みみみ
2024-01-26 21:50:33
2076文字
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自由へ道連れ(再掲)

支部掲載作品の再掲。
自分のこと忘れてほしくないのに「俺のことは忘れてあんたは生きてくれ」ってちょっと寂しそうに笑うOX-1123XX
本への収録予定はありませんがシンプルに気に入ってます。







 まるで薄氷の上に成り立っているような平穏な日常。
一寸先どころか次の瞬間には足元が崩れ落ちてそのまま闇に餐まれ二度と戻れなくなるのかもしれない。
ずっとそうやって稼働してきたはずなのに、最近は少しだけ穏やかな安寧に触れすぎていたのかもしれない。
狂瀾を解除した途端重力に逆らえずにぶら下がるだけの鉄屑になった右腕と両足にキオは苦笑いを漏らした。

 つい先刻までアンドロイド特区最先端を誇っていた超高層ビルは見る影もなく倒壊し、キオは今折れ曲がって突き出した鉄骨に左手一本で何とかぶら下がっている。
己が所有するアンドロイドを自爆させてまで保身を図るマスターなんて履いて捨てるほど見てきた。今更絶望などはない。
スプリンクラーの音と、非常サイレン以外に助けを求める声や泣き叫ぶ悲鳴は聞こえないあたり、どうやらビルに居た人間は首尾よく雇い主と同僚が退避させていたらしい。
であれば当然、想定の範囲内であろう黒幕の逃亡に関して心配することはなさそうだ。
あの人が必ず罪を白日の下に晒すだろう。
そう結論付けると、キオは今度こそ自分の置かれた状態に向き合うことにした。
「あ〜……さすがに、ここから落ちたら無事じゃすまないよな……
地上千メートルの見晴らしは展望台であればさぞ素晴らしいことだったであろう。
まだ何とか動く左腕に力を入れてみるものの、残念ながら状況は一ミリも変わらない。
このまま手を離せば、地獄の業火にしては彩度の高い地上のネオン街に真っ逆さまだ。
万全の状態ならば、まあ各部の損傷は免れないとしてもその後修理をするドクターの悲鳴とお小言程度で済んだかもしれない。
しかし残念ながら、今は自重すらあとどれくらい支えられるか定かではない程度にボディの消耗が激しい。
駆動も八割以上イカれているしバッテリー異常の警告音が鳴り止まない。
「俺もここまでかな〜」
忙しないアラートと裏腹にキオの思考回路は存外冷静だった。
人間は死ぬ前に今までの人生のハイライトが走馬灯として巡るらしい。
「あ~、ロージーのズボン裏返してネットに入れるの忘れてたな……ラナにボーラさんのスーツの直しも頼まないとだったし、注文してたフィギア、明後日代引きで届くんだよな……
あ~!フランちゃんとのチェキ券、こないだ使っとけばよかった」
 わりと何てことない思い残りばかりが浮かぶ自分の記憶領域にキオは眉尻を下げる。
その時、キオが掴んでいた鉄骨が大きく軋み、その衝撃に思わず指から力が抜けた。
「ッ……流石に、ヤバい……かも」
 寸前のところで何とか持ちこたえたものの、あまり長くもたない事は明白だった。
「ごめん、ボーラさん……ロージー……俺、駄目みたいだわ」
 自分が居なくなったところできっとボーラは揺るがないし、ロージーだって何だかんだBXR探偵事務所以外に居場所や仲間が出来つつある、きっとまあどうにかなるだろう。
諦念の中に、一抹過ったkokoroの揺れがどんな感情の延長線なのかキオには理解ができなかった。
「俺のことは忘れてもさ……あんた達は生きてくれよ」
 そう呟いた瞬間、キオの手が完全に鉄骨から離れるのとほぼ同時に感覚のなくなった手首を強かに掴まれた。
「こんなところでくたばるような盆暗を俺は助手にした覚えはねえ」
 天井が半分吹き飛んだフロアから自分を見下ろす雇い主の大穴が開いた壁の隙間から差し込む月の光に照らされた銀糸にキオは一瞬を奪われた。
「ぉわッ?!」
そのままキオの体は重力を無視して瓦礫まみれのフロアに引っ張り上げられた。
反転する世界、次の瞬間背中が地面に叩きつけられた。
「痛ッてェ~~~~~~~」
「それだけ喋れるなら問題ないな、ドクターに修理依頼を出しておく」
「まあ……口以外はもう全然動かないんだけどさあ」
 そう言いいながらなんとか動く首を反対側に向けると、すぐ傍に瓦礫の中で倒れたままピクリとも動かない赤髪の機体が視界に飛び込んだ。
「え、ボーラさん!ロージーは?!」
「安心しろ、ただの充電切れだ」
「そ、そっか……よかった」
 ボーラの言葉にキオは安堵のため息を漏らした。
「ビルに居た人間を避難させた後、お前を探すために広域探知を最大出力で使い続けた……俺の指示を無視してな」
……そっか、ありがとなロージー」
 わずかに動く左手でロージーのピョンと跳ねた触覚に触れるとキオは目を細めた。
「ロージーのこと、叱らないでくれよなボーラさん」
「当たり前だ、こいつは自分で最善の判断をしたまでだ俺の助手なんだから当然だろう」
 そう言ってボーラはロージーとキオの体を担ぎ上げる。
「ハハッ、いつもと逆でなかなかいい景色じゃん」
「うるせえ、振り落とすぞ」
「ごめんごめん、だって事務所で充電切れたボーラさんクレードルに運ぶのいっつも俺の役目なんだもん」
 視界に映るボーラの背中にキオは気付かれないよう小さく鼻をすすった。
両肩に助手を担いだボーラを月の明かりが静かに照らしていた。