戸倉
2024-01-18 23:56:08
4307文字
Public にょ
 

またのご来店を、

現パロ牧台♀V先天性にょた
24h営業ファストフード店にて。
モブおねえさん目線。
W→→→→→→→→→→→→(←)(←)V

 深夜帯のアルバイトは生活リズムの崩れさえ気にならなければ割がいい。終わらない行列を捌く必要もなく、穏やかな時間の流れる中、私はいつものように欠伸を噛み殺していた。
 午前一時。客のまばらな話し声と控えめな音楽の流れるファストフードチェーンの店内は昼間とはまるで様相が異なる。タクシーを使うのが勿体無くて朝まで時間を潰している大学生の四人組や、悲壮感たっぷりの中年の会社員、ラップトップを開いたまま船を漕いでいる青年や泥酔して眠りこけるカップルなど、客層は様々だ。

 自動ドアが開き、冷えた外の空気が入り込んできた瞬間、今日が【あの日】だと気づき心がざわつく。上背のあるスーツ姿の黒髪の男、その男の腕に絡みつきながらよたよたと歩くのは、ハニーブロンドの腰まである髪を揺らす長身の美女。私が彼らの来店に遭遇するのはこれで四度目のことだった。

 酔い潰れた状態の女をレジカウンターから見えるソファ席に座らせ、男が注文をしにやって来る。ホットコーヒー片手に席へ戻ると、男は女の赤いロングコートのボタンを上から順に外していき、脱がせたそれをブランケット代わりに彼女へ掛けた。そして、小さく口を開けたままだらしない顔で眠る彼女を自分の肩に寄りかからせる。

 特定のお客様をガン見してはいけない。それくらいの慎みは持っているはずなのだが、とにかく深夜は客が少なく仕事もすぐに終えてしまい手持ち無沙汰だ。それに、レジから良く見える席に座っているため、どうしても目に入りやすい。レジからは死角になっているソファ席だって今の時間帯なら空いているというのに。

 時折、もぞもぞと体の向きを変えようとする女の髪を右手で優しく撫でたり、柔らかそうな毛先をくるくると指に巻きつけて遊んでいる男の左手にはスマートフォン。画面に集中しているのかと思いきや、女がもごもごと寝言のような音を発するたびに、くしゃりと顔を綻ばせ、桜色の頬を指でつついたり、垂れた涎を拭いてあげたり。男は笑うと少し幼く見えた。勝手ながら三十代くらいかと思っていたが、もしかするともっと若いのかもしれない。
 目の保養というよりも、業務中に私は何を見ているのだろうという気持ちの方が強くなってきた。だが、やめてほしくはない。勝手に楽しんでいて大変申し訳ないが、眠気の襲ってくる暇な時間にはもってこいのエンタメなのだ。
 
 実際、彼らを気にしているのは私だけではない。彼らの席の近くを通る人は、普段お目にかかれないレベルの美男美女カップルを凝視し、その後なんだか見てはいけないものを見てしまったように目を逸らす。そして、ちらちらと二度見したり三度見したり。そんな周りのそわそわした雰囲気を男が気にする様子は一切なく、彼女の枕としての役割に集中していた。

 午前三時を過ぎた頃、スケートボードを持ったヤンチャそうな男性三人組が来店し、店内が少し騒がしくなる。さて、あのカップルはどうしているかとソファ席へ目をやると、黒髪の男と視線がぶつかった。切れ長の鋭い目に萎縮して顔を背けようとした時、男がぱくぱくと口を動かす。何を言っているか聞こえる距離ではない。面目なさそうな顔。何かを頼むような、申し訳なさそうな――
 あっ。察してしまった私の表情に男は小さく口角を上げ礼を述べるように片手を上げた。
 穏やかな寝息を立てる女を起こさぬよう、そっと横に寝かせ、男は手洗いへ向かう。わざわざレジから見える席を選ぶ理由。それに私はまんまと利用されているわけだ。だが、たった数分離れるのも心配なくらいなら、安いホテルの部屋でも取ればいいのに。よく分からないカップルだ。

「おおきに、おねえさん」
 数分後、手洗いから出てきた男は真っ先にブロンドの彼女の姿を確認し、私にニコリと微笑みかけた。特別なにかをしてあげたわけでもないので、どういたしましてとも言えず、ただ小さく会釈を返す。可愛すぎる彼女を持つと一瞬でも目を離すのが怖いということか。やっぱり尚更ホテルを取るか互いの家に泊まった方が合理的に思えた。
 
 席に戻った男は、女の体を両手で支えながら起こし自分の肩へもう一度寄りかからせる。いっそのこと横に寝かせて膝枕をしてあげた方が寝やすいのでは?そう進言したいくらいだったが、男の肩口に頬を擦り寄せる幸せそうな寝顔を見て、あの場所が彼女にとっての定位置なのだと思い知る。それに男の膝は筋肉質で硬そうだ。枕には向いていない。

 外がぼんやりと明るくなり始め、終業時刻が近づいてくる。始発を利用する客が店から出て行き、新しい客がちらほら入店してきた。もうすぐ家に帰れると思うと途端に眠気が襲ってきていけない。ぎゅう、と手首の辺りの皮膚をつねって視線を遠くへやる。すると、またソファ席の男が目配せをしてきた。どうぞどうぞ、あなたが席を外している間くらい私がお姫様のことをお守りしますよ、と勇者の気分で深く頷いてみせる。結局のところ、彼らはどういう関係なのだろう。ホテルや自宅を使えないカップル、訳ありか。見たところ後ろ暗い感じはないのだが、人は見た目では分からないものだ。立ちっぱなしで硬直した筋肉を伸ばすように腕を回し、上半身を捩る。一度目の離席とは違い、今度は十五分経っても男は戻ってこなかった。

「あ、あの!」
 突然上擦った声に呼びかけられ慌てて姿勢を正す。大きな青い瞳を潤ませた女が狼狽した様子で駆け寄ってきた。睫毛が長い。口が小さい。すっと通った鼻筋。瞳は以前旅先で見た透明度の高い湖のように透き通っていた。初めて近距離で見る美女の迫力に心臓がドキドキとうるさい。左目の下に小さな泣き黒子があることを初めて知った。
「スーツの男のひと、えっと身長デカくて、目つきあんま良くないひとなんですけど、どこ行ったか知ってますか?」
 黒いモックネックのセーターにベージュのミニスカート。ロングブーツとミニスカートの間の絶対領域。思わず上から下までじっくりと見つめてしまった。
 女は細い両腕で自身の体をきゅっと抱きしめ不安げにうつむいている。お探しの男性は手洗いに立たれているだけですよ――。そう答えようとした時、女の背後からにゅっと長い腕が伸びてきた。
「うわぁあっっ!!!」
 女が低い驚嘆の声を上げる。がっしりと後ろから回された手を瞬時にはたき落とし、後ろで飄々と笑みを浮かべる男の腹筋目掛けて拳を入れた。その間三秒にも満たない。男は痛がる素振りを一切見せず、なんなら飼い猫に猫パンチされて喜んでいるかのように笑みを深くし、金色の丸い頭を撫でた。女がすんと鼻を鳴らす。
「ほんの少しくらい煙草ガマンできないもんかなぁ?」
 女は溜息混じりに男を上目遣いで睨みつけた。手洗いにしては長い離席だと思っていたが、どうやら外で煙草を吸っていたらしい。
 不貞腐れた彼女の肩を抱きながら席へと戻る途中、男が顔だけこちらへ向けた。
「堪忍な、おねえさん」
 謝罪というよりは自慢に聞こえた。ウチのかわいい彼女が迷惑かけたね、とかそんな意味の。やっぱり彼女だよなぁ。そうでなければあの距離の近さも、女が不安そうだった理由にも筋が通らなくなる。
 
 数分後、一度席に戻っていた女が、赤いコートに身を包み、カツカツとヒールを鳴らしてカウンターへ戻って来た。
「あの、ホットコーヒーふたつ、いちばん大きいサイズのください」
 コートを着ているということは、そろそろ退店するのだろう。今夜のエンタメは非常に濃かった。お腹いっぱいだ。じんわりと謎の達成感に満たされながら、会計を素早く済ませる。コーヒーの出来上がりを待っていると、女が躊躇いがちに話しかけてきた。

「あの、あの人、彼氏じゃないんです。ただの知り合い、いや、ともだち?なんです」
 ソファ席で足を開きふんぞり返って座る男をこっそり指差し、女は眉間に皺を寄せ囁いた。思わず、えっ?と大きめの声が出る。
 はて、何の弁明だろうか。私がお二人に興味津々なことが滲み出てしまっていたのか、はたまた相手に自白させる超能力をたった今天から授かったのか。
 頭の中に広大な宇宙が広がっていく。ブラックホール、ビックバン。付き合っていない?そう思っているのは彼女だけなのでは?けれどそうだとすると、とっくの昔に男の方が自宅に連れ込むなりしているだろう。つまり二人とも同じ認識ということ。
 目の前の彼女は自身の告白にいまさら恥ずかしくなったのか頬をわずかに染めているが、彼氏ではないのにその距離感の方がよっぽど――
 明け方の脳みその処理能力では、彼女の日本語を理解することはできなかった。首を傾げながらラージサイズのカップの蓋を丁寧にはめ込む。
 砂糖とミルクの数を聞くために私は口を開いた――――はずだった。

「あ、これから彼氏になるってことでしょうか?」
 私の妄言に今度は彼女の方が、えっ?と声を上げる番だった。完全に店員と客の会話ではなかったが、彼女は真面目にうーんと長い睫毛を伏せて考え込む。そして、おそらく男には絶対に見せない悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「まぁ、あっちの僕に対する興味がもう少し続けばそれもアリかな?」
 かわいいのにカッコいいってどういうことだ。
 
 その後のことはよく覚えていない。その見た目で僕っ子なんですか。一体いつからこんなカップル詐欺みたいなことをしているんですか。男性の方とんでもない理性の持ち主なんですね。両片思いがこの世に存在するなんて初めて知りました。一瞬にして脳内で三年の月日が流れたかのような感覚になり、ドッと疲れが押し寄せてきた。

 コーヒーを片手に二人が去っていく。入店した時にはべったりと引っ付いて腕を組んでいたのに、今はそこにひと一人分ほどの隙間があることを惜しいと感じる自分がいる。女が寒いと言って腕を組もうとすれば、きっと男は喜んでそれを受け入れるのに。

 またのご来店をお待ちしています、と心の中でつぶやきながら二人の背中を見送った。けれども、彼らが来店しなくなるというのは、つまりソウイウコトなわけで。もしこれが彼らを見る最後の機会だったとしても、それはそれでとても幸せなことだと思った。

 だから、やっぱり。
 またのご来店はお待ちしておりません。














 


 △読まなくてもいいあとがき△














 

ちなみにこの一年後、Vは冬にはタートルネックを着ざるを得なくなります。