ひさね
2024-01-21 17:15:20
3541文字
Public
 

共犯者になりたかった話

好きな人を埋める話。ソウミカの死体埋めss。ミカ視点。魔王の討伐がなかった世界線の、しかも悪い方向に進んだif。

 宵闇の山道では烏が良く鳴く。きっと知ることもなかった光景に気疲れしているせいか、それとも想像以上に重たい袋のようなバッグを肩に担いでいるせいか、ぜえぜえと息が切れて煩わしい。職場で小麦粉も食品もうず高く積んで担いでいたから、力仕事にはそれなりに自信があったのだけれど。
 それにしても自分の身長より大きなシャベルも背負ったのは間違いだったかもしれない。歩く度、担いでいるものとシャベルがぶつかって、その衝撃が毎度背中に来るものだから痛いし、歩きにくい。分割して持っていくべきだったなあとか、段取りが大事だったなあとじんわり後悔しつつも、足は止めない。
 舗装された道から獣道へ入っていく。丁度山の中腹も越えたところだったから。そしてもう少し登っていく。ぱきりぱきりと落ちた枝を踏んで折り、盛り上がった岩に足と道具が引っかからないように、しっかり文字通り地に足を着けて歩く。
 獣が来たらそれはそれで楽だった。けれど、結局何も来ないまま烏ばかりが鳴いて、目的地に着いた。
 木も草も鬱蒼と生い茂っていて、それでも地面に岩や地形で凸凹してもいない。人の手が入っていないのに、こうも好都合だと少し寒気がする。
 どさり、と肩の荷を下ろす。文字通り。
 それからしゃがんで、地べたに置いた黒い袋のジッパーを開ける。顔が現れる。目を瞑って、穏やかなように見える。
 そういう死体だった。血が出ている訳ではないが、余り直視できるものでもない。頭では分かっていたけれど、じいっと見つめていた。手の甲で頬をさすってみれば冷たいばかりだった。動くことはなさそうだった。
 大柄な成人男性は思った以上に重い、と他人事のように感じた。良い教訓になった。今後使い所があるかは知らないけれど。
 ただ、こうして感傷に浸っている訳にもいかない。時間が限られている。はあ、とため息を吐いて、それから死体を埋めるとき、袋から出すべきなのかなと迷う。迷って、結局袋に入れたまま埋めることにした。
 好きな人の顔に直接土をかけるのは、どうしても嫌だったから。
 ジッパーを閉める。そしてシャベルを地面に突き立てた。
 
 彼と出会いは本当に些細な偶然が積み重なったものだった。市場でいつもの癖で荷物を高く積んで歩いていたら、うっかり石畳の隙間に足を引っ掛けて転んだときにたまたま助けてくれたのが彼だったこと。毎週礼拝に行く教会に牧師として彼が務めていたこと。職場の宿屋の主人とその教会の牧師と個人的な友人だったらしく、そこでまた顔を合わせたこと。後は、わたしが宿屋の裏で鶏を締めていたところに鉢合わせたりだとか。
 そういう偶然の積み重ねでわたしと彼の関係ができた。
 彼は穏やかそうにゆったりと話す人だった。実際、穏やかな一面もあったと思う。年上だったけれど親愛を込めて、くん付けで呼んでも笑って受け入れた。
 でもそれが本質ではないと気がついたのは、そう遅くはなかった。何時も漂う煙草の匂いやふとした折にまろび出る目つきの鋭さと手遊び。恐らく言葉を選んでいるのであろう長い間。強い日差しが苦手なのか快晴の日に出る口の悪さと、それから慌てて取り繕う所。
 何より、神を信じていなかった。牧師にも関わらず、微塵も信じていなかった。それを必死に覆い隠そうとする人だった。話せば存外分かることだった。
 とにかく不器用な人だった。後ろめたさから全て抱えてしまうような。他人にその重荷を分けないような。気がつけば気がつくほど、そういう所に踏み込みたくなった。頭の中がいっぱいになっていた。
 けれどどうすれば分けてもらえるのか、わたしには分からなかった。ただ私生活の部分で談笑したり隣町まで出かけたり、二人になることは多かったのに、いつも核心に触れる機会を逃して足踏みするばかりで、情けなかった。
 その結果、こうして穴を掘っているのでは詮無いことだ。
 昨日、教会が燃えた。未明。放火らしかった。教会の顔の牧師が亡くなった。彼の育ての親に当たる人だ。
 始めは放火魔かと思った。彼も殆ど教会に住んでいるようなものだから心配で連絡を取ろうとした。
 でも繋がらなかった。
 いよいよ不安になって、でも部外者だから続報を早く知る術はなく、宿屋のテレビやラジオの前で上の空のまま待つしかできなかった。
 そして夕方のニュースで、速報と物々しい様子で取り上げられた。
 曰く、死体は一つで彼の育ての親である、と。
 曰く、彼は消息不明である、と。
 これではまるで。まるで容疑者ではないか、と、思った。
 高く高くつもり過ぎた不安に激しい動揺が加わると、一周回って冷静になるものだ、と他人事みたいに思う。
 そして、ふと、彼が一人になりたいとき行く場所を思い出した。町の外れの山の麓、しかも森の中の誰が所有しているかも分からない、暫く人の手が入っていない小さな物置だ。こっそりそこを教えてもらって、そして持ち主が来たら怒られちゃうね、と朗らかに笑っていた。
 穏やかな記憶に胸が詰まる。
 同時に、そこに行かなければならないのだ、と思った。
 そんな変な使命感も降りてきたのだから、やはり平静ではなかったのかもしれない。
 仕事を終わらせて、日もすっかり沈んだ夜中、実家を出るときに使った大きな黒いバッグを持って、手袋をして出ていった。
 嫌な直感があった。
 せかせかと仕事で奔走するときよりもずっと早足でまっすぐ進んでいく。
 そうして目的地に着いた。静かだった。町でさえ人の気配がないのだから、山の麓となれば当然だけれど。
 木製の扉がやけに物々しかった。心臓がばくばくと耳に響く。扉が隔てている。彼の居場所と、わたしがいる場所を。これが、境界なのだ。きっとそうだった。ドアノブに手をかけるのも憚られる。扉の向こうに何があるのか。耳をそばだててみても良くわからなかった。自分の心臓の音でかき消されるから。彼がいるのか、いないのか、わからない。境界を越えていいのかわからない。
 一歩後ずさって、これじゃいつも通りだと思った。顔を打たれたような感じがした。
 見ないことには、何もわからない。扉の先にいなかったら仕方がない。いたら、その時どうすれば考えればいい。場当たり的だけれど、元々の動機だってそんなものだ。そう言い聞かせる。深呼吸をする。ドアノブに震える手をかけて、開く。
 果たして、宙に浮いた足を見る。自然法則に従って、不自然に揺れていた。
 やっぱりな、と思う自分がいた。聖書の背信者の末路と、そっくりだとも思った。
 通報しようと辺りを見回したら、部屋の隅でひっそりと存在を主張する大きなシャベルが目についた。気がついたら手を伸ばしていた。
 もう、なるようになれと思った。
 宙ぶらりんの彼を地に下ろす。息と脈を確認する。資格がないと判断してはいけないのだったか。ぼんやり常識を反芻しながら、何もない、生きてはいないと結論付ける。最早躊躇うことなくバッグに詰める。案外、容量があるものだと感心した。シャベルを背負って、重たい彼を担ぐ。尋常でない重量だったのだろうが、案外動けた。火事場の馬鹿力というものか。
 そして現在に至る。
 
 それなりに深い穴を掘り終えて、そこに袋を安置した。そして掘り起こした土をかける。
 土をかけて、埋め切ってしまえばもう二度と会えないのだと痛感する。地上と地下で完全に分け隔てられる。そうしたら、もう駄目だ。目頭が熱くなる。もうやりたくなかった。でも手は止まらない。それはそうだ。やると決めたからには完遂するしかない。
 思考はぐちゃぐちゃのまま体は惰性で動く。チグハグだった。
 もっと早く、仕事なんか中断して行けば良かったと思う。
 そうすれば、介錯ぐらいできたのに。屠殺が得意になったわたしが彼にできることはきっとこれだった。動物と人間を同列に語るのはどうかしているけれど、でも、罪を負って生きていけるほど彼は図太くない。そういう穏やかな所が好きだった。だから、せめて共犯者に、同じだけの罪を背負いたかった。
 何もかも後の祭りだった。
 最後の一杯をかけて、ぱんぱんとシャベルの底で叩く。草は禿げたが、概ね来た時と遜色ない形にはなった。
 どのみち、発覚するのも時間の問題であるだろうから、何でも良かったのだけれど。
 これからどうしようか、と考える。捜査の攪乱であるし、そもそも死体遺棄の罪そのものだ。それでも彼が負った罪に及ばないのが、歯痒かった。
 はあ、と息を吐き、空を見上げる。
 日は未だ昇らず、烏がけたたましく鳴いていた。
 存外夜は長いらしい。