shirajira
2024-01-20 21:29:20
2107文字
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今は二人だから

2024.1.20 ビマヨダワンドロにて(ワンドロタグは付けずに投稿、お題「寒い」)
前世記憶もちで転生後に結ばれた現パロ

 一人の夜が苦手なのだ、と教えられたのは、付き合いはじめてしばらくしてのことだった。
 毎晩寝床に潜り込んでくるものだから、てっきりそういうことかと思って毎晩律儀に抱き潰していたら、苦み走った顔で「この狼腹め」と罵られ、そして教えられた。
 死を待つばかりの体から自分の熱が失われていく感覚や、自分の死を待つ獣たちの息遣い、暗くて寒い、寂しく恐ろしい夜を思い出すのだと。
 本当は言いたくなかったのだろう。始終しかめっ面をしていたビーマの恋人は、しかし言ってしまったからには仕方がないと、開き直ることにしたらしい。「お前のせいでもあるのだ、責任を取れ。お前はこれから死ぬまでわし様の抱き枕だ」と言い放ち、遠慮なく毎晩寝床に潜り込んでくるようになった。
 向こうが多忙でビーマが先に寝床にいれば、するりと横に潜り込んできたし、逆にビーマが忙しければ、ずっと寝ずに待っていた。一人では眠れないのだろう。
 仕方がねえな。ビーマはそう笑いつつも、同時にドゥリーヨダナのその行動に救われてもいた。
 ビーマと体格の変わらぬ、よく鍛え上げられた男は温かかった。その温かさが心地よかった。
「今晩は遅くなる。帰るのは明日になってからかもしれん。先に寝てていいぞ」
 上機嫌な男はそう言って出掛けていった。友人たちと飲み会だそうだ。恋人を束縛する趣味はないので、ビーマは気持ちよく見送ってやった。五時間も前のことだ。
 時計の針が日付を超える瞬間を見届けながら、ビーマはソファーの上で体を畳み込み、縮こまった。
 寒い。
 暖房はつけている。それでも寒いと感じる。天気予報で今日は一段と冷え込みます、とキャスターが言っていたのを思い出す。
 かじかんだ指先でスマートフォンをタップする。メッセージアプリに送った「帰りは何時頃になりそうだ?」という問いには、既読すらついていない。さぞ盛り上がっているのだろう。ひょっとしたら、酔ってそのまま寝落ちでもしてるのかもしれない。
 先に寝ていろとドゥリーヨダナは言った。だが、眠れるはずもなかった。この寒さでは。
 ドゥリーヨダナが、一人の夜は苦手だと、そう白状したから。ビーマは言わずに済んでいることがある。
 寒いのが苦手だ。最期の旅、ヒマラヤのあの山中、罪を告げられ瞼を閉じた瞬間を思い出す。
 生前の記憶を二人揃って持ち越したように、死に際の記憶に二人揃って囚われている。
 一人で寝れないドゥリーヨダナを、もうビーマは笑えなかった。寒くて寒くて、仕方がなかった。
 気がついたら、ソファーに置きっぱなしだったドゥリーヨダナのブランケットを体に巻き付けるようにして、玄関の前に座っていた。未だ既読のつかないスマホを握りしめ、ぼんやりとドアを眺める。
 その時は突然やってきた。ガチャ、と鍵が回った音に、ビーマはハッと顔を上げる。ドアが開いた。
 普段騒がしい男は、さすがにビーマは寝ていると思ったのだろう、静かに入ろうとしていたらしい。ビーマの顔を見るなり目を見開いて、「ビーーーマがおるではないかぁ!?」と大声を出して仰け反った。
「あ、おい、それわし様のブランケットだぞ! 何勝手に使っとるんだ!」
 うるせえよ。今何時だと思ってんだ。近所迷惑だ静かにしろ。
 そう言いたかったのに、口から出たのは「ドゥリーヨダナ」と何とも弱々しく恋人を呼ぶ声だった。
「さむい」
 寒いんだ。寒くて、苦しい。痛い。指摘された罪が、俺が俺であることを否定する。世界からの冷たい拒絶に、体が動かなくなる。
「さむい」
 ドゥリーヨダナは、今はビーマの恋人であり、かつてビーマの罪の形をしていた男は、後ろ手で玄関を閉めると、緩慢な動作で靴を脱いで家に上がった。目の前に立った男を、ビーマは見上げる。
 ビーマの顔を見て、ドゥリーヨダナが吹き出した。
「なーに子犬みたいな顔しとるんだ。似合わんぞ。ほら、立て。わし様を暖めろ」
 外は寒かったのだ。そう言って、ドゥリーヨダナが腕を広げた。ビーマは立ち上がって、その体を抱き締める。
 頬を擦り寄せれば、外を歩いてきたからだろう、ひんやりと冷たかった。くすぐったそうにドゥリーヨダナが笑う。
「お前は温かいな、ビーマ」
 ぎゅ、と抱き締められた。宥めるように、温めるように背中を撫でられる。
 ビーマは目を瞑った。かつて分け与えられなかったものが、今はこの腕の中にある。それだけで許されたような、あれはもう過去のことだと、そう言われたような気分になる。
 一人きりの夜も、寒くて冷たいヒマラヤも、もう終わったことで、俺たちは今や二人で夜を過ごせるし、熱を分け与えることだってできるのだ。
 それは幸福なことだ。身が震えるくらいに。
 ビーマの震えを寒さ故だと思ったのだろう、ドゥリーヨダナが静かな声で、「先にベッドに入ってろ。すぐ行くから」と言ったので、ビーマは「もう少しだけ」と掠れた声で返した。
「もう少しだけ、温めてくれ」
 もう寒くはなかったけれど。もう少し幸福を噛み締めたかったから、ビーマはそう囁いて、ドゥリーヨダナを抱き締めた。