望月 鏡翠
2024-01-20 01:14:02
895文字
Public 日課
 

#1240 「朝」「山羊飼い」「帳面」

#毎日最低800文字のSSを書く


 彼は険しい岩場をひょいひょいと上り、草を食む山羊たちと同じ生活をしていた。山羊はやかましかったが、男はとても寡黙で一言二言話したとしても、山羊の声に遮られてほとんど聞き取れはしなかった。
 大抵の人間は、彼のことを学校に行かずに山奥で暮らしている朴訥とした若者だと思っていた。だが彼は朝早くから真面目に働き、賢かった。村人と金銭のやり取りが発生したら全てを帳面にまとめていた。
 彼は文字がわかったし、数字を書くことができた。それを計算することも当然できた。
 だが男は、少しだけ学がある村人と違ってとても賢かったので、文字や数字がわかること明らかにしなかった。ただ金額を誤魔化した相手には二度と毛皮もチーズも肉も渡さなかった。
 なぜなのかと言い募られても、寡黙な男は口にしなかった。村におり必要なものだけ買うと山羊とともに岩場を上り、誰にも追いかけてくることができない場所で、村人を見下ろしていた。
 山羊にとって最も良い場所は涼しい山の上だが、買い物をするのに最もいい場所は、山に近い場所にある村は買い物をするのにいい場所ではない。山をさらにおり、街まで出て行くようになった。そこまで行けばチーズや毛皮、そして山で採取される薬草ももっと高価に売ることができた。
 その金を使って着飾ることがなかったから、村人は男が裕福になったことに気づかなかった。最近取引に来ることがなくなったが、病でもしたのだろうかと訝った。何人かは無事を確かめにいったが、男が今まで通りに生活をしているのをみて、いったいどうやって生活をしているのだろうと訝った。だが男が村に来ることがなくなったので、縁がない話だった。
 男は取引のために街に通ううちに、チーズ屋の娘と親しくなった。娘は、口数が少なく素朴な生活をしている男の人柄に惹かれた。山奥の生活でも構わないと言って男と一緒になった。
 共になったあとで、彼女は驚かされただろう。
 男は堅実に生活する傍ら、コツコツと金を貯めていた。山羊とともに暮らしているのは、彼が山羊を愛しているからだ。
 愛する女性と山羊とともに、男は山奥で平和に暮らした。