われた。覚悟という言葉が脳裏にちらついて、私はごくりと喉を鳴らす。これからの行為について思い巡らせて、自分でけしかけたはずなのに体が正直に震えた。
大仰なフレーズを使ったけれど、実際のところはそこまでの覚悟を持ち合わせていない。私とソニアの間にある大きな溝を飛び越えようとして、大ジャンプをした幼い時分と同じだ。無事飛び越えられたけれど、着地のことを考えずに派手にすっ転んでしまった時と、同じ。見えない溝を飛び越えようとして着地に失敗してしまった。
そんな時、手を取って起こしてくれたのも、いつだってソニアだった。
「焦んなよ」
心中を見透かすように、彼女はそんなことを言う。
「
……
焦ってません」
幼稚な反論にソニアはフッと口元を柔らかく緩めた。それから私をそっと引き寄せると、腕の中に閉じ込める。
彼女の優しさに助けられている。今も。
「あの、」
「ん?」
胸に頭を預けて、耳を当てるとトクトクと少し早い心音が聞こえる。自分とは違う彼女のリズム。駆け足していた気持ちがようやく落ち着いてきたところで、これだけは伝えなければと私は口を開く。
「あなたのことが怖いわけではありませんよ」
「ああ、わかってる」
でも、なかったことにはしたくないんです。
キュッと服の裾を掴んで、上目で訴える。
そんなわがままも伝わったのか、腕の力が緩んで再び向き合う。先ほどとは違う穏やかな目に見つめられて、強ばっていた力が抜けていく。
「アンナ、」
囁いて、唇が触れるまで、三秒前。
「ちゃんとケジメは付けてやる。」
end.
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