yossy
2024-01-25 20:55:46
5483文字
Public 自創作
 

ドキドキ⁉︎突発旅館お泊まり(仮)

龍一郎と満のうちよそお泊まりの話


「この日って予定空いてる?」
何気ない雑談から思い出したように日付を聞いてくる龍さん。
お茶を一口飲んで、一息つく。
「確かその日は特に予定はありませんが?」
龍さんは大きめの封筒を取り出し、目の前にチラシを広げた。
「一泊二日ほど泊まりに行かない?」
チラシを手に取ると、確かに旅館の外観や宿泊について記されたものだった。
「話すと長くなるんだけど。」

話をまとめると、龍さんの組と協力関係を結んでいる旅館から無料での宿泊の提案があり、
護衛の方達は他の用事があり、折角の機会だから2人で行こうという事だった。

「彩織は?」
「優司が留守番でいるから彩織につきっきりで居てくれるし大丈夫。
ほら、新婚旅行色々あったからさ。」
駄目かな?と言いながら見つめられ、
少し照れつつも了承した。

ドタバタと準備していれば当日
家の前に見知らぬ車が止まっていた。
「今日はよろしくね。」
龍さんが車の運転手に挨拶している。
荷物を玄関から運びつつ龍さんに近づくと、運転席から人が降りてくる。
「満は初めてだよね?
朱雀(あやり)の事は覚えてるかな?」
「あの女子高校生の
「そうそう、その子の護衛とかお世話してる、炎雷(えんらい)だよ。」
顔に火傷をした男性が会釈する。
「らいとお呼びください。」
「雷さんあ、私は」
「満さん、で合っていますか。」
「は、はい。」
龍さんの方を見るとウインクされる。
「炎雷は偉いから、事前にシミュレーション準備してくれる優秀な組員だし、いつも助けてもらってるんだ。」
「そんな買い被りすぎですよ。」
「運転も上手だし、旅館までの送迎はしてくれるから、よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
挨拶すると少し微笑まれる。

車のトランクに荷物を載せて、優司さんと彩織に見送られながら家を出発した。

見慣れた道路から段々と景色が見慣れぬ場所に移り、山の奥の方まで車が進む。
「にしても急だったね。」
「本来は政界の人間が使う予定だったのですが、報道の対応に追われ直前にキャンセルされまして。」
「だから訪問ついでの宿泊提案か。」
「朱雀お嬢様も挨拶したかったようですが、先約がありまして。」
「今日は優司もいないし、また今度連れてくよ。」

鬱蒼とした森から段々と手入れの施された風景に変わっていく。
気づけば森の奥まった場所に開けた駐車場が広がっていた。
近くには木造の門も見える。
「荷物はこちらでお運びします。」
「じゃあ満、行こうか。」
こっちだよと慣れた様子で龍さんが門を抜けていく。
雷さんに会釈し、龍さんの後に続いた。

丁寧に切り揃えられた木々、苔むした土と遠くから聞こえる水の流れる音と頭上から降る鳥の囀り。
敷石の道を暫く進むと、突然目の前に平屋の旅館が現れる。
迷わず進む龍さんに続き着いていく。
玄関に入ると女将さんが龍さんに挨拶をした。
「お部屋までご案内致します。」
龍さんのご実家と比べて明るい内装と、広々とした日本庭園に目移りしながら部屋まで案内してもらう。
「迷路みたいになっているから、逸れないようにね。」
と龍さんに言われる。
何度角を曲がったか分からなくなった頃に部屋に到着する。
「貸切だけど一応離れに通してもらったから。」
龍さんのご実家もそうだったなと思い返す。
「まぁ入ろうか。」

鍵付きの木製の引き戸を開ける。
畳の間とフローリングが併設された、和風と洋風が混合した部屋が広がる。
ベッドやソファが置かれ、日本の様式になれない外国の方にも優しいようになっていると女将さんから説明を受ける。
外国向けとして、部屋ごとに個室の温泉も用意されているようだった。
床の間には季節の花を生けた花瓶も置かれ美しい色合いに目を惹かれた。
「朱雀が生け花を担当しているんだっけ?」
「左様でございます。」
「とっても素敵ですね。」
女将さんはにっこりと微笑んだ。

その後旅館の案内や部屋の注意事項を聞き、女将さんが部屋を後にする。
「さてと、これからご飯の時間までは自由時間だけど、満は何がしたい?」
「そうですね、露天風呂があるんですよね?」
「そうだね。」
「じゃあ先に露天風呂に行ってみたいです。」
「それじゃあ、支度して行こうか。」

龍さんの歩みに合わせて幾つかの廊下の角を曲がっては進みを繰り返す。
暖簾の下がったお風呂場入り口前には、壁際にベンチと小さな冷蔵庫が置かれていた。
「あの冷蔵庫には牛乳が入ってて、無料で飲み放題なんだよ。
体を涼めるスポットにもなってるんだ。」
「それは楽しみですね。」
「そうだね。」
脱衣所に入り、ロッカーにバスタオルやフェイスタオルを置き、服を脱いで引き戸を引く。
石造りの室内のお風呂場があり、そこでシャワーを浴びて一通り全身を洗い流す。
「先に露天風呂から入ろうか。」
脱衣所とは反対側にある扉を龍さんが開く。
少し肌寒い風が体を通り抜ける。
転ばないようゆっくりと進み、掛け湯をして足先から温泉に入る。
肩まで浸かれば程よい温かさに体の力が自然と抜けていく。
「気持ちいいよね。」
「はい。」
乳白色の温泉に心なしか肌の滑りもいい。
森林に覆われ、天井は一面の青空でまさに極楽気分だった。

たっぷり温泉を堪能し、熱った身体を涼しい風と冷たい牛乳で冷ます。
のんびりお喋りをしているとお腹が鳴った。
「そろそろ昼食の時間だし、行こうか。」
と龍さんの案内で移動する。
宴会場の側にある個室に案内されると、豪華な和食が用意されていた。
「敷地内で採れた山菜を使った前菜や天麩羅、御造りは今朝取れたて新鮮の魚介を使っております。」
沢山の品目が並んだメニューとともに女将さんから説明を受け、メニューとお料理を交互に見る。
ゆっくりお楽しみくださいませと女将さんが下がる。
「それじゃ、いただこうか。」
2人でいただきますをして、のんびり食事を楽しんだ。


美味しい食事を済ませると、廊下が少し騒がしい。
一度龍さんと顔を見合わせて、声の方に近寄る。
厨房にいる人の会話だったようで、龍さんが声をかければ驚いて振り返る。
「何かあったんですか?」
「実は

「「泥棒?」」
「ええ、お食事を運ぶのにバタバタしていたら、私たちの賄いが食べられていて
「お二人以外に今日いらっしゃるお客様はいませんし
「勿論!お客様を疑っているわけではなく!人影も見ていないですし不安で
「お二人もお気をつけて下さいね、何が彷徨いてるか分かりませんので

食事の礼を言ってその場を後にする。
「今日は一緒に行動しようか、迷うと困るし、動物か何かいるみたいだし。」
「そうですね。」
「さて、食後の運動でもしようと思うけど、満はどう?」
「?、何をするんですか?」
龍さんに手招きされ、後をついていく。

そこは娯楽室で、卓球台やレトロな雰囲気のゲーム機などが置かれている部屋だった。
卓球勝負をしたり、球やコインを弾いたりルーレットで遊ぶゲームをしたり、2人で子供みたいにはしゃいで遊ぶ。
一通り遊び終わると、龍さんが人差し指を唇に当て、目線だけ廊下の方を向く。
呼吸を落ち着けて、じっと音に集中すると、床に何かが当たる音がする。
足音のようにカツ、カツ、とあまり聞き馴染みのない音がする。
すっと、龍さんが立ち上がり廊下に顔を出すと、音が止んだ。
「姿は見えなかったか。」
「動物か何かですかね?」
「動物と言っても、山の中だからね。凶暴な生き物じゃなきゃいいけど。」
そろそろ部屋に戻ろうかと、2人で娯楽室を後にする。

暫く休んでいると夕飯の時間となり、旅館の方が食事の支度を始める。
「夜は部屋食がこの旅館のルールでね、食事や晩酌をしながら機密情報のやり取りする事が多いからなんだ。」
旅館に向かう最中の話を思い出す。
もしかして。」
「そう、前に使った政界の人はここのルールを知らなかったみたいで、夕食は宴会場で食べると駄々捏ねて融通利かせた所為で、裏の情報抜き取られてうちの組織に売られたんだよね。
最初に女将さんがルールの話をしていたのに。」
龍さんは女将さんが注いだお茶を受け取って飲み干す。
「売ったお金が資金になるから別にいいし、キャンセルのおかげでこうしてのんびり出来るから、一石二鳥だったね。」
女将さんは静かに目元を細めた。
「温かいうちにいただこう、満。」
「すごくドラマみたいな話で驚きました。」
思わず感想が口から溢れると、龍さんも旅館の人もにっこりと笑っていた。

和洋折衷料理に身も心も満たされる。
「卓球で少し汗をかいたから部屋風呂に入ろうと思うけど、満はどうする?」
少し考えてから、
「私も入ります。」
と着いていく。
露天風呂ほど広くはなく、かといって家のお風呂よりは一回り大きい檜風呂。
大きく見えるのは、覆い隠される壁の一つが開放されているからだろうか、広大な自然を眺められるようになっている。
「反対側の山も、うちの組織の私有地だから、裸を見る人もいないよ。」
見えても胡麻くらい小さいだろうけど、と龍さんが冗談めかして笑う。
ふと、タオルが足りないから貰ってくるねと龍さんは部屋を出ていく。
檜のいい香りと日が暮れて冷たい風と相まって、先にお風呂に入らせて貰うことにした。
汗を洗い流し、湯船に浸かる。
並々のお湯が湯船から溢れて床に流れる。
明かりが少ないからか、満天の星が目に入る。
じんわりと心地いい熱さと満腹感で眠気を誘われる。
ガサガサ、と茂みが音を鳴らす。
ハッとして目を覚ますと、音はこちらに段々と近づいてくる。
風呂場に備え付けられた明かりが、その正体を照らす。

「満!大丈夫?!」
慌てて入ってきた龍さんの視線が、顔から手元に下がる。
んにゃーお、と呑気に鳴いた黒猫を見て、龍さんは一度息を吐いてから、良かったと呟いた。

「不審者が猫だったとは。」
「人間なら監視カメラがあるから発見できるけど、猫だと人の歩けない場所も通れるからね。」
タオルを取った龍さんは、廊下で黒い影を目撃し、私たちの泊まっている部屋の方へ逃げたの追いかけ、慌てて戻ってきたようだった。
その後猫は旅館の方に引き渡し、罰としてこの旅館の看板猫になるらしい。
もう盗み食いしないよう躾けないと!と厨房の人は笑っていた。
「一件落着という事で、良かった良かった。」
寝る支度も終わり、丁寧に布団の敷かれたベッドに横になる。
「今日は誰もいないし、音も聞かれないけど、どうする?」
熱の籠った瞳に魅入られ、小さく頷くと龍さんがベッドの中に入ってくる。
体が近づいて、体温がゆっくりと伝わってくる。
どちらからともなく顔を近づけようとすると、にゃーおと鳴き声がする。
どこからか入ってきた黒猫は、龍さんの寝るはずだったベッドを我が物顔で飛び移り、座り込んで、こちらを覗き込んだ。

、あはは。猫に見られながらする?」
「え、遠慮しておきます。」
その晩は2人でゆっくり同じベッドで世を明かした。



「お世話になりました。」
「こちらこそ、猫騒動もあって大変お世話になりました。」
炎雷さんの車が到着し、荷物を運んでもらっている側で女将さんに挨拶をする。
「今度はご家族でいらっしゃって下さい。お待ちしております。」
「はい、そうしますね。」
黒猫は嬉しそうに足元に体をすりすりと擦っていた。
「満、荷物積み終えたよ。」
「それじゃ、ありがとうございました。」
お辞儀をして、見送りの方々に挨拶して車に乗り込んだ。


「今度の忘年会か、何かの組の集まりはあの旅館でやろうか。」
「スケジュールが調整出来次第、日程の提案をさせていただきます。」
「ありがとう。で、満はどうだった?」
突然話題を振られ、ええと、と溢す。
「今度は彩織と、護衛の皆さんと行きたいですね。」
龍さんは一度目を見開き、その後細めると
「気に入ってもらえたなら何よりだね。」
次はどこに行こうか、といつもの日常へと帰っていく。




おまけ

「おかえり
帰宅後、目の死んだ優司さんが出迎えてくれた。
帰りに買ったお弁当を温めながら、ソファに座り話を聞く。
「ずっと泣いてて、あらゆる手を尽くしたが無駄だった。」
部屋のあちこちに彩織のお気に入りのおもちゃやタオルが落ちている。
格闘の後を物語っている
「多分、いつも何人もいる中で生活してたから、俺以外出払って寂しくなってずっと、泣いてた
護衛の奴らが帰ってきたら、少しは大人しくなったが。また出かけたら大泣きして、今泣き疲れて寝てる。」
ソファにもたれかかる優司さんを労る。
「優司、あんまり彩織に好かれてないからね。」
「当たり前だろ。」
「夜泣きもあったのかな?」
「ああ気づいたら朝だった。」
「よーしよしよし、頑張った優司にはご褒美をあげようー。」
わざとらしい声で龍さんが優司さんの肩を揉む。
「三日分の有給休暇と謝礼金と旅館のお土産を授けよう。」
お土産は後で渡すとしてと言いながら龍さんがぽん、と厚みのある封筒を優司さんに渡す。
「彩織が寂しくなかったのは優司のおかげだよ、ありがとうね。」
だったら一緒に連れて行けよ。」
苦々しい顔で優司さんは封筒を握りしめた。