集中すると何もかも目に入らなくなる者は割といる。それはわかるし、普段なら何とも思わないが、こうして徐々に心を許し始めた相手に、気づいてもらえないのは何となく悔しくて寂しいものがある。相手の喜ぶ顔を想像しながらここへ来たので尚更だった。かくなる上は、と冒険者は抱えた大きな紙袋を一旦離れたところに置いて、背中を丸め一心に資料を眺める彼の後ろへ背中合わせになるようにして腰を下ろす。そうしてひとつ、息をつくと冒険者は伸び上がるようにして彼の背中に体重をかけた。戦いの中でそれ相応の筋肉がついた体だ。普段こもりきりの人間からしたらそれはそれは重いだろう。案の定支えきれなかったらしい彼は、冒険者の背中の下で呻くような悲鳴をあげると、辛うじて動かせる方の手を冒険者と自らの体の間へねじ込んで、降参だと叫んだ。
「本読むのやめるか?」
「やめるやめる!!重い!体二つ折りになるって!!冗談抜きで!」
「ラムブルースから聞いてネタは上がってんだ。何日徹夜したか白状しろ」
「……ッ!三日!!!」
「よぉ〜し」
からからと笑って冒険者は体を起こす。そのまま彼へ正面から向き直ると、大きな手をぐあ、と開いて少し脂っぽくなってそれでいてぱさついた赤毛を無遠慮にかき回した。
「集中するにしても加減ってもんがあるだろうが」
「うっせ……ん?あんたから何かいい匂いするな?」
「ああ。リムサからここに来たんだがビスマルクでいくつか料理買って持ってきた」
目の前で赤毛に包まれた耳がぴょんと跳ねた。寝不足で白く褪せていた肌がほのかに血色を取り戻して、深い隈で縁取られた目がきらりと輝く。そういうことは早く言えよ、と机の上をいそいそと片付け始めた彼の背中を目で追って、冒険者は小さく肩をすくめた。
彼が机の上の本や書類を全て片付けて、丁度ふたり並んで食事ができるスペースが空いた頃、冒険者はようやく腰をあげると紙袋の中身を彼の前に並べて始めた。
「これは?」
「ビスマルク風エッグサンド」
買ってきたのはバタードフィッシュにアンテロープステーキ、山と森それから海各種のミコッテ風串焼き料理と、ミントラッシーに漁師風エフトキッシュ、ついでにハニーマフィンとカモミールティー。これだけ用意すれば二十代半ばのまだ衰えぬ食欲を満たすことができるであろうし、腹が膨れたら眠気が増して徹夜のグ・ラハを寝床に押し込むことが容易だろう。
「……一応全部買ってきたけどお前山と森と海、どれだ?」
「うん?どれもあまり馴染みはないなぁ……こっち来て食べて、どれも好きだけどな!」
「それ聞いて安心した。好きなのから食えよ」
冒険者が苦笑混じりにそう言うと、グ・ラハの耳がぴるぴると震える。素直な耳だな、とさらに笑みを深くしていると、まずはエッグサンドに手を伸ばした彼がぐあ、と大口を開いてかぶりつく。口の端についた具も厭わずに満足そうに咀嚼する彼を黙って見つめていると、不意に視線に気づいた彼が何かに気づいたように眉根を寄せた。
「あんたは食わないのか?」
「全部食べたら胸焼けしそうだからな」
「は、何だそれ。おっさんくさいぞ」
「お前なぁ〜そういうこと言われると俺だって少しは傷つくんだからな」
おどけたようにそう言いながら手を伸ばして、彼の口の端についた具材を親指で拭う。そのまま自らの口に持っていけば、ぽかんと動きを見ていたグ・ラハがその赤毛に負けないくらい真っ赤になった。
「お。いい茹で加減」
「そんなことばっかやってるといつか刺されるからな……あんた……」
「いや?こんなのお前にしかやらないし」
はぁ!?と素っ頓狂な声をあげてグ・ラハが耳としっぽを逆立てる。まるで警戒した猫のようなその様に、冗談だ、ととりあえず言葉だけで取り繕いながら冒険者は自らも目の前の料理に手を伸ばした。うっかり口にしてしまったが、どうにか目の前の料理に忘れてはくれないだろうか。そんなことを思っていると、不意に唇を尖らせたグ・ラハがでもまぁあんたなら年取ってもかっこいいだろうけどな、などと言うので取り繕う暇もなく冒険者までもがフォークの先を口にしたまま固まった。
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