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ぎんちき
2024-01-20 10:21:47
6668文字
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再録
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Love Me Tender
2022/05/03 全国大会で頒布した無配(新刊のおまけ)です。
『世界中のラブソングが俺たちを』(2022/05/03発行)内、「綿いっぱいの愛を!(旧題:つながる)」よりも少し前の出来事、という位置づけの独立した短編になります。
「っはー、最っ高! クリームソーダって、何でこんなにも人を幸せな気持ちにしてくれんだろうなぁ!」
丸井と木手。ふたりは喫茶店で顔を合わせていた。丸井は私服、木手は制服を着て、各々飲み物を口にしている。丸井の前には緑色の炭酸飲料に、真っ白なアイスクリーム、更に真っ赤なさくらんぼが載せられた昔ながらのクリームソーダがあった。つい先程到着したばかりだというのに、既に量は半分程度となっていた。一旦メロンソーダを飲むのは止めて、スプーンを用いてアイスクリームを掬っては口に運ぶ。
「別で頼んでいたものが来る前に飲み終わってしまうじゃないですか」
対する木手の前にはブレンドコーヒーがあり、それをふーっ、と冷ましながら少しずつ味わっている。
「だけどさ~、うまいもんはうまいんだから我慢するのも勿体ねぇじゃん! しかもアイスは放っておいたら溶けちゃうし
……
」
「お待たせいたしました。ホットケーキをご注文のお客様」
「あ。こっちです! ありがとうございます」
店員が置いた皿の上では厚みのあるホットケーキが二枚重ねられている。熱によって徐々に溶けていくバターを手早くフォークで塗り広げた後、丸井は付属のメイプルシロップをたっぷりとかけた。黄金色のシロップが、とろりと垂れ落ちていく。
「うっまそー! いただきま〜す!」
ナイフで切り分けてから、口を大きく開いてそのままぱくりと頬張る。丸井は特に何も言葉を発しなかったが、ホットケーキが次々と口へ運ばれていく様子を見るに、大層気に入ったようであることが伺えた。
「
……
」
それを木手がじっと見ていたので、丸井は一瞬手を止める。そして再びナイフでホットケーキを切った。そのまま切り分けたものの刺さったフォークを木手の目の前に突き出して言う。
「ほら! キテレツも食べたいんだろ?」
「え? いや、違います
……
けど」
木手はただ単に丸井の食べている姿を見ていただけなのであったが、丸井はそれを「ホットケーキが食べたくて見ている」と勘違いしたのであった。
「遠慮すんなって〜!」
「け、結構です」
断り方を考えるにどうやら本当に食べたくて見ていた訳ではなさそうだ、と丸井も理解はしたが、その手を自分の方へと戻すことはなかった。今や彼の目的は変わり、今では「自分の食べたおいしいものを木手と共有したい」というものとなっている。ニコニコと笑顔を保ったまま、言葉を変えてでも食べてもらおうとした。
「マジで美味しいからさ、食べてくれよ。
……
あ、やべ垂れ
――
」
「
……
ん」
たっぷりとかけられたメイプルシロップが大きな雫となりテーブルに垂れそうになったので丸井は咄嗟に手を引きかけた。しかし木手がすかさずその手首を掴んでケーキを口に含んだ。甘い。と反射的に思ったが、その後に広がるバターや小麦の素朴な風味に木手の頬もほんの少し弛む。それを見逃す丸井ではなかった。
(ちょっと強引だったけど
……
。やっぱり美味しかったみたいだし、よかったな)
しかし、ここで調子に乗り同じことを繰り返そうとするものであれば、この幸福な空気感が一変するのは火を見るより明らかだ、と思い再度木手の口元へ運んでやりたい欲求をぐっと抑え込み、残りは自身で食べることに決めた。ひとくち食べる度に瞳を輝かせる丸井を見て、木手が口を開く。
「初めにナポリタンを食べて、今度はホットケーキも食べて
……
。本当によく入りますね」
「当然! うまいものはいくらでも入んだよ。
……
そういえばキテレツが食べてたのもよさそうだったよな」
そう返され、木手はええ、と頷く。彼は先ほどまで、たまごサンドを食していた。
「ゆで卵じゃなくて厚焼き玉子が入ってる、っていうのはテレビで見たことあったけど、ほんとなんだなぁ。俺も今後作ろうかな。そん時はキテレツにも食べてもらいたいかも、なんて」
「ふふっ。その時は是非お願いします」
「
……
! 勿論。その時が来るの、楽しみにしとけよい」
半分冗談のつもりで言い出したので、木手がそう返答したことに丸井はわずかに驚いた。しかし喜ばしいことであることには違いない。その嬉しさが隠し切れない表情を浮かべる丸井であった。
「ああ、そんな話をしていたら思い出しましたが
……
先日はチーズケーキをありがとうございました」
「
……
え? 前のやつ? 何だよ改まって。通話した時もお礼言ってくれてたじゃん」
「そうですけど。実はあの後家族とも食べて、特に妹が喜んでいたのですが、それを言っていなかったなと思いましてね。それに、こういうのは直接伝えた方がいいものでしょう」
「確かに、俺は嬉しいからいいけどな! 喜んでもらえてよかった。実はさ、俺用のやつよりキテレツに送ったやつの方が砂糖控えめだったんだぜ。その甲斐があったかな」
そんな風に他愛もない会話をして。ふたりして頼んだものを食べ終わり、会計を済ませた後に外へと出た。辺りはもう薄暗い。そして、冷ややかな冬の風が肌を刺すように吹く。室内で温まっていた身体も、このままではあっという間に冷えてしまいそうだった。
「思ってたよりゆっくりしちゃってたんだな。夕飯は
……
今からガッツリってのも、俺はいいんだけど
……
そうだ! ホテル行くまでにコンビニでも寄って軽食でも買うってのは?」
「そうですね
……
。そうしましょう。では、行きましょうか」
「おう」
今いる場所から今晩の宿までは電車で何駅か行く必要がある。ふたりは駅に向かうべく、喫茶店を後にした。ここから駅までは徒歩数分程度の距離しかなく、更に、来るときにも見たはずであるにも関わらず丸井は辺りをきょろきょろと見回す。慣れない土地の風景が珍しいのであろう。それをわかっているので木手は特に何も言わずにいた。自分はしっかりと道に迷わぬようにしよう、とも思いながら。
「あ!」
「何ですか」
もうすぐで駅に着くというところで丸井が足を止め、声を上げた。
「おい見ろよキテレツ、あんなとこに観覧車! 乗る?」
「
……
乗りません。行きますよ」
「ちぇっ。つまんねーの!」
*
「そういえばさ。わざわざ大阪で受験するってことは、こっちでの進学でも検討してんの?」
用意されていた寝間着を着用済みの丸井が、ドライヤーの音がパタリと止まり、髪を下ろした木手が浴室から部屋の方へ現れた途端、そう問いかけた。
「え? 急ですね
……
それは
……
なきにしもあらず、ですかね。今日の学校は、勿論選択肢として考えてはいますが、少し試験日が早かったので受けてみた、というのも理由のひとつでしたし。何はともあれ、今後の試験も含めて結果が出てからでないと判断はできませんよ」
「それもそっか。ま〜、キテレツなら全部合格してそうだけど」
丸井の言葉に木手はひと呼吸おいてから「当然でしょう」と応えた。そしてホテルに着いてすぐ、丸井と夕食を共にしたテーブルへ歩み寄り、椅子に座った。
「なんかわりぃな、そんな大事なタイミングでこんな浮かれ野郎が来ちゃって」
「いいんですよ。俺はむしろ
……
いえ、そうですね。宿を取ってくださったのは助かりましたよ。
……
ただ、
これ
・・
ばかりは論外ですが」
そう言う木手が目線を向けたのは、室内に鎮座するベッドであった。それのサイズは大きく大人がふたりほど横になることができそうである。それがただひとつだけあった。
「ごめんって! ダブルって書いてあったからそれでいいんだと思ってたんだよ
……
ツイン、ってのが正解だって知らなくて
……
」
「あ。その、これはアナタに託して確認をきちんとしなかった俺の怠慢でもありますから」
そう思ってはいるのだが、この状況に納得しきれず木手は深いため息をついた。対する丸井は、自分のせいであると大変気まずそうな表情を浮かべていたが、ふと何かを思いついたように目を見開き、言う。
「そうだ! タオルとかを敷き詰めてさ、俺は床で寝るわ! 名案だろい?」
「は?」
「やっぱキテレツは試験で疲れてる訳じゃん? だから広いベッドで寝てくれよ」
丸井が明るく言えば言うほど、木手の眉間に刻まれた皺が徐々に深さを増していく。それに気づかない丸井は、せっせと自分の荷物から余分に持ってきていたタオルを引っ張り出していた。バスルームにまだ余っているものがあるかもしれない、とそちらへ向かおうとしたタイミングで木手がその肩に手を置き、待ったをかけた。
「ちょっと。丸井くんだって長旅で疲れてるでしょう。別に俺は構いませんから、ベッドで寝なさいよ」
「え、でも
……
それじゃキテレツが床?」
「ちがっ
……
わかりませんかね。いいって言ってるんですよ! 一緒に、でも」
「いっ
……
一緒に!?」
沈黙。
「あ。あぁ〜そう、そっか。まぁ確かに? 何を意識してんだって話だし?」
自らを納得させようとしているのだろうか。大げさに頷きながら丸井が言う。
「あとは寝るだけだってのに、何かがあるわけじゃないもんな?」
「当たり前ですよ。
……
そうでないと、困ります」
それってどういう意味? と丸井が聞くよりも早く。木手はベッドへと潜り込んだ。壁の方を向き、顔を半分ほど掛け布団で隠す。
「
……
じゃ、俺も」
ゆっくりとした動きで丸井もベッドに横たわった。木手に背を向けて、瞼を閉じる。
「なぁ、キテレツ。ちょっと聞いてほしいんだけど」
「
……
何ですか?」
「俺、今日来られてよかったなって。俺はもう専門に行くの決まってるし、学校も自由登校になって
……
。でも教習所に通い始めるのはもうちょっと先だったから。言っちゃえば暇で。だから今日は、すげぇ有意義な時間を過ごせたな〜って。人が話すイントネーションが普段聞いてるのと違うとか、エスカレーターで右側に寄るのとか、全部新鮮で、面白くて
……
ああ、えっと。キテレツが受験で頑張ってるのに俺だけ遊んでて、そこは申し訳ないけど
……
」
「さっきも言ったでしょう。いいんです、それで」
間を空けて木手がぽつり、と漏らした。
「
――
……
これは、寝言を言っているものとして聞いてほしいのですが」
「
……
ん」
「丸井くんがわざわざ来てくれたのは
……
嬉しかった。試験の前、俺らしくはなかったのですが、やはりどこかで緊張はしていたようで
……
ほんの少しですけどね。まぁ、とにかく。終わったらアナタにすぐ会える、と思っていたら少し、落ち着いたんです」
「
……
」
丸井がそれに対して返答をすることはなかった。何故なら木手が「寝言」だと前置きをしていたから。応えて、抱き寄せて、自分の感情を思うがまま、相手に伝えたいという己の中に生じた願いが過ぎ去るのを、待った。
(あー、こんなんじゃ眠れねぇよ
……
)
互いに少し離れた位置にあるはずなのに、背中越しに感じる体温と呼吸に意識が集中してしまう。早く寝てしまおう、そう思うほどに眠気は遠のいていった。丸井がきゅっと瞼を閉じていると、恐らく寝返りを打ったのだろう振動が寝台を通して伝わってくる。
(
……
でも。ちょっとだけ)
寝顔を見たい、と思った。そうすればきっと、自分もどこか安心して眠れるだろうから、と理由をこじつけて。すぐに動くのも何なので、しばらくしてから自分も寝返りを打つように、身体の向きを変えて、薄く目を開いた。
薄暗くぼんやりとした視界の中で、瞼を閉じる木手の顔がすぐそこにあった。穏やかな呼吸に合わせて布団が上下する。
触れたい。丸井が明確にそう思ったのかは定かではないが、とにかく気づいたときには木手の手を、優しく握りしめていた。数秒そのままでいて、丸井が我に返り、その手を離そうとしたとき。今度は木手が丸井の手を握り返した。驚いた丸井がもう一度木手の顔を見ると、はっきりと目があった。心臓が一際大きく跳ねる。早く、寝たふりをしなくては
――
。
しかし。頭の中でそう思えども、交差する視線を躱すことなどできなかった。
「
――
、木手」
丸井が半ば無意識のうちに絞り出したその声は、ひどく掠れていた。
「
……
丸井くん」
それに応じるように。小さな声ではあったが、木手は、確かに丸井の名を呼んだ。
「
……
」
どちらからというものでもなく。双方は顔を寄せ合い、唇を重ねる。すぐに離れたが、それでもなお、今までよりも至近距離で交わされる目線が外されることはなかった。
(俺は、)
どうすればいいのだろうか。どうしたいのだろうか。何もわからなかった。ただここにあるのは愛しい人と、うるさく騒ぎ立てる自分の拍動だけで。
(このままでは、駄目だ)
そう思い、木手は再び丸井に背を向けた。
「おやすみなさい」
「
……
おやすみ」
小さなやり取りがそれで終わった。耳元に心臓があるのではないかと錯覚してしまうほど激しく拍動するそれに気がつかないままでいられたならよかったのに。そう思い頭から布団を被って、強く強く瞼を閉じた。
「
……
はよ」
「おはようございます」
木手が目を覚ますと既に丸井は着替えまで終えていて、小さな音量でテレビを見ていた。流れているのは朝のニュース番組。画面上部に小さく表示されている天気予報に添えられた、数秒おきに次々と切り替わっていく地名はふたりにとって、あまり馴染みのないものである。
顔を見合わせたとき、ふたりとも相手が目の下に濃いクマをこさえていることに気がついたが、互いに何も言わなかった。何と言うべきか悩んだのだろう。口を無言のまま何度かパクパクと開閉した後に、丸井がようやく声に載せて言った。
「今日、帰るんだよな」
「ええ。丸井くんだってそうでしょう」
「あー、うん」
着替えを始めた木手の方には目線をやらずに続ける。
「俺の乗る新幹線、キテレツの飛行機より時間に余裕あるんだ。だから空港まで送ってく。それまで、一緒にいさせてほしいんだけど、いい?」
「わかりました。
……
あの、丸井くん。その、俺たち、
……
――
あ。やはり、これを言うのはやめておきましょうね」
勿体ぶるなよ、と丸井は笑う。そして、ようやく木手の方へと視線を向けた。
「ここで言葉にしてしまうよりも、自分の力できっちり実現させたほうがいいと思いまして」
「
……
そっか。なんか、お前らしいな」
「どうも。では、準備を済ませたら、行きましょうか」
「そうだな! んじゃ、朝飯は何にしよっか」
*
「
――
でさ、そんときジャッカルが」
「あの、丸井くん。そろそろ
……
」
「あ、うん。でも。もうちょっと」
空港に着いて、食事を済ませた後。丸井は木手との別れを惜しむように普段以上に彼へと語りかけた。その気持ちを汲み、木手も丸井の気が済むまで話を聞いてやろうとしていたが、流石にそろそろ時間の限界を迎えようとしている。どうしたものか、少しの思案の後に、まだ話を続けようとする丸井を遮るように、木手が口を開いた。
「丸井くん!」
「ん。んぇ? 何?」
「免許。
……
アナタが免許を取ったら、レンタカーでもいいですから。乗せてくださいよ、助手席」
突然そう言われた丸井は驚きこそすれ、すぐに木手の意図を理解して、飲み込む。
「
……
おう!」
「もっとも、俺も落ち着いたら取るつもりではあるので、どこかへ旅行でもして
……
どちらがより優れたドライビングテクニックを持っているのか試すのもいいですね。法令遵守で」
「うん
……
約束、だな」
「はい」
それは、いつ、どこで叶うかもわからないこと。だからこそもしかすると夢想にすぎないのかもしれないが、今この瞬間のふたりの中では、確かな希望として存在している。
「
……
では、そろそろ俺は行きますよ」
「ああ。またな、キテレツ!」
「ええ、また。丸井くんもお気をつけて」
「サンキュー。とりあえず俺は駅着いたら連絡するわ!」
「わかりました。では」
スーツケースを引いて、徐々に遠のき小さくなっていく木手の背を、丸井が見送る。昨晩はあんなにも近くにあったのに
――
と、駆け寄りたい気持ちはまだあったが彼との約束を胸に、グッと衝動を抑えながら後ろを向く。そして、丸井は彼の向かうべき場所へと歩き出した。ふたりの再会の時は、決してそう遠くはない。
* * *
「俺、お前と繋がりたい」
「
……
わかりました」
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