出口
2024-01-21 03:47:22
3802文字
Public 夏虎
 

「次は何が知りたいの?」

生存IF外部呪術師な夏油さんと地下室生活中の悠仁な夏虎
ちょっと距離が近づくきっかけ?

「ねえ夏油さん、高専生の頃の先生ってどんな感じだった?」

 友人の教え子にそんな風に尋ねられたのは、件の教師から頼まれて同行した任務が終えたあとだった。
 私はそもそも、五条悟の教え子の中で彼に興味を抱く子など遭遇したことがなかったから驚いた。

「どんな、って例えば?」
 だから、思わず訊き返していたのはこちらもちょっとした好奇心からだったと思う。私とその子はその時まだ交流も薄かったし、その日同行したのだってたまたま悟の都合がつかなかったからだ。

 この子‪――‬呪術高専東京校1年虎杖悠仁は、目下呪術関係者から秘匿されている身の上で、彼がこの世に生きながらえていることすら限られた極少数の人間しか知らない事実だった。
 呪術規定に基づいて、呪術界の総督部から秘匿死刑を言い渡された虎杖悠仁は世間的には死んだことになっている。特級呪物である両面宿儺の気まぐれで生き返った虎杖の身柄は、秘匿されたまま悟の保護下に置かれているということ。
 しかし呪術界でも数少ない特級術師であり、更に数少ない動ける特級術師であるところの五条悟は、実はかなり多忙で。それでも虎杖を生かし匿うことに、将来有望な学生や中間管理職とも言える高専教師を巻き込み共犯にする訳にはいかず、こうして私にお鉢が回って来た。高専と関係を切らないまでも、適切な距離を保っているという部外者術師である夏油傑に。
 ものすごく断りたいと思いつつ、実は既に後輩の七海建人も巻き込んでいるのだと言われ、呆れながらもうなずいたのは我ながら軽率だったろう。

 ともかく、そんな子どものお守りも終わりに近づいた頃、実に子どもらしい好奇心に光る目が私を見上げて尋ねたんだ。



「どんな、って例えば?」
「うーん……五条先生って学生の頃からあんなデカかったの?」
「まあ、背は高かったよ。厚みは今の方があると思うけど」

「へーえ、最強だった!?」
「君と同じくらいの頃はまだ最強とは言えなかったけど、卒業する頃にはとっくに最強と言えたね」

「夏油さんも先生と変わらないくらいデカいけど、その頃から!?」
「止まるまで数センチは伸びたはずだけど、そんな感じかな」

 オマケのように私のことも尋ねて、虎杖は嬉しそうに笑った。
 大したことは訊かれていないし、何がそんなに嬉しいのか? と不思議だったが、
「五条先生、俺らに『青春しろ〜』って言ってたんだよ、先生の学生時代も楽しかったのかな? と思って想像した!」
 イタズラげに笑う表情に、何故だか悟を思い出した。容姿など全く似ていないし、性格も性質も異なるだろう2人だが‪――‬アイツが「悠仁とはノリが合うんだよね」などと言っていたのは、たしかに間違い無さそうだ。

「呪術高専生の青春なんて、大抵ロクなものじゃ無いけどね」
 しかし思い出し口にするのは、ちょっと皮肉めいた声だった。
「ま、俺も実際死んでるし? これからもどーなるか分かんねーし?」
 ちょっと情けない声で言うのですら、それでも柔く楽しげで‪――‬能天気なのかバカなのか、それとも悟の言う『イカレてる』というやつなのか、こちらも脱力してしまう。

「先生って昔からあの黒いアイマスクしてたの?」
「アレは最近だよ、去年なんか包帯のような布巻いてたし、学生の頃はサングラスだったね」

「あー、サングラスは今も時々してるよね!」
「今はスクエア型を愛用しているようだけど、当時はラウンド型だったよ、丸いやつ」

 両手の親指と人差し指で丸を作って覗くよう言ってやると、虎杖はまた笑った。

「夏油さんもその頃から髪長かったの?」
 そして続く問いは、また私のこと。
「今ほどじゃないけど、周りにはロン毛扱いされてたし髪はひとつに纏めていたね」
 簡単に説明してやると、色々なパターンでも想像したのか虎杖の瞳は右上左上とキョロキョロ動き、
「へ〜、あのさ、その頃の写真とかない?」
 ずいっと距離を詰めるよう迫って来た。

「悟と私の?」
「うん!」

 相手によっては図々しさすら感じる言葉でも、この子にかかればそれも和らぐ。こう無邪気にグイグイ来られるの、私はともかく七海なんかは苦手そうだけども。

「あの頃はガラケーだったからね。本体かmicroSDにデータは残ってるかも知れないけど、すぐに見られる状態には無いし多分画質も良くないよ」
 そのデータの吸い出しなんて手間をかけてやる気も無い私の説明に、
「あー、そっか、ガラケー!」
 虎杖はひどく落胆して見せた。
 何だろうこの……時間が許せばその手間をかけてやらなくもない、みたいに思わされるこの感じは。なるほど悟が絆されるだけはある。会話のとっかかりや社交辞令などではなく、本気で残念そうなんだ。



 そうした私と虎杖のやり取りは、継続的ではないが断続して続いた。
 忙しいとこ呼び出され、その度に悟へ恩着せがましい言葉を返しつつもおっとり刀でやって来る私の様子を硝子も笑う。「最近良く見かけますね」なんて挨拶がてら伏黒恵に言われ、立ち寄る本来の理由の言えない私は含みのないシンプルな笑みで誤魔化すしかない。

「ね、夏油さん、先生って昔‪――‬」
「君は悟のことをとても知りたがるね」

 いつものように問い始める言葉を遮ってやったら、虚を疲れたような驚き顔が私を見上げていた。

「そんなに訊いてる? 俺」
「会うたびに」
「マジで!?」

「悟に直接訊けばいいのに、答えてくれるだろう」
「ごめん、ウザかった?」

 ウザったくはない、むしろ‪――‬思い出を語るたびあの頃を思い出し、今のこの子と比べているところがある。
 悟とこの子をではなく、あの頃の私とこの子を。比べる? という感覚が適切なのかは分からない、むしろあの頃の私の傍にこの子が居たらどんな学生時代だったのだろう? といった感覚が近いのかも知れない。それはいくら想像したとして、存在しない記憶でしかないのだが。

「それで、今日は何を知りたかったんだい?」
 きっと私も彼とのこのやり取りを気に入っている。気に入っている? 積極的に好んでいるかはともかくとして、悪くないとは思っている。

「えっ? ……と、そーだなー」
「何? 決めてなかったの?」
「いや、さっきまで覚えてたんだけど!」

 用意していた質問がトぶほど驚いた? って少し面白い。
 そして虎杖は「じゃあ……」と小さく零すと、
「学生時代の先生ってモテた?」
 いつもの調子を取り戻すよう、イタズラげな笑みを浮かべて尋ねた。
「見た目ではモテたようだけど‪――‬長続きする相手はいなかったようだよ。彼はちょっとクセが強いから、すぐクズ扱いされる」
 一応言葉を選んだつもりだったが、教え子の前で担任をクズと呼んでしまったことを自分で笑う。
……クズって!!」
 見るからに健全な青少年といった虎杖にはその言葉の真意が飲み込めなかったのか、ちょっと顔を歪めてからやっぱり笑う。
「でもそーか、先生イケメンでモテたのか〜。最強でイケメンで高身長ってズルくね?」
 ズルいと言いながら嬉しそうなのは何だろう? 身贔屓みたいな感情だろうか?

「じゃあ、夏油さんは? 夏油さんも最強だしイケメンで高身長だし! モテモテ?」
 いつもの流れで尋ねられる私の過去に、今度は少し苦い笑いを噛み殺した。

「私はイケてる?」
「イケてる、イケてる!」

 軽い口調で同意する少年を、
「だったら君も、最初っから私のことを訊いてくれないか?」
 少しくすぐるよう尋ねた言葉は、きっと場違いだった。

「へっ?」
 しかし力の抜けた声を漏らし、私を見上げるまなじりが薄っすらと赤く染まり、身震いを堪えるような仕草で両手を結んだ少年は‪――‬そっと視線を落として「えー?」と小さな声を落とした。
 少し‪――‬予感はあった。人の心の中までは読めないが、大抵の行動には理由があるものだ。繰り返されるルーティンにも、理由はある。その周回を突き崩したら、見えてくるものがあるだろうという予感はあったんだ。

 軽いため息を落とした私を、小さく震えた虎杖がさっきより幾分潤んだ目で見上げてくる。
 狭い地下室が、更に狭く思えるような緊張が熱が空気を伝って感染してくる。

 最初から私にそんなつもりは無かったのだ‪――‬と、君の担任は信じてくれるだろうか?
 そもそも人選を誤ったと、どのタイミングで気づくだろう?

「きっと叱られてしまうな」
 だから甘んじで咎は受けるのだと、言葉にしてから彼を引き寄せた。瞬きを忘れたよう見開かれた瞳と、軽く開いた唇が何か言いたげにして何も言わないまま柔らかく押し潰されて歪む。

「何で‪――‬キスしたの?」
「確かにその質問は、私にしか答えられないね」

 やっと瞬きを思い出した瞳がゆらゆらと揺れるのに、なんとも言えない充足感を覚えた。
「して欲しそうだったから……というのは狡いかな?」
 潤いに胸の奥から腹の底まで満たされていく感覚に酔うよう言った私に、
「ずる……ぃよ……
 いつになく小さな声が耳を震わせる。
「他には何が知りたい?」
 次の問いを訊きたいと欲した時には、既に渇いていた。