望月 鏡翠
2024-01-20 02:25:52
922文字
Public 日課
 

#1241 「湖」「豚飼い」「服」

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 私が取材した一族は、湖を唯一の領土としていた。湖の上に船を浮かべ、そこを家として暮らしていた。船団が彼らの村なのだ。
 招待された直後の数日はひどい船酔いに悩まされた。何しろ揺れていない瞬間がないのだ。いっそ湖の中に落としてほしいとすら思ったものだ。
 だが、数日するとすっかり慣れて、船と船の間を落下することなく渡ることすらできるようになった。あらかじめ決めていた日程は、もう半分過ぎていたが、ようやく観察調査に移ることができた。
 湖の上というのは人間が生活する場所ではない。だからさまざまなものが不足している。便利なのは、水がどこでも手に入れられる点だが、下水はそのまま湖に流れている。人口が増えて、自然に処理される漁を超えてしまったら、すぐに破綻をきたす、小さいからこそ成り立つシステムだった。
 湖の上に浮かべた浮島を住居とする彼らは、当然農耕するような土地をもっていなかった。主な食事は魚と湖で採取できる水草である。しかし、彼らはベットや家畜の疑念は持ち合わせていた。
 船の上でネズミを獲ったり獲らなかったりする猫。船乗りは猫が好きだ。残飯もよく処理してくれる。それは理解できる。だが家畜はどこにいるのだろう。少なくとも船の上には存在しなかった。
 彼らは貴重なタンパク源でもあり相棒でもある家畜を紹介してくれた。
 それは鯨だった。
 淡水に住むカワイルカの一種だ。元々この辺りにいるものではないはずだから、彼らが持ち込んだのだろう。ピンク色のぶよぶよとした皮膚が豚に似ているので、湖でイルカを飼っているその一族は豚飼いと言われていた。
 彼らは漁を手伝ってくれるが、同時に冠婚葬祭の折には肉にされて村人の食卓にのぼる。あたしも客人ということでもてなしの肉を振る舞ってもらった。調味料や服は、生産する能力を持たないから、村の外から仕入れている。
 醤油と砂糖で甘辛く煮付けたそれは生臭さはあるが、確かに豚肉に似ている気がした。だがイルカというのは賢い生き物だ。群れの仲間を襲う人間のことを本当に飼い主と認めているのだろうか。
 私は、たくさんのイルカが泳ぐ湖の上で生活しなければいけないことが、少しだけ恐ろしくなった。