hatonyannyan
2024-01-26 23:47:22
1440文字
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深海より星を食む(前)

なんかよくわかんないパロです。直接的な描写はないけどモブが死んでいます。自我マシマシナバス×自我薄めのヴくんなのでご注意ください。
1000字超えて終わらせたい発作が出たのでとりあえず前編ということにしておいてください




海の上で青く輝く霧に囲まれたならば、お前に出来ることは一つきり。
ただひたすら逃げることだ。亡霊王が、その首を落とす前に。



灰の海の幽霊船といえば、子供でも知っている。その話が特別なのは、躾の脅し文句に使われる他の物語と違って伝説でも御伽噺でもないことだろうか。───実在するのだ。確かに、その船は。航海の技術が発展を見せた近年でさえ、灰の海の亡霊王は年に何隻もの船を沈めてみせる。供物や生贄も大して意味を成さず、船乗りや海賊たちの間では殆ど天災と同義の扱いを受けている。だから、その航海中何の前触れもなく青い霧が船を包んだ時。年齢も身分も関係なしに皆が絶望したのだ。

もっと速度を上げろと怒号が響く。けれど船長や士官の必死の命令も、絶望の波には無力だ。
「ひいいいぃ、もうこの船は、俺たちは終わりなんだ」
「亡霊王が、亡霊王が来る!み、みんな死ぬんだ!!」
錯乱する者、海に飛び込む者、自害する者。海賊船に襲われても冷静に対処する船乗りたちが、亡霊王の恐怖にいとも容易く呑み込まれる。正気を保っていたほんの僅かな者たちが逃げ切れたかというと全くそんなことはなく、生きたまま化け物に喰われるというより凄惨な運命が待ち構えていた。巨大な蟹のような異形や、鋭い爪と牙を持った魚人。甲板はさながら地獄絵図の様相を呈していた。地獄の主でももう少し手心を加えてくれそうなものだが。
そんな光景を灰青の目が見渡して、すぐに飽きたかのように鼻を鳴らした。

甲板があれほどの騒ぎになっているにも関わらず、船底に近い船倉は比較的静けさを保っていた。黙々と己に与えられた作業をこなしていた黒髪の奴隷はふと背後に気配を感じてちらりと視線だけ投げ、それが奴隷の持ち主でないと分かるとまた作業に戻っていく。恐怖に震えて隠れるでもなく、錯乱して暴れまわるでもない。足首まで浸水しているにも関わらずただ黙々と芋の皮を剥く様は、この状況下において確かに異常と言えた。
「何故そのように無駄なことを?」
もうその芋を調理する者も食べる者もいない。海の底に沈むのが皮付きの芋か剥かれた芋かなど、海に落ちた海鳥の羽の行方ぐらいどうでもいい話だ。
「そうしろと言われたからだ」
おそらく命令の後襲撃が起きて、そのまま忘れられたのだろう。しかしいくら奴隷で指示がないからといって化け物が人を殺す中大人しく作業を続けるものだろうか?
「この船はじきに沈むが、それでもか?」
「ああ」
簡潔な応え。もう奴隷は男のことなど見てもいない。それでも男は灰がかった瞳を細めて笑った。先程の地獄の時と違って、それはそれは楽しそうに。
男が奴隷に歩み寄って腕を掴む。奴隷は微かに眉を寄せたが、それを男が気にした様子はない。
「お前のことが気に入った」
「わけの分からないことを言うな、離せ」
「我が名はバルナバス・ザルム。お前たちが『灰の海の亡霊王』と呼ぶ存在だ」
そこで奴隷は初めて分かりやすく表情を変えた。目を丸くして驚く様は少し幼く見えて可愛らしい。手を組むように指の間に絡ませ、もう片方の手は腰に回す。蛸が獲物を優しく絞め殺すように。
「喜べ。お前を我が船に招いてやる」
「断る」
キスでもしてきそうな顔の距離に背を仰け反らせ後退ろうとするが、膝上まで水に浸かった状態では抵抗も緩慢だ。
「お前の恐怖は、さぞ美味かろう」
嵐の海と同じ色をした瞳が期待に歪む。全てを飲み込み、引き摺り下ろす者の目だった。