【あしゅやよ】かわりばんこ

両想いかつ既にお付き合いしている時空で「キスして欲しいのかと思った」ってさらりと唇を奪う女が好きなので、書きました。
あしゅやよ編。

見えないからこそ強く感じる香りを吸い込めば匂いだけで美味しさが伝わってくる。

「先にデラックスいちごホイップカスタードクレープのお渡しになります」
「ありがとうございます。はい、夜宵ちゃん」
「ありがとう、螢多朗」
クレープ屋の店員さんからクレープを受け取った螢多朗が私の分のクレープを渡してくれた。両手で持っていた形代を落ちないよう片手で抱かかえ、逆の手に持ったクレープの存在感に心が躍る。クリーム系の確かな重さ、何よりいちごが普段より多めのクレープは特別感に満ち溢れ見ていて楽しい。
小洒落た雰囲気の小さなクレープ屋さん。柔らかな木のぬくもり溢れる外観と品の良い佇まいは知る人ぞ知る通の味。詠子と一緒に「ここ食べに行きたい」とお願いし倒した甲斐があった。
でも、詠子特に螢多朗にとってはここからが正念場。
俯いた顔は目を固く瞑り握りしめた手が小刻みに震えている螢多朗と、その隣で詠子が顔を赤らめながらも期待に満ちた眼差しを向け黒板に書かれている文字を何度も指差していた。
「ほら、はやくカップル証明をして割り引いてもらって螢多朗」
「待って、夜宵ちゃん……
「そうだよ螢くん、私の方はい、いいいつでもいいからね!?」
「だから待って! 僕にも心の準備ってものがあるから!!」
私は通常価格のクレープ。だけど、詠子と螢多朗はカップル割引でのクレープを購入しようとしている。なにせカップル証明が出来れば破格の半額。これはお得過ぎる案件。しかも、カップル限定のクレープもある。買わない手はない。
ただし、その証明内容がへたれな螢多朗にとって中々の鬼門。

──カップル証明として店員の前でキスしてください

私の分のクレープが出来上がる前にカップル証明出来れば御の字だと思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。幸い私たち以外他のお客さんはいないので、店員さんが痺れを切らさない限り何度でもチャンスはある。
頑張れ詠子。螢多朗にバレる前に言いくるめて折角ここまで来た。頑張って螢多朗からキスをしてもらってカップル限定のクレープを買って。それで一口食べさせて欲しい。
「私、座れるところで先に食べて待ってるから」
「夜宵ちゃん置いて行かないで!」
「螢く~ん? どこに行くつもりかな~?」
「頑張って」
背中に螢多朗の叫び声を聞きつつ、良さそうな場所を探す。

「ここならよさそう」
お店から少し離れたところに設けられた休憩スペース。
手入れの行き届いた庭園は適度に人の目を隠し、体よく詠子たちのやり取りが聞こえる距離にある。緑青色に彩られたアンティーク調の長ベンチは三人揃って座るにはぴったりサイズ。いちごとクリーム盛り沢山クレープを落とさぬよう気を付けベンチの端に座る。
一先ず庭園のベンチに座って食べている旨をメッセージで送り、いざ美味しそうなクレープを食べようとした矢先、片手で抱えていた形代──ライオン人形がカタカタ動き始めた。
……ふむ」
周囲に誰もいない、誰も来る気配がないのを確認。顰めた声で「出てきていいよ」と言えばライオン人形を中心に白い霧が立ち込め、次の瞬間には月蝕尽絶黒阿修羅が音も無く姿を現した。はじめて出会った時の姿かたち『常』形態の彼を私の隣に座るよう促す。とかく拒まず素直に従いベンチに座った黒阿修羅を見ていれば、夜の川のような瞳がじーっと私が持っているクレープに注がれる。
「食べてみる?」
「いいの?」
「うん」
持っていたクレープを彼に手渡す。両手で落とさぬよう持ち一度こちらの様子を窺い見るので食べても大丈夫と頷き促した。
それを見た黒阿修羅がもう一度だけ私を見てからクレープに視線を移してパクリと一口齧る。分かり易いくらい目を瞠って咀嚼する様はとても美味しいと物語っていた。
「(……またクリーム付いてる)」
この子が食べ終わるなり口元を拭く準備をしておこう。
使い慣れたショルダーバッグからウェットティッシュを探している最中、黒阿修羅が私と自分が今食べているクレープを交互に見ていたというのは後から彼自身から聞いた。

「もういらない?」
私の前に差し出されたクレープはまだ一口しか齧られていない。お腹がいっぱいとは考えられない。何か別の理由か、……と考える前に彼は緩く頭を振るう。
「これお姉ちゃんのクレープだから。かわりばんこで食べよ?」
「全部食べて平気、」
「一緒に食べたい」
「分かった」
私の言葉を遮って続ける黒阿修羅の想いを受け、目の前に差し出してくれているクレープを頬張った。いちごの程よい酸味と瑞々しさ、生クリームとカスタードクリームもくどくなく濃厚。口腔内に広がる幸せな味はいくらでも食べれそうだ。
二口分齧られたクレープから視線を上げれば彼と目が合った。
「美味しい? お姉ちゃん」
「うん、とっても美味しい。君は?」
「美味しいっ! 好きな味!」
「それは良かった」
出会った当初より大分表情が出るようになった彼と交互に私はクレープを食べあった。

案の定というべきか。一口頬張った時より格段に口の周りをクリームだらけにした黒阿修羅の口元をウェットティッシュで拭う。あまり甘やかすのは良くないというものの、この子を見ていると如何にも世話を焼いてしまう。この子もこの子で嫌がっていないのが若干拍車が掛かっている、気がしないでもない。
「よし、綺麗になった」
綺麗に口元を拭き取り、ウェットティッシュとクレープの包み紙を纏めている時だった。
影が掛かり意識と視線を其方に向ければ黒阿修羅の顔がぼやけるほど近くにあり、一拍置いてから口端に何か湿った感触が伝わった。やおら離れる黒阿修羅を追うように私は顔を寄せ小さなリップ音を立てキスをした。
ほんの僅かな触れ合うだけのキス。ピントが合うくらい離れて見れば、夜の川のような瞳を瞬きさせている姿が目に入った。
「?」
何も言わず固まっているので私は疑問を舌先に乗せ言葉に綴った。
「キスして欲しいのかと思った」
私の言葉にこの子はたどたどしく答える。
「お姉ちゃんのここにクリーム付いてたから」
ここ、と指さす先にある口元。恐らくこの子は拭くものを持っていないから代わりに舐め取った、というところだろう。
「そっか。私の勘違いだっ、」
また喋っている最中に遮られた。私の肩を掴み引き寄せる黒阿修羅の手。触れ重ね合った唇だけじゃ聞こえない水っぽい音。口の中の甘さが違う味を引き連れ混ざり合う。
今度は二人揃って口元を拭かないといけない、と呟きながら目を閉じた。

「たりない」

やっと唇が離れたかと思ったら、先の言葉を言われた。
懇願の色に紛れ混ざり溶け込んでいる別の色を纏う黒阿修羅の瞳に私が映り込んでいる。肩を掴んだ手は離れる気配がない。それどころか再び距離を無くそうとしている。
「そろそろ詠子たちが来るだろうから、あとでね」
唇を塞がれる前に私から額同士をくっ付け擦り合わす。額から動く度に伝わる髪の毛のこそばゆさに目を伏せた。
微かにしょんぼりとした空気を漂わせていた黒阿修羅が緩やかに目を閉じ小さな声で「うん」と頷く。
内緒の約束。二人きりの秘め事。私は一度だけ目線を彼から逸らしたあと、静かに戻して「必ず守るから」とクレープ味の声色で囁いた。




そんな一部始終を見ていた詠子は”キスと書いてあるだけで場所の指定はない”と日和頬にキスをした螢多朗の服の袖をグイグイ引っ張っては微笑ましいような羨ましいような気持ちを抱き、如何にかカップル限定のクレープを無事購入した螢多朗は螢多朗で心の中で思いっきり「夜宵ちゃん、流石にそれは早いんじゃないかな!?」と後方兄貴面を爆発させていた。