【カミ東】「しゃあオラァ! 逆転満塁サヨナラホームラーンッ!!」

両想いかつ既にお付き合いしている時空で「キスして欲しいのかと思った」ってさらりと唇を奪う女が好きなので、書きました。
🔪🍮編。

もうすぐ出来上がる時に漂う匂いってやつはこの世で一番美味い匂いがする。
特に火を使う系。更に言えば目の前で調理してくれる系は完成するまでの過程を含めて生唾を飲み込むくらい楽しくて待ち遠しい。

「お待たせいたしました~」
「来た来た!」
丸い鉄板でクレープ生地が綺麗に焼ける時からずっと眺めていた。クレープ生地が焼けるにつれ香る甘い匂い。破れることなくひっくり返されたクレープ生地は焦げひとつない。店員さんの手慣れた動きでまっさらだった生地の上が賑やかになっていき、綺麗に折りたたまれ、最後は包み紙をくるくるっと巻かれ出来立てほやほやを渡してもらえる時がたまらない。
ご近所の公園に最近来るようになったパステルカラーのキッチンカー。焼きたてクレープの評判が上々なのか、それとも私らみたいに違う理由で来るやつが多いのか休日は大抵行列が出来ていた。
「気を付けてお持ちくださいませ~」
笑顔で渡してくれる店員さんからクレープを受け取り、一個を隣にいるカミキリさんに渡した。
「はい、カミキリさんの」
「ありがトう」
カミキリさんがクレープを持つと同じ大きさのはずなのに一気にでかくなった気がした。落ちないよう両手で持つ姿がまたなんとも拍車を掛ける。大きな目を嬉しそうに輝かせてまあ、微笑ましいねえほんと。
それは店員さんも同じなのかにこやかに笑い「よい休日を~」と手を振ってくれた。
右手に持った食べ応えのあるクレープの重みを感じつつ、何処かゆっくりして食べれる場所を探そうか、とキッチンカー前に置いてある看板を横切り、カミキリさんと歩幅を揃えて歩き出す。私らが列から抜けた後、とても弾んだ男女の声が後方から聞こえた。



広い芝生ではしゃぐ子供たちの元気な声が薄っすら聞こえる趣ある東屋。大抵ご老人たちの憩いの場だが、タイミングがたまたま良かったのか私とカミキリさん以外誰もいなかった。
殆ど貸し切り状態の東屋の長椅子に隣り合わせで座り、今日公園に来た目的を二人揃って目の前にまで持ってきて感嘆の声を同時に上げた。漂う香りと重量感。見た目から来る美味しさにあんぐり大口を開けた時、ふと横目で同じく今まさに食べようとしているカミキリさんを見た。
「そういや、カミキリさんのクレープなんだっけ?」
甘いのは覚えてっけど、中身が何なのか思い出せないでいれば、私に見えるようにクレープを掲げてくれる。
「ホイップクリーム、バニラアイス、バナナとチョコソースが二種類」
「あー、その黒っぽいのチョコソースか」
「大家サんのは何?」
「私? 私はおかず系。ハンバーグにソーセージ、ハム、タマゴ他諸々チーズとトマトチリソースでまとめてもらった」
……そんなニ食べるトお夕飯食べレなくナる」
だから僕のクレープより一回り大きいんだ。やや呆れた視線を送るカミキリさんに慌てて弁明した。
「私だってもちっとスタンダードなやつ頼むはずだったんだぜ!? だけどさぁ──」
私は溜めに溜めて最後は遥か遠くの多分ブラジル辺り、いや嘘、東屋の梁を見上げ眺めた。
「”カップル証明出来たら50%引き”が魅力的すぎて気付いたら色々具材増やしてた」
前ひとりで散歩で横切った時にはなかった不定期で出されるらしい看板。今の時代どこぞの誰かがSNSで発信すれば、そりゃもうどっと人が来るわけよ。主にカップルが。
「いや~、カップル証明もハグしての恋人繋ぎだから何で皆キッチンカーの前でポーズ決めてんだ? って思ったな。んっ、うま~」
具材を限界まで追加したクレープに齧りつけば予想した通りの塩味、旨味、酸味を伴った辛みが口の中に広がる。胃袋が幸せになる味に思わず顔がニヤけちまう。ニヤけた次いでに私とカミキリさんのカップル証明時のことを思い出して更に笑みが深くなった。
「店員さんも分かる人で良かったなあ。ほんとにさ」
普通に注文しようとした瞬間、何かに呼ばれて視線を向けたら入った看板の文字。私は即座に隣にいたカミキリさんを抱き寄せて恋人繋ぎを店員さんに見せた。私たちの姿にはじめこそ目をぱちくりしていたが「カップルでーす」と私が言うなり、店員さんがにっこり「オッケーでーす」って返してくれた。
それがとても嬉しかった。で、嬉しいと食べている物も美味しくなるってのに隣にいるカミキリさんは、もそもそと何かあまり美味しくなさそうに食べていた。
「美味しくない?」
「ううん、美味しイ……
ほんとかー?と、疑いの眼差しで私が覗き込むのに合わせカミキリさんそっぽ向いちまった。
それでもググっと首を伸ばしつつ、クレープを頬張ってたら遠くから聞こえる子供たちのはしゃぎ声と同じくらいの小さな声量でカミキリさんが零した。
……クレープ、安く食べたカッタから僕を誘ったノ」
今にも消え入りそうな声が風に攫われる前に私は口の中にあったクレープを飲み込んだ。
「いや、クレープ割引自体今日初めて知ったし。割引あろうが無かろうが私はカミキリさんと一緒に食べたかったつーか、……もしかしてクレープ苦手だった? だったら悪ィ」
カミキリさんのまた小さな声が耳に届く。「苦手じゃなイ、甘いノ好き」の言葉にホッとしていれば、そっぽ向いていた顔がこっちを見るなり大きな目と目が合った。
「一緒に食べたカった?」
「そ。美味しかったら美味しかったー、不味かったら不味かったなーって一緒に笑い飛ばしたいってやつ? まあ美味しいに越したことはないけどさ」
彼の中で気持ちの落としどころが見つかったのか、両手に持っているクレープを見下ろしたのち、私の方へ差し出した。
「大家サんも食べてミル?」
「いいの? サンキュー」
遠慮なくかぶり付いた。温かくてしょっぱい味が広がっていたからこそ冷たくて甘い味が際立って美味かった。
「美味いなこれー」
「うん」
「カミキリさんも私の食べなよ、ほら」
「じゃあ遠慮なク」
遠慮なくって言っている割に端っこを食べようとしていたので、私は具材が沢山ある真ん中を齧りつけと言えば、これまた小さな一口で齧ろうとする。
「ガブっていけって! ガブって!」
一度私を見てからカミキリさんが意を決してクレープに齧りついた。瞬間、やはり甘いものの後のしょっぱいものは美味しいらしく、行儀よく口の中のものが無くなるまでの間、彼の大きな目が雄弁にすごく美味しいと物語っていた。
「良かったらシェアして食べね? 甘いのとしょっぱいの交互に食べれば最後まで飽きずに美味しく食べれるっしょ」
「シェアすル」
クレープをシェアしたお陰で私とカミキリさんは最後まで飽きずに美味しくクレープを食べきった。



東屋の近くに設置されていたゴミ箱にクレープの包み紙を捨て、指先に付いたソースを行儀悪く舐めつつ戻れば、気になっていたことがあったらしくカミキリさんが口を開いた。
「そウいえば、さっき店員さんモ分かる人で良かっタ、テ。如何いう意味?」
「ああ、それね。大体あの手のやつ見た目で判断するのが殆どじゃん? もし、カップル認定されなかったら何処が駄目だったんだって詰め寄ってやろうって思っててよ。割引云々じゃなくてこちとら真剣にお付き合いしてんだっての、ってな?」
よっこいせ。カミキリさんの隣に座れば、ススっと距離を詰めてくる。隙間の概念が消えた今、カミキリさんの手が私の手に重なり指の間に指が入り込んだ。ぎゅっと握ってくるのに合わせ此方も握り返す。
すると、今度はカミキリさんが頭を寄せ凭れ掛ってきた。顔は真っすぐ前を向いたままだけど、目は眩しいものを見ているみたいに細く、口元も弧を描いている。
滲み出る柔らかな雰囲気を壊したくなくて私もカミキリさんの頭の上にコテっと頭を寄せた。

短いながらに充足した時間を過ごした。
「んじゃ、そろそろ行きますかー」
背筋と腕を伸ばしていれば、カミキリさんに上着の裾を引っ張られたので顔を向ける。緩やかに視界に入り込むカミキリさんの顔が徐々に近付き、鼻先が触れ合うくらい距離が縮まった。
どうやらその時、カミキリさんの親指が私の唇を撫でていたらしいが当時の私は全く気付かなかった。
……ッ」
何もせず無言で離れるカミキリさんの肩を掴んだ私は薄い唇に自分の唇を重ねる。触れ合うだけのキスを終え離れたら、きょとんとしたカミキリさんが其処にいたので私は目を数回瞬きさせ、面白い事に鏡合わせの如く同じタイミングで首を傾げた。
「あれ? キスして欲しいのかと思ったんだけど違った?」
私の言葉にカミキリさんが視線を逸らさず私の唇についていたソースを親指で拭ったのだと見せてくれた。
あー、と気恥ずかしさが込み上がる。とんだ勘違い。顔が火照っていくのが分かって、それを誤魔化すように私はカミキリさんの親指に付いたソースを舐め取った。自分の中では「これにて終わりッ」の気持ちでやったのだが、カミキリさんにとってはそうではなかったらしい。
親指に付いたソースを舐め取り離れようとする私を、私の両頬をそっと、でも、逃がさないよう包み込むカミキリさんの手。触れるだけじゃない、吐息まで飲み込む深い口付けの音が頭の中で大きく反響する。
「(ははっ、口の中がいつもより賑やかな味になってら)」
私は所なさげに浮いていた腕を静かにカミキリさんの後頭部と背中に回した。
どのくらい経ったのか分からんが、ようやくご満足したらしい神様が唇を離した。
「大家サん」
「ん?」

「こノあとマンションに戻ったラ僕に抱かれテ?」
「いーや、まだお天道様現役ー。めっちゃ明るいよー?」
全然ご満足していないカミキリさんを連れて私はその後、滅茶苦茶バッティングセンターでホームラン競争をした。