※書いた時期が初回『ソロモン王と秘密のアジト』イベント頃(リジェネ無・インプイベ未)のため矛盾有。アンドラスがお住いの地域では土葬がベーシックということにしました。兎がかわいそうな目に合う描写があります。モラクスとアンドラスのキャラスト前提。※
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率直に言えば失敗だった。
同じ追放メギドと言っても、感性がヴィータに馴染んだかメギド寄りかの差があることは理解している。時折起こる不和から察するに、俺はメギド寄りなのだろうという分析も行った。だからアジトでの解剖は人目に付きづらい倉庫を借りているし、人が来たら専用のシーツで覆いを作る程度の配慮はしている。
が、どうにもやらかした。
生体実験は自分の本拠地で行うべきだった。
ヴィータであれメギドであれ、子どもは俺を遠巻きに見ることが多い。避ける嫌うもあるようだが、半分は好奇心の勝る面持ちだ。だからアジトの倉庫に彼が訪れた時も、俺は特段拒む気もなく実験用の餌の生成に勤しんでいた。
「やあ」
「よ、よお」
「何か探し物なら手を貸そうか?」
「いんや、暇つぶし。邪魔だったら戻るけど」
「そんなことはないさ。俺の私室というわけでもない」
「おう……」
彼、モラクスも初めは不用意にこちらと接触する気は無かったらしい。挨拶と用向きの確認を済ませれば何ともなく会話は途切れた。けれど、ケージに入れていた実験対象が目に入ってか、彼は改めてぎこちなく声をかけてきた。
「なあ、そのウサギ大丈夫なのか?」
彼の指摘はもっともで、見るからにこの生体の状態は悪かった。
檻の中ではまさに自己調合した腐毒の実験を行っていた。といってもアジトでやるからには簡素なもので、ただ餌を与えて経過観察を試みるだけのものだった。空気拡散の恐れも無いし、血流には流れ出さず一部の臓器で腐食は留まる見込みだから感染も起こり得ない。
「問題ないよ。予定通りの経過だからね」
「予定通り? 治さないのかよ」
「まさか! せっかく手間暇かけて餌に毒を擦り込んだのに。そんな勿体ないことはしないさ」
言うと、モラクスの身体が一瞬跳ねた。
俺が誤ったらしいことは理解した。まず怒らせたことを懸念する。なるべく仲間内での衝突は避けたい。
だが、彼の頬は紅潮と逆の反応を示していた。静脈のような、死人寄りの顔色だった。
モラクスは唇を震わせて言う。
「飯は、ダメだろ、…………」
「うん? 実験自体に嫌悪感があるわけではないのか」
「気味悪ぃとは思うけど。別に……アニキの役に立つためにやってんのはわかるし。でもなんか……ただ……ただ……」
モラクスの言葉はだんだんと尻すぼみになっていく。
そして最後には彼の発声にしては珍しく、聞き取りづらい声でぽそりと言った。
「飯だけは止めてやってくんねぇ……?」
言うなり彼は俯いてしまった。その姿勢を取られると顔色が読みづらくなって少々困る。が、要は餌に仕込む行いが気に障った──食に対する執着?本能?起因する不快な物事を想起させた?──らしかった。
「うーん……すまない、違いがよく分からないな。餌に毒を混ぜるのも直接注入するのも、少なくとも観測者じゃないキミにとっては同じことだろ? 俺はあくまで経口摂取での経過を確認したいんだよ。血液ではなく消化液が……」
言いかけたところで、ガクンと身体のバランスが崩れた。掴みかかられたせいだった。胸倉へ届かなかった代わりか、鞄の紐がギチギチと音を立てる。
「そうじゃなくて! なあだってこいつ他にどこも行けねえんだろ、まずいってわかっててもその飯しかもらえねえから食ってんだろ、なあ止めてやってくれよ……。上手く言えねぇけどっ。………………上手く言えねぇけど……」
モラクスは怯えにも似た必死さで俺に言い募る。彼は今や俺ですら理解できるほど悲哀の感情に寄っているようだった。これは譲歩や妥協で済む話ではないらしい。話の持って行き方を誤ったかと遅ればせながら気づいた、矢先、
「それにっ……痛!?」
「っと!!」
衝撃。
視界が大腸のようにグルンと揺れて一周する。次いで、中腰を強制されていた身体が不意に解放されてたたらを踏んだ。横転するわけにもいかないので、無理せず尻餅をつくことにする。平衡感覚が危うい。……顎か。理解してやっと患部の熱を自覚する。ということは彼の方は頭だな。
「えっ、あっ悪い俺……!」
向かいで何やらバタつく音が聞こえ、急いで口を開く。
「ストップ。急に動かない、ゆっくりしゃがむ、目を瞑って十秒間深呼吸。できそうか?」
「おっ、おうわかんねーけどわかった!」
できれば大声も避けた方が良かったが、素直に聞いてくれたので良しとしよう。こちらもわざわざ医療道具を使うほどの眩暈じゃない。むしろこの酩酊感は興味深い知見だ。いずれ酒にでも手を出したら類似の状態か検証してみたい。
「な、なあなんでぶつぶつ言ってんだ?」
……声に出ていたらしい。まあいい、思考に没頭している間に早くも視界のブレは収まった。
「どっかヤベーとこ打ったか?」
「よく言われることだね、気にしないでくれ」
「言われてんのか……」
「それよりキミのぶつけた場所のほうが心配だな。ヴィータ体の脳は比較的衝撃に弱いから。額当ての類は全部外して、いったんこっちに来てくれないか」
「おう」
のそのそと傍らにやってきたモラクスの額を観察する。目視だけでは正確性に欠けるため、掌でも熱と瘤を確かめる。古傷らしい凹凸はあるが今しがたの熱は薄い。問題なし。次に指を一本立てて見せる。
「何本だ?」
「一本だろ?」
「次は、顔を動かさずに目線だけで俺の指を追いかけてくれ」
「ん」
「……うん。手足の痺れは?」
「ない!」
「よし」
生体は専門じゃないが、彼は幼体のヴィータの中でも元々丈夫な性質のようだしこんなものだろう。俺の方は俺の方で何かと、そう何かと対処法はあることだし。せっかくだから、かこつけて特性の薬液でも注入すれば良かったのかもしれないが、やはりそれは戦闘時に取っておくことにした。
一通り区切りがついたところで、モラクスがおずおずと切り出してきた。
「悪かったよ。俺、頭突きするつもりじゃ……」
故意でなかったことは理解しているので問題はなかった。ただ、直前の話にあった毒餌に対する不満――人道的? 彼のポリシーとしての? 経験則から来る不合理な衝動?――をどうまとめるかが問題だ。
ひとまずは衝突沙汰から話を収めにかかる。
「先ほどの衝突は事故だろう? 俺も珍しい体験ができたし、問題はないよ。気にしないでくれ」
「じゃあ、えーと。詫びっつうか……なんか喧嘩騒ぎになったら呼んでくれよな。俺、全力で暴れてやっから」
「それは頼もしい」
答えつつ、頭の片隅で軽く疑問符を飛ばす。先程俺達がしていたことも、言い争い、喧嘩の一種に分類されるような気もするのだが。この手の事はあまり知見を得られていないので断定は避けることにしよう。
「それで、その……」
モラクスは続けて口を開いたけれど、すぐ閉じて視線をさ迷わせた。何かを探して止まった先には例の兎の檻がある。やはり彼にとってこの問題の妥協は難しいらしい。折れるべきは俺の方なんだろう。
「わかった。実験は取り止めよう」
「いいのか?」
「ああ。これは自宅へ連れて帰ることにするよ」
答えて、示すように兎の檻を持ち上げる。餌皿は取り出して、中身は全て廃棄物の袋の中へ。振り返ると、モラクスは口を広く広く開けて目を細めた。
「勝手なことばっか言って、悪いな」
「いや、俺もキミを不快にさせてしまっていたようだから。痛み分けだよ、この通りね」
指で彼の額と自分の顎を指す。モラクスはいっそう声をあげて笑った。
その後、檻を手にしてアジトを出た。モラクスは頭に布を巻き直しながら、やっぱり機嫌よさそうに送り出してくれた。彼はおそらく素直な性格が長所であり短所なのだろう。
兎の状態に感づかれて同じやり取りをするのは厄介なので、檻には白布を掛けて一応の体裁を保ってみた。一時的に自分の本拠へ戻る旨をソロモンに言うと、問題なく頷かれた。近頃の討伐対象は無事に鳴りを潜めたらしい。
そういったわけで、余暇時間はつつがなく手に入った。
「さて、どうするかな」
持って帰った檻の中身を解剖台に乗せる。兎は脈拍も呼吸もか細くなっていた。投薬無しでも一日は持つだろうが、餌を止めると約束した手前、実験は続けられない。それなら生かす意義はない。
「まあ、途中経過だけでも見て損はないだろう」
時間のかかる実験だっただけに、中断は惜しまれる結果だ。しかし、アジトで許されるラインと忌避されるラインもある程度絞れてきた。そういう意味では収穫もあったと考えていいかもしれない。
1.生体実験は基本自宅で行う。
2.解剖はアジトで行っても構わない、ただし苦手なメギドが寄ってこないように人除けすること。
境界線はこの辺り、あとはアジト内の環境変化に合わせて随時適応といったところか。
何はともあれ。
「解剖の時間だな!」
斑に剥げている兎の毛を撫でさする。落ちた脈拍とうっすらした呼吸の振動が指先に伝わる。
「ふっ、ふふふふ」
ああ堪え切れない! 鉗子の用意は万全だっただろうか? 臓器を摘まみ上げるところを想像するだけで腰に震えが来る。器具は幻獣の血ですぐにダメになるものだから、こまめに手入れしなければならないのだけれど、高揚のせいかどうしても開刀具以外はすぐ頭から外れてしまう。
まずは順番だ。腹部の毛を全て刈るところから、念入りに行わなくては。
「ああ、愉しい時間になりそうだ……ふは」
気づけば哄笑が口から迸っていた。
目的の臓器は予定通り、あと一歩足らずのところで浸食を終えていた。
「さて、と」
黄痰に近い色味と、ドス黒く硬化した管。実験の中断は惜しいと何度だって言わざるを得ない。
と言っても、幻獣で同様の実験を行うのは不可能だろう。そもそもいつソロモンに呼び出されるかわからない身で、生体、長期、という大前提が無謀に過ぎる。さらにこの実験の後継として別の小動物を持ってくることがモラクスへの不義理であることくらいは、社会の内部構造として理解している。
つまり、この実験は未来に向かう地続きのものとしても失敗と言わざるを得ない。
といってもまあ、これは第一段階だ。この時点で気づけたことこそ僥倖と言ってしかるべきだろう。あのまま続けていて、もし発見したのがモラクスでなかったならもっと事は大仰に及んでいたかもしれない。実験の事まではソロモンに伝えていなかったことだし……断られるだろうという推測が立った時点で取りやめるべきでもあった。俺の目算が甘かった。
ひとまず、次だ。
解剖し、実験の経過を知り、結論を得たからには片づけをしなければならない。臓器一つで済む実験、普段なら可食部を調理担当に手渡すところだ。
「……しかしだ。“これ”は普段通りに処理してはならないような気がする。気がするなんていう言葉で動くのは不適切だがそうとしか言いようがない」
思考を進める。食用が不適合というのであれば、何だろうか。どうも使用という概念が引っかかる。ヴィータの視点で言うならば、何だ?
脳裏に浮かんだのは、いつぞやに直面した泣き顔のヴィータだった。
「うーん。あの母親の情動を真似てみようか」
子を亡くした母親。最終的には子を提供してもらったが、あの時の彼女も確か非合理的に執着を示していた。
そうだ、埋葬だ。
決めれば手の動きは滑らかだった。摘出した臓器の間に綿や屑を詰め、開いた腹を縫合していく。細かな手順はよく知らないが、袋に入れておけばいいだろう。ちょうど死体運びのズタ袋が一つ、破れかけていたところだった。流用するに丁度良かった。
埋めるにしても葬儀までするつもりはなかった。さすがに時間の無駄だ。対象が人間ならば問題らしいが、動物程度なら葬儀の有無は問われないらしい。墓地の管理人に声をかければ思いのほか話はすんなりと進んだ。
「というわけで、実験動物を埋葬したいんだ。場所はあるかな?」
「かのドクターアンドラスの頼みとあれば……ええ、ええ。手狭な隅しか空いておりませんが、宜しいですかな」
「もちろん! 感謝するよ、ありがとう」
スコップを借りれば墓穴堀りもすぐだった。初めは墓地の管理人がやると言ってきかなかったが、高齢のヴィータと追放メギド、効率の差は歴然だ。正体までは言わないにせよ、早々に作業を終わらせて次の解剖に取り掛かりたい旨を告げれば、管理人は足早に去っていった。彼にも思いだした趣味があるのだろう。
去り際、こんな会話をした。
「意外ですな、ドクターアンドラスが家族ペットを飼っていたとは。
お寂しいでしょうが、お気を落とさずに」
「寂しい? いいや、ちっとも?」
「は、はは……まあ私はこれにて……」
「? ああ、さようなら」
早々に話が終わったのは助かったが、不和の答えが得られないままだったことは脳に数ミリ分の軋みを作った。これもまた、検証と観察を繰り返せばいずれ理解できるようになる事柄なのだろうか。
墓穴は数分も立たずに出来上がったし、実験対象の死体袋を放り込んでまた埋めるのも早かった。感慨は残らず、作業の達成だけが感じ取れた。
「あとは、祈りか?」
この手の場において、ヴィータ達が両手を組んでいたことは思い出せる。だが、どこに、誰に、何を祈ればよいというのだろう。そしてそれらの行為は義務のみで行ったとしても成り立ったと言えるものなのだろうか。
「……まだ俺には理解が足りないか。ここで終えよう」
埋めた墓穴に背を向ける。スコップを拾い上げ、土の付いた手を少し払う。余計な雑菌が解剖結果に影響することを考えるだけでぞっとした。帰ったら手を洗って、それから器具の手入れをして──
────さて、次の実験は何にするか。
視界から外れた途端、あるかもしらない感傷は全て遠くへ去っていった。
後は誰も祈らない、墓標無きペットの墓だけが、ぽつんといつまでも残り続ける。
~END~
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