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スサ
2024-01-20 23:21:57
1872文字
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【ヴィク勇ワンドロワンライ】熱/表彰台
日本でGPFやった年に優勝した…というていの短いお話です。
まだ耳の奥に歓声がこだましているようだった。
熱は体にこもったまま、シャワーを浴びて汗を流し、体の緊張をほぐしたとて、まだ消えてはいなかった。
勇利はぼうっとしたまま、ちょうど腰掛けられる程度の幅がある窓辺に腰掛けた。少々行儀が悪い。ミナコあたりが見たら咎められるだろう。だが、第二の母のような人はここにはいない。
今までだって歓声を浴びることも、まぶしい光の中で台に乗ることだってあった。国内なら。いや、国際大会でも、まったくなかったわけではない。だからこれは未知のことに対してこうなっているのとは違う。
「こら、勇利」
ドアが開く音がする前から、同室のコーチがバスルームから出てくることはわかっていた。単純な話、シャワーの音がやみ、着替えているようなごそごそした音が止まったからだ。タオルで髪を少々乱暴に拭きながら出てきた彼は、めざとく勇利の頭に目を留めた。視力が悪いスケーターが多い中、ヴィクトルの視力はとても良い。2.0あると聞いた時は「嘘でしょ?」と反応してしまった勇利だ。その後、嘘、1.5だよと訂正されたが、良いことに変わりはない。勇利の視力は、日本で車を運転する場合眼鏡使用を義務づけられる程度のそれだ。
「ちゃんと乾かしときなさいって言っただろう」
大股に歩いてきて、ヴィクトルは勇利の首に掛かったタオルを取り上げ、答えを待たずにわしわし拭き始めた。わっ、ととっさのことで勇利は声を上げたが、ヴィクトルはおかまいなしだ。ヴィクトルは勇利の言うことを聞いてくれる時と聞いてくれない時がある。
「
…
大丈夫だよ、そのうち乾くし
…
」
タオルの影から見上げるも、だーめ、とコーチは却下する。
「興奮してるのかもしれないけど、だめだよ。クールダウン、クールダウン」
言い返そうとして、勇利は黙った。
興奮している──と言われれば、まあ、それは確かにそうだった。何しろ、
…
ヴィクトルが初めて勇利の前に現れた時の目標が、ついに叶ったのだから。
今夜勝生勇利は、グランプリファイナルの表彰台の一番てっぺんに立ったのだ。その余韻は彼の頭をぼうっとさせるのに十分なものだった。それは一般的に考えても納得のいくことであるはずだ。
まあ、ヴィクトルくらい何度も優勝していたらもっと冷静になれるのかもしれないけど。
「こういう時こそ落ち着かないといけないし、おまえはそもそも休息を取るべきだ」
だが、ヴィクトルは何も自身の経験ゆえに落ち着いているわけではないのだとその眼差しに気づかされる。彼の青緑色の瞳には、ただ心配があっただけだったから。
「
………
なんだか、すごく熱くて
…
」
勇利は結局、正直になることにした。ぽそっとそれだけを口にして、ヴィクトルを見上げる。ヴィクトルは瞬きすると、困ったように微笑んだ。それはまるで小さな子どもを甘やかそうとするような、さてどうしようかというような雰囲気の表情で、勇利の心臓は持ち主に勝手にどくんと大きく跳ねる。
…
余裕がある、大人の男のような顔をしている。そう思った。
そしてそう思った後で、ヴィクトルは元々その条件に当てはまるのか、と思い直す。そこに続くのは、僕があと何年年を取ったらこんな風になれるのかな、ということだった。とてもではないが、そんな姿は想像ができなかった。
「
……
ヴィクトル、ずるい」
「なにが?」
心底驚いたという顔をした後、彼は苦笑した。そして、勇利の頭にタオルをのせたまま、ぎゅっと抱きしめる。バスローブ越し、勇利の耳にはヴィクトルの鼓動が伝わってきた。少し早いような、けれど落ち着いているようにも感じられるリズム。
「お祝いをしようね、勇利」
「
……
え?」
「俺にしてほしいことはない? なんでも聞くから、なんでもねだって」
「
…………
」
あまりのことに、勇利はぽかんとしてしまった。
おずおずと顔を上げてヴィクトルの顔を見上げれば、たとえようもなく優しい眼差しと出会う。
「どうしたの、俺のかわいこちゃん」
甘い声は春の雨のようにあたたかく降り注ぐ。
「
………
カツ丼」
「うん」
「カツ丼食べたい」
ヴィクトルは一度目を瞠った後、ゆっくりとたわませて笑った。
「もちろん。
…
今年のファイナルが日本で良かった」
そう言ってもう一度微笑んだ後、ヴィクトルは勇利の頭のてっぺんに口づけてくれた。
「
……
あつい」
そんなことをされたら熱がひかなくなってしまう、と勇利が少し恨めしげに見上げながら呟いても、ヴィクトルは微笑むばかりだった。
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