文野
2024-01-24 17:35:19
1290文字
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雪と月と花と

零敬。短い習作。

「電子機器は簡単な気がして好まないんじゃなかったのか?」

 夜中に呼び出されて不機嫌そうな声の主は、顔を合わせて早々文句を言ってきた。星霜館の中庭には夜も遅いせいかふたりのほかに人影はなかった。

「まあまあこの際、細かい設定には突っ込まんでおくれ」

「貴様の設定とやらに理不尽に振り回されている身にもなれ」

 こうやってお互いちゃんと言葉を交わすのも久方ぶりな気がした。事務所ですれ違ったり、毎日のようにテレビや雑誌など情報媒体で見かけたりしない日のほうが珍しくはあるのだが。

「蓮巳くんには、雪が降ったときや、月を見上げるふとした瞬間、花の美しさに心が癒されるときに、思い出すひとはいるかと思ってのう」

「白楽天か」

「さすがに察しがいいの」

「日本の古典文学にも大きな影響を与えた大家だぞ。一般教養だろう」

「自分が知っているものは当然みなも知っているはずだと思い込むのは、オタクの性じゃのう。ともあれ、ちょっとしたお遊びじゃよ。即興で乗っておくれ」

「仕方ない。明日は朝から仕事があるから早く戻りたいんだ。付き合ってやらんと解放してもらえないようだからな」

「我輩のちょっとしたかわいいおねだりに付き合う言い訳はそれで全部かのう」

「そうだな雪の降った日は、どこぞの吸血鬼が行き倒れて凍えてないか心配になるし、月の出た夜は幼いころ墓場で毎晩語り合った友を思い出す、季節の花を目にすると、否が応でも四季を駆け抜けた学生の頃の色鮮やかなステージを回想する。まあこんなものか?」

「思ったよりダメージがでかい」

「自分から言い出したんだぞ。こんなこと言わせるな。愛情不足か?いくらでもファンからもらってるだろう。俺はもう行く」

「ええ~つれないのう。月下に愛を囁きあおう♪」

 もうこの場から去ろうとしている背中にからかい混じりに追いすがる。

「愛情じゃなくて、敬人不足なの!我輩これでも我慢しとるんじゃよ~?」

「ええい鬱陶しい。引っ付くな」

 邪険な言葉とは裏腹に、頬を紅潮させている敬人に悪い気はしない。堅物の癖にこういう歯が浮くような台詞を臆面もなく口にする。まあいわゆるロマンチストの気質があるのだろう。ただし、ロマンじゃなく本人は至って真面目なので性質が悪い。よくもまあ俗世に染まらずに高潔でいられるものだと呆れてしまう。そこが美点ではあるが傍から見ていて危なっかしいことこの上ない。

「さっきみたいなことは誰にでも気軽に言うなよ?みんな勘違いしてしまうぞい」

「誰が言わせたと思っている?度し難い」

 寮に戻る道すがら、不毛な応酬が続く。どうも自分にはこれがないと日常生活に支障が出るというか、有体に言えば頑張れない。張り合いがないのだ。学生の頃は他愛ない会話すら周囲に気を使って控えていたのがなんだか馬鹿馬鹿しく思えてくる。思い出すのも擽ったいが、思春期のようなものだったのかもしれない。今このように肩を並べて歩く関係に落ち着いているとは数奇なものだ。



「またお喋りしてくれるかの?」

「まあすこしなら」