namaeggg
2022-05-22 19:30:19
3701文字
Public アークナイツ
 

良薬

保護されたばかりのズィマーとガヴィル先生のファーストコンタクト。

 午後の回診を早めに終えて、受け持ちのカルテを整理していた時のことだ。個室に一本の内線が入って、ガヴィルがすぐに出る。
「アタシだ、どうした?」
 受話器越しの気弱そうな声を聞き取れば、チェルノボーグで保護した学生たちのメディカルチェック中に少々、問題が発生したらしい。
 ガヴィルは二つ返事をして立ち上がると、首をぐるりと回し、ごきごきと音を鳴らした。それから背もたれにかけていた白衣を手早く羽織り、厄介事に想像を巡らせる。
 ――チェルノボーグ、ねぇ。
 レユニオンが引き起こした一連の事件。その端緒となった場所。感傷に浸るにはあまりに最近の出来事だ。吐き気を催すほどの嫌悪感を肌身で覚えている。ガヴィルはあの日、龍門にいた。
 アダクリスの医師に指名で依頼が舞い込むのは往々にしてそんな、戦場で我が身を守ることに悩む医師らでは手に余る事案ばかりだ。


 足早に診察室に向かっていると、廊下からすでに騒がしい音が漏れ聞こえてくる。共通語のほかに巻き舌なウルサス語も飛び交っていて、後者の言語はさっぱりだが、罵詈雑言の類なのは荒々しい語気から伝わってきた。ドアに手を伸ばした直後、ドンと鈍い物音が響いてガヴィルは苦笑した。
 おーおーやってんなぁ。
 思わず、口角が上がる。患者に対し手荒な真似は控えるようケルシーに口酸っぱく忠告されているが、少なくともガヴィルの悩みの種である「恐がられる」心配はしなくて済みそうだった。
 ノックをすれば、すぐに扉が開かれる。出迎えた小柄な医療オペレーターの背後に学生服を着たウルサスの少女が二人いた。
「ソニア、この人たちは悪い人ではありませんよ。先に私が診察を受けたのを知っているでしょう。殺されることはありませんから」
「うるせえ、アタシはなんともねぇって言ってるだろ。いいから離せって!」
 警戒心を剝き出しにして吠えている茶髪の少女の腕を、理知的な印象の片眼鏡の少女がしっかりと押さえている。
「よぉ、活きのいい新入りじゃねえか」
「そんなお魚みたいなこと言ってる場合じゃないですよぉ……!」
 すすすと回り込んでガヴィルの背中に隠れていたフェリーンの若い女医に声を掛ければ、彼女はもう泣きそうな顔をしていた。
「おい、お前。診察室で随分好き勝手に暴れてくれたみたいじゃねえか」
「ああ? 誰だオマエ」
「見てわからねぇか? 医者だよ医者」
 ほれ、と白衣につけっぱなしになっている名札を見せつける。ソニアと呼ばれた少女は一度動きを止めたが、威嚇するようにガヴィルを睨みつけたままだ。
 ロドスの医者になって、ガヴィルはこの眼差しを見る機会が度々あった。劣悪な環境下に置かれて、周囲の何もかもが信じられなくなってしまった子供が見せる目の色。それでも彼女の落ち窪んだ双眸には強い敵愾心がまだ燃えるように赤く灯っている。
「まぁ、とりあえずそこに座れって。本当はプライバシーの観点から本人以外の入室は認められてないが、そこの彼女がいないと話にならねぇみたいだし、特別にアタシが許可してやる」
「すみません」
 水色の少女が申し訳なさそうに謝った。
「ほら、ソニア」
……フン」
 半ば力づくで説得され、茶髪の少女が不承不承といった様子でようやく着席した。華奢な見た目によらず、片眼鏡の少女もれっきとしたウルサス人の膂力を有しているようだった。
 ガヴィルが対面に座ると、壁に張り付いていた看護師たちもほっとした様子で採血の準備に取り掛かる。
「よし。それじゃあ、始めるぜ。まず、お前の名前を教えてくれ」
「あ? 関係ねぇだろ」
「それが関係あんだよ。ほらアレだ、本人確認ってやつだ。採血する前の、一応の決まりなんだよ」
……
 赤い少女は押し黙った。鋭い眼光の中に単なる粗暴さだけではない思慮深さが滲んでいる。それは彼女の生来の癖なのか、過酷な生活が彼女をそうさせたのかはわからない。わかるのは、まどろこしいことは得意ではないということだ。
 喧嘩で出方を伺う相手には先制をする、それがガヴィルのやり方だった。
「別に取って食ったりしないから安心しな。ただの健康診断だ。終わったらちゃんと解放してやっから」
……ソニア」
 辛抱強く声をかけて、彼女はやっと口を開いた。
「よぉし。あんがとな。じゃ、次は腕出せ」
「っ! さわんじゃねえよ」
「聞こえなかったか? 腕を、出せって、言ってんだ!」
「いてぇな!? オマエ本当に医者か?」
 むんずと庇っている腕を遠慮なく捕まえると、力技で来ると思ってなかった二人の子熊が揃って目を丸くした。そんなことには慣れっこだった。
「あいにく立派なお医者さんなんだよ。ほら、ちょっと血ぃ抜くだけだから大人しくしてろ」
 そう言い聞かせて袖を捲ろうとすれば、慌てたように「やめろ!」と鋭い声を出して腕を振り解いた。そのまま反射的に殴りかかろうとする彼女に、水色の少女が一声を上げる。それで、ぴたりと動きが止まった。
 緊張が走る診察室の中で、ガヴィルは座ったまま一考する。
 力を持て余し駄々をこねる輩を一発ぶん殴って言うことを聞かせることはいくらでもできる。それがもっとも効率的であることをガヴィルは知っているし、自分の好む手段の一つだ。だが、気がかりなのは彼女の今までにない頑なな態度だ。激しい拒絶に、ガヴィルは一つ可能性を見出す。
……そこの彼女。悪いな、ちょっと席を外してくれねぇか?」
「えっ。ですが……
「すぐ外で待っててくれりゃあいい」
 不安げに目を揺らす少女に、大丈夫だ、と頷いてみせる。
「わかり、ました」
 彼女が退席したのを見計らって、ガヴィルは声をかけた。
「これで腕出せるだろ、お前」
 赤い少女は一瞬面食らったような顔つきになり、ふんと小さく鼻を鳴らした。彼女からもう抵抗の意思は感じなかった。
 大人しく差し出された左腕を慎重に捲る。思った通り、やはり傷だらけだった。だけどそれ以上に酷いのは、火傷の痕だ。焼け爛れ変色し、まともに治療を受けていないせいで引き攣れてそのままちぐはぐに繋がった皮膚。
 少女は何も言わない。酷い怪我なのに、痛いとも何も言わなかった。だからガヴィルも何も聞かない。黙々と手際よく採血をこなしていく。
 彼女がこの先望むのならロドスで治療が行われるのだろう。それは別の仕事だ。今はまず、ここで一時保護するために必要なデータだけを収集する。それがガヴィルの任された仕事だ。今のところは、そう。
 採血はすぐに終わった。止血を待つ間、ふと視界に凹んだ医療機器が入る。
「そういやお前、アタシがここに来る前に医療機材蹴っ飛ばしたらしいな」
「あ? たまたま足にぶつかっちまったんだよ。邪魔なところに置いてんのが悪いんだろ?」
 悪びれることなくヘラヘラと笑う少女に、ガヴィルはカッとなった。止血用のテープを貼りつけたのち、予備動作なく彼女の頬をぶん殴った。
……いってぇな」
 赤らんだ頬を押さえようとする手を払い除け、立ち上がると胸ぐらを捕まえる。
「いいか、新入り。よく聞け。お前にどんな事情があるか知らねぇが、だからって傍若無人に何したって良いわけじゃねえんだ!」
「ハン、医者が手を上げんのか?」
 赤い少女は切れた口の端を挑発的に上げた。
「そうだ、アタシは医者だ。だからお前が怪我したり病気になったらちゃんと診てやれる」
「ガヴィル先生、落ち着いて……!」
「ここの医療設備は全部が全部、患者の命を助ける大事なモンなんだ。それを粗末にする奴はただじゃおかねえ!」
 ガヴィルが吠えると、室内はしんと静まり返った。反抗的だった少女の目はついと逸らされ、拗ねたように腫れた頬を向けている。
「わかったんなら、返事しろ」
……チッ」
 舌打ちを肯定と捉え、ガヴィルはパッと手を離した。再び着席し、何事もなかったかのようにカルテを取り出す。変わり身の早さに誰もがついていけない。だがアカフラの民からすれば、故郷にいようとロドスにいようと一度だって信条は変わらない。
 喧嘩は決着がついたらおしまい。その単純明快さこそが気に入っていた。
「よし。次からそんなことすんなよ。そんじゃ次は問診だ。体の不調はねぇか?」
「今殴られたとこが痛え」
 ガヴィルは笑った。
「ハハッ。そいつは馬鹿につける薬だ。良薬は口に苦しって言うだろ? なんで痛えのか、よぉく考えてちったぁ頭冷やせ」


   //


【一年後 ロドス艦内、予防接種会場】

……ういっす」
「よぉ、ズィマーじゃねえか。久しぶりだな」
「おぅ」
「なんだぁ? すっかり大人しくなっちまって。先生は寂しい限りだぜ」
「いいから早く注射してくれ。アタシは忙しいんだよ」
「へーえ? そういや、今日はいないんだな」
「あん?」
「ほら、最初にメディカルチェックした時に付き添いだった、お前のカノジョ。」
「か、彼女じゃねえよ!」
 ハハッと。ガヴィルはやはり楽しそうに笑った。

 end.